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俺様にゃんこの躾け方  作者: 黒いの
2.5 猫と戯れる夏から秋
42/104

3 ちび猫たちの諸問題

 どたどたと廊下を走ってくる音。良識ある客ではなさそうだなということは見なくても解る。

「桜子、裏口から逃げ、」

 クロが全部を言い切る前に、桜子は脱いだ帽子をクロの頭に強引にかぶせた。目深にかぶった帽子の下から、クロの不満げな瞳が密かに覗いていたが、文句は受け付けないことにした。すぐにここへやってくるであろう敵を警戒して、クロを庇うように前に立つ。これまたクロが不本意そうにブラウスの裾を引っ張って抗議するが気づかないふりをする。

 やがて、襖を蹴破って突入してきたのは、強面の男が三人。顔に傷のある男、露出した肩に刺青が見える男、特に特徴のない男の三人である。これが人間の世界だったら、借金の取り立てかしらと考えるところだ。しかし、クロが借金をするほど困窮しているとは思えないし、むしろ嬉々として借金を取る側になるほうが似合ってそうな気さえする。

 男たちは目をぎらぎらと輝かせていた。

「化け猫のクロ! 今日こそてめえをぶっ飛ばす!」

「雪辱戦じゃあ!」

「今日が貴様の命日だ!」

 口々に意気込みを語ってくれた三人組は、しかし、威勢よく飛び込んだものの目的の相手が部屋の中に見当たらないので目を丸くした。

 部屋にいるのは子どもと女。帽子で目を隠させ、桜子が自分の体でクロの姿を隠しているためもあって、小学生サイズの少年が標的だとは気づいていないようだ。どうやら、クロがどのような状態で弱体化しているかについては情報が回っていないらしい。

 桜子はいたって冷静に、澄ました顔で言ってやる。

「人の家に挨拶もナシに土足で上がってくるなんて非常識じゃないの?」

「何だ、お前は。クロはどこへ行った」

 外見的に特徴のない男が、これまた特徴のない声で問う。

「あいつの逃げ足の早さを知らないようね。奇襲を仕掛けるならもっと静かに来なさいな」

「くそっ、逃げたのか!」

 没個性の男は苛立たしげに舌打ちする。そのままとっとと引き返してくれ、と桜子は願うが、踵を返しかける男に、刺青男が待ったをかけた。

「逃げたと見せかけてどこかに隠れているのかもしれない。……いや、というか、こいつがクロなんじゃないか?」

 桜子はぎくりとする。

 刺青男の鋭い指摘に、他の二人も納得したようにうんうん頷く。

「成程、姿を変えて俺たちをやりすごそうとは、考えたな」

「だが、その程度の浅知恵はお見通しだ!」

 顔面傷男と没個性男が言い募る。こうもあっさりばれるとは、と桜子が内心舌打ちをしていると、刺青男は犯人を指摘する名探偵よろしく人差し指をびしりと伸ばして、勝ち誇ったかのような顔でのたまった。

「女に化ければばれないとでも思ったか、愚かな猫め!!」

「…………は?」

 ちょっと何言ってるか理解できなかった。思いがけない言葉に桜子は眉根を揉む。後ろではクロが桜子にだけ聞こえるように溜息をついていた。

 刺青男の、根拠もないくせに自信満々な口上は続いていた。

「確かに意表をついた変装ではあるが、俺たちの目は誤魔化せなかったな」

「……」

「さあ、とっとと元の姿に戻って刀を抜いたらどうだ化け猫め」

「…………」

「失敗した策にしがみつくとはみっともないぞ」

「………………」

「作戦自体は悪くないが、変化の術は失敗だったようだな。その証拠に、顔は美しく取り繕えても、胸はないままだぞ」

「もういっぺん言ってみろこのくそったれ!!」

 男の勘違いを呆れながら聞いていた桜子は、しかし最後の一言でぶち切れた。

「私の胸と男のクロの胸が同じサイズなわけないでしょうがッ! おちょくってんのか醜男トリオめ!」

「ぶ、醜男っ?」

「ああ、淑女の扱い方も知らないセクハラ野郎は、醜男にしておくのすら勿体ないわ。綺麗に潰して女子扱いしてあげるから、性転換したい奴からそこに直りなさい!」

 そう言っておきながら、直る暇も与えぬまま、桜子の剣幕に呆然としている刺青男の急所を蹴り上げた。その時の刺青男の悶絶した顔、そしてそれを見た後ろの二人の悲壮感溢れる顔は言葉にしようもない。

 烈火のごとく怒り狂う桜子の後ろでは、クロが疲れ切った顔で溜息をついていた。



 涙目で退散していく三人組を見送った後。

 このまま家に留まっているのはなにかと面倒だというクロの意見で、桜子とクロは街に出ることにした。ある程度人混みに紛れた方が、小学生サイズの少年の正体がクロであるとばれにくいし、万が一ばれたとしても、白昼堂々人の目もある中で襲ってくる阿呆もそんなにいないだろう、という考えだ。

