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俺様にゃんこの躾け方  作者: 黒いの
2.5 猫と戯れる夏から秋
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1 ひねくれ者たちの夏休み延長戦

 夏休みが終了してから一週間が経った。暦の上ではとっくに秋のはずなのだが、じりじりじめじめとした暑さは健在だ。二年生も前期終了を間近にしながら新入生よろしく新品の半袖セーラー服を着ている姫路桜子は、ブラウスの裾を掴んでぱたぱたと仰いで服の中に風を送っていた。

「そういうことやると、どんな女子でも大抵は色っぽく見えるもんだって言うけど、姫路ってホントに女子?」

 失礼極まりないことを言ってきたのは、隣の席の伊勢伸介いせしんすけ。成績優秀で、女子からは割とモテモテらしいという噂を聞く。人のことをさらりと侮辱してくれる奴だが、座席の関係もあって話をすることはそれなりに多い。

 そういえば、よくよく考えると私の周りには失礼な男しかいないぞ、と桜子はふと思い至る。金色の瞳と猫耳を持つ青年のことを思い出し、桜子は眉を寄せる。

 ――なんでこんな性格悪い奴ばっかり周りに集まるのだろう。

 しかし、性格悪いな、と思いつつも割と仲良くやっているのだから、胸のコンプレックスを抉られるのも本気で嫌だとは思っていないということになる。

 ――もしかして私はMなのか?

 などと考えていたら、伊勢の呼びかけを無視する形になってしまった。思考の海から抜け出して意識を現実に戻すと、「なんで無視すんだよぉ、そんなに気に障ったなら謝るって~」と伊勢がものすごく焦っていた。勝手に絡んで勝手に謝るとは忙しい奴、そしてとんだヘタレだ。

「ああ、ごめん。で、何の話?」

「え、いや、特に用事があるってんじゃないけど……世間話って奴だろう」

「あら、そう」

「そ、そういえば、お前なんで制服新しくなってんの?」

「夏休みに破かれたから、弁償させた」

 思い出すのは、制服が破ける羽目になった事件のこと。人のことを騙すわ、川に落とすわ、監禁するわの大盤振る舞いをしてくれた男の顔を思い出し、桜子は「やっぱり私はMなのかもしれない」という疑念を深めげんなりした。

「なぜ私の周りには、普通に優しい人がいないのか……ひねくれた奴ばかりが……」

「ひ、姫路? どうしたんだ?」

 桜子が溜息をつき、伊勢は訳が解らず混乱していると、反町奈緒がけらけらと軽快に笑いながら近づいてきた。夏休みをがっつりエンジョイしたらしい奈緒は、少し日焼けしていた。

「だからさぁ、前にも言ったじゃん。ただ優しいだけのイケメンなんて掃いて捨てるほどいるって、価値ないって」

「価値なしはさすがに酷くないか!?」

 伊勢が割とショックを受けたような顔をするが、それに対しては奈緒が鋭く、「あんたは優しいイケメンじゃないんだから関係ないでしょうが」と指摘する。はたして伊勢が否定されたのは「優しい」の方なのか「イケメン」の方なのか、どちらにせよ、伊勢は更にショックを受けていた。

「それで、愛しの彼から連絡はあったの?」

「愛しの彼ッ!?」

「違ぇよ」

 揶揄い調子の奈緒の台詞に、伊勢はオーバーなリアクションをし、桜子は冷静に否定した。

「何度も言うけどあいつとは友達」

 春に別れた黒猫と、夏休みになんとか再会できたことまでは、奈緒に既に伝えてあった。しかし、夏休みに起こった一悶着で、猫は体調を崩してしまった。元気になったら会いに行く、と約束してもらって、桜子は元の世界に帰還したわけだが。

「まだ連絡ない。かなり無茶してたから、復調まではかかるんじゃないかな」

「電話もメールも、何もないのか?」

「あいつ電波届かないとこに住んでるから」

「そんな田舎の友達なのかぁ……」

 詳しい事情を知らない伊勢は勝手にそう解釈してくれた。

 田舎に住んでいることには違いないが、電波が届かない原因はそこではない。黒猫がいるのは、人の世とは異なる次元に存在する。

 桜子は自由に行き来することのできない世界。自分から会いに行けないのはもどかしい。だが、ずっと会えないでいた、春から夏にかけての四か月間に比べたら、桜子の気持ちは晴れやかだ。

 また会う約束を交わしたのだから。



 ……そんなふうに考えながら気丈に振る舞うのも、十日が限界だった。

「ねえ、あれから全然連絡ないの。そんなに具合悪いのかな? ああ、のこのこと帰ってくるんじゃなかった!」

 両手で頭を抱えて悶えながら全力で不安がっていると、奈緒が盛大に溜息をついてくれた。

「桜子ってほんと心配症ね。オールタイム心配性で行動に慎重さがあるならまだ救いがあるのに、たまに肝が据わってたり、かと思うとコロッと不安になってみたり、忙しすぎるわね。今度から渾名は『百面相』とか名乗ってみる?」