「お前、少し見ない間に凶暴さに拍車がかかってないか?」

「少し見ない間に幼児化してた奴に言われたくない」

 そんなことを言いあいながら、目抜き通りを歩いていく。よく晴れた日の昼下がり、通りには妖たちがわらわらいる。桜子にとっては別段歩きにくいわけでもない程度の人混みだが、傍らの小さな体の方は、押し流されやしないかと心配だった。瞳を隠すために帽子を目深にかぶっているせいで、視界も悪そうだ。

 そう思ってクロの手をつないでやると、クロは隠しもせずにぎょっとした。

「おいおい、ガキ扱いすんなよ? 中身は変わってないんだからな」

「でも、こんなちみっこいんじゃ、すぐ転びそうだし潰されそうじゃない。はぐれても嫌だし、これくらい我慢しなさいよ」

「お前、少しは気にしろよ。一応年頃の女子が男とほいほい手をつなぐんじゃねえ」

「一応は余計です。あと、外見年齢小二の奴は男にカウントされません、あしからず」

 中身が変わっていないのは解っている。憎まれ口はいつものままだ。だが、自分よりもはるかに小さい体、頼りない手を見ていると、なんだか姉のような気分になってくる。面倒を見てやらないと、という庇護欲をかきたてられないでもない。

 だが、クロの方はかなり不本意らしく、半ば強引に手を振り払うと、びしりと指を立てて念を押す。

「いいか、俺は俺のままなんだから、子ども扱いするな。体が小さくなったってな、お前に守られるほど落ちぶれちゃいねえんだ」

 実に不機嫌そうに、わざと大股で歩いて桜子と距離を置こうとする。いかにも現在の外見相応のようなガキっぽい仕草だ。

「ちょっと、待ちなさいよ。一人じゃ危ないよ」

「るっせえ、危ないもんかよ」

 と意地を張ってずんずん歩いていくクロ。

 と、そこへ、

「わあああっ!」

「ぶっ」

 悲鳴を上げながら横合いから飛び出してきた少年がクロにぶつかった。かなり勢いよく走って来たらしく、クロはあっさりと地面に倒れ、その上に少年も倒れ込んでしまった。

 言わんこっちゃない。桜子は呆れつつも、慌てて二人に駆け寄り、まずは上に乗っかった少年の方を起こしてやる。見ない顔だが、頭についている耳のおかげで、化け猫の少年であることはすぐに解った。

「大丈夫? 怪我はない?」

 二人に対してかけた声だったが、化け猫少年の方は唇を噛みしめて涙をこらえている。ただ、目立った怪我はないし、下敷きになったクロがクッションになったおかげで痛みもないはずだ。とすると、泣きそうになっているのは転んだからではなく、転ぶ原因になった全力疾走の理由の方にありそうだな、と桜子は察する。

 そして、上の邪魔者がどいたことで解放されたクロの方は自力で起き上がる。見ると、屈辱と羞恥と怒りと、ついでに鼻血で顔を真っ赤にしていた。

「クロ、さっきなんて言ってたっけもう一回言ってごらん」

「うるさい」

 クロはごしごしと乱暴に鼻血を拭うと、怒りの矛先を化け猫少年に向ける。

「おいてめえ、どこに目ぇつけてやがる」

「ひっ、ご、ごめんなさいっ……ふぇぇ」

 クロがガンつけてやったせいで、ぎりぎりで耐えていたらしい少年の涙腺は決壊した。みるみるうちに大粒の涙を流し始める。

「クロ、大人げないわよ、子どもを泣かせるなんて」

「俺が悪いのか? 俺が悪者な感じなのか?」

 思いのほかあっさり泣かれたせいでクロの方も戸惑っている。

 泣きじゃくる少年を、さてどうしたものかと桜子が思案していると、先程少年が走ってきた方向から、「待てー!」などと険悪な調子の声が聞こえてくる。その声に反応して少年がびくりと肩を震わせたのも見逃さなかった。

 どうやら追いかけられているらしい、と悟る。それに、姿はまだ見えないものの、今聞こえた声の調子からすると、相手は同年代の少年だ。

「いろいろ事情がありそうね。でも、こんなところじゃ落ち着いて話ができないわ。とりあえず、逃げておきましょうか」

 二人の意見は聞かずに勝手に決断を下した桜子は、右手でクロ、左手で猫耳少年を抱え上げて逃走態勢。途端に右から文句が飛んできた。

「おいこら下ろせ! こんな屈辱的なのは嫌だ!」

「先月私におぶられた時点であなたのなけなしのプライドなんか木端微塵になったんだから今更気にしないで」

「やめろ、黒歴史を掘り起こすなッ! 傷を抉るなああああッ!」

「さあ、走るわよっ。体育の成績五を誇る桜子さんは、お荷物を二つばかし抱えたって速いんだからね」

 騒がしい猫と静かに泣く猫、正反対の二人を抱えて、桜子は陽気に走り出した。

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