「やめてよぉ」

 ついつい弱気な声が出てしまう。

 正義感があり、強気で、たいていのことではへこたれない根性を持つ桜子だが、ネガティブ方向にスイッチが入ってしまうと思い込みの激しさを発揮し、どんどん悪い方へと想像を膨らませてしまう、という悪癖も併せ持っている。ある時は心臓に毛が生えたみたいに度胸があり、ある時は正反対に肝の小ささを露呈する、情緒が安定しない思春期ガールである。百面相、という奈緒のたとえも、なかなかどうして正鵠を射ている。

「だって心配じゃん?」

「でも、あんたと違って強い奴なんでしょ。そう心配しなくったって」

「こないだは、会いたくても会えない状況なのかも、なんて人の不安煽ってたくせに、今回はえらく楽天的なこと言ってくれるじゃないの」

「そうだっけ?」

 案外調子のいい奈緒は、舌の根も乾かぬうちにコロッと意見を変えることなど日常茶飯事。まして先月ファミレスでぽろっと思いつきで言ったことに、責任など持つはずもない。

「だってさ、たとえばさ、私が無断で学校を一週間休んだりとかしたら、奈緒は心配じゃない?」

「そりゃあ、心配よ。でも、それとこれとは少し状況が違うでしょ」

「まあ、確かに相手は異世界の住人ですけど、ってか人ですらないけど」

「あんまり考えすぎないことだよ。だいたい、桜子がここで『どうしようどうしよう』って唸ってても特に状況は変わらないわけだし」

「そんなことは解ってるけどさ、人ってのはどうしようもないと解っていても口に出すものでしょ。寒い日に『寒い寒い』って言っても暖かくなるわけじゃないけど、つい言っちゃうでしょ?」

「寒い日には『寒い寒い』って言いながら暖房付けるから暖かくなるよ?」

「ねえ、おちょくってる?」

 そんな会話をしていると、どこから聞いていたのやら、そして何を勘違いしたのだか、伊勢が慌てた調子でやってきて、「何喧嘩してるんだよっ」と口を挟んできた。

「朝来てみたらいつも仲良しの外見詐欺コンビが険悪な雰囲気って、いったい何があったんだ?」

 そう訪ねてくる伊勢に、桜子と奈緒がそろって首を傾げる。

「え、どのへんが険悪だったの?」

「喧嘩なんてしてないわよ、見て解らないの?」

「ええええっ」

 真顔で尋ねる二人に、伊勢は納得いかなそうに声を上げる。

 オブラートに包むことのない言葉を真顔でぶつけ合う程度のことは、桜子と奈緒との間ではいつものことだ。この程度のことで喧嘩だのなんだの誤解されてはたまらない。

 奈緒は大げさに肩を竦めて冷笑交じりに言う。

「解ってないなぁ、伊勢は。ジョークかそうでないかくらいのこと、見極められてこその友達ってものよ。このへんの絶妙な境界が理解できないようじゃ、女子にアタックするのは五年早いね」

「やめてくれよ、その地味に現実味のある数字」

 伊勢はげんなりと俯いてしまう。

 悩める少年少女を交互に見遣って、悩みなんかなさそうな奈緒は言う。

「悩むことはいいことさ、それは思春期の特権だからね。けど、どうしようって喚くだけ、ショック受けてるだけで立ち直らない、なんてのは不毛だと思わない? そんな暇があるなら、もっと生産的な悩み方をしなきゃ」

「生産的な悩み方って、なかなか新しいフレーズね」

「悩むこと自体がすでに生産的でない、なんていう意見はもう古い古い」

「要するに、後悔してないで反省しろってんでしょ?」

「解ってるならよろしい」

 奈緒はお姉さんぶるようににっこり笑う。

 ぐじぐじ後悔したって仕方がない。どうせ悩むなら、反省しろ。次はどうすればいいか、同じことを繰り返さないためにはどうすればいいか、そういうふうに考えなければならない。

 そんな助言を受けた桜子が導き出した結論とは。

「成程ね、次からは四六時中行動を監視できるようにすればいいのね!」

「それはなんか違う」

 悩みすぎでオーバーヒート気味なのか、桜子の頭は夏休みが明けたというのに湧いていた。



 放課後、教室の床を箒で掃きながら、桜子はぼんやりと考えていた。

 何が一番いけないかといえば、向こうからは自由に会いに来れるのに、こちらからコンタクトをとる手段がないという一方的な状況なのだろう。一応、その辺で偶然とっ捕まえたばーさんを伝言役にする、という最終手段がないこともないが、これは天文学的確率の奇跡に頼らなければならないし確実性に欠ける。

 いつでも待つだけ、受け身なだけ。そんなの不公平じゃないか、と桜子は思う。

 せめてケータイくらい通じる世界ならいいのに、などという贅沢なことを考えながら掃除を終える。帰り支度を済ませた鞄をひっさげると、同じ清掃班のメンバーに、ついでだから、と満杯になったゴミ袋を押しつけられた。部活へ急ぐクラスメイト達と違って、帰宅部の桜子はよくこの役割をあてがわれる。ゴミ捨て場は昇降口に行くついでにすぐに立ち寄れる場所なので、桜子も特に文句はない。

 右手に鞄、左手にゴミ袋を持って、教室を出て階段を下って行く。昇降口を一旦通り過ぎた先にある裏口から外に出ると、すぐ脇が収集所だ。燃えるゴミのところに袋を放り投げ、ついでにうじうじ小さなことでいつまでも悩んでいるしょーもない小心ぶりも一緒に丸めて捨てて、桜子は踵を返した。

 昇降口を出て、疎らに車が出入りするロータリーを横目に正門を抜けて、桜子は立ち止まる。正門脇の花壇の縁に腰かけている、人待ちの風の青年に目を留めた。

 服こそどこにでもありそうな学生服だが、帽子とサングラスで顔がよく見えない、パッと見怪しくて、生徒が下校し始めてその前をぞろぞろと通って行っている今、いつ通報されてもおかしくない奴がいた。

 めちゃくちゃ怪しい風体。だが、桜子はすぐにぴんときて、すたすたと青年の前に歩み寄る。

 彼は唇をにやりと吊り上げて、サングラスをちょっと持ち上げて、その奥の金色の瞳を覗かせた。

「よお、元気か?」

 サングラスで瞳を、帽子で猫耳を隠した、黒猫であった。

 問いかけにはひとまず答えず、桜子はとりあえず、

「ていっ」

 呑気に挨拶などしてくれるクロの頭にチョップをお見舞いしてやった。

「痛って! 何でいきなりチョップ!?」

 当然文句を言ってくるクロの頭に、さらに二度三度とちくちく攻撃する。

「おいいい加減にしろ横暴女!」

「あ、よかった、元気そう」

「罵倒で具合を判断すんな!」

「長らく連絡を寄越さなかったことに対するお仕置きも兼ねてるので」

 桜子は悪びれることなく言ってやる。

「なかなか連絡くれないから、やきもきしてたんだからね。激おこなんだからね。だからその分」

「横暴だ……」

「でも、まあ、元気そうでよかったわね」

 本当のことを言えば、怒ってなんかいない。元気になってよかった、会えて嬉しい――だがそんなふうには、恥ずかしくて直球で告げることなどできるはずもない。だから、怒ってるふりをして――もっとも、そのあたりの工作については、クロにはお見通しのような気もするが。

「もう、大丈夫なんでしょう?」

「お陰様で。お前も、口より先に手が出るところを見ると、元気らしいな」

「まあ、お陰様で」

「そうか。じゃ、俺は帰る」

「うん……って、えええっ!? 帰るの? 早くない?」

「元気になったら顔見せに来るって約束だったから来たけど、よくよく考えると特に用事はないんだな」

「ええええ、そんなのってないでしょおお!」

 なんてあっさり、なんて淡泊。確かに約束はちゃんと果たしてくれたのだし、それにクロは一応病み上がりなのだから、文句を言える義理はないし、むしろここは快く見送って大事を取って休ませてあげるべきところなのかもしれない。だが、なんだか納得いかない。

 ようやく会えたっていうのに、近況報告の一つもロクにしないで即お別れなんて、そんなのってないだろう、と桜子は唇を尖らせる。

 もう少しだけ話をさせてほしい――そう思って、桜子は口を開きかける。

 その時、

「あ、姫路じゃん。今帰りか?」

 後ろから声を掛けられた。誰だこんな時に邪魔しやがって、と思いながら振り返ると、軽く手を挙げながら歩いてきたのは伊勢である。桜子は不機嫌を隠しもせず、眉を寄せて尋ねる。

「そうだけど。あんたも帰りなのね」

「まあね」

 噂によればスポーツも得意らしいが、部活には入っていないらしい。掃除が終われば即下校の帰宅部勢だ。

 偶然帰りが同じタイミングになった伊勢はわざわざ桜子に挨拶をしてくれた。ただ、まだ立ち去らないところを見ると、どうやら用件はそれだけではないらしいと気づく。伊勢は照れくさいように目を泳がせ、頭を掻きながら言う。

「それでさ、この後、時間あるなら一緒にどっか行かないか? ほら、姫路、今日元気なかったからちょっと気になったっていうか、気晴らしに遊びに行かないかなーなんて……って、あれ?」

 そこまで言ってから、伊勢は初めてクロの存在に気づいたらしく目を丸くする。椙浦第二高校の制服とは違う学生服を着崩していて、帽子とサングラスで人相のよく解らないクロは、一見するとただの不審者だ。伊勢の目が「なんだこの不審者」と語っているのに気づいて、桜子は弁解しておく。

「あ、こいつが話してた友達。なんとか会えたから、もう落ち込んだりとかしてないから」

「エッ! そうなの!?」

「気を遣ってくれてありがとう。じゃ、また明日」

「お、おう……え、え、そいつが友達? なんか、その……」

 伊勢は桜子の近くまで来てひっそりと耳打ちする。

「なんか怪しくない? うちの学校の人じゃないし……てか、年上? 姫路、変な奴に引っかかってない?」

「ああ、こいつ見てくれは胡散臭いし犯罪者っぽく見えるしよくよく考えると犯罪っぽいことされた気もするけど、いい奴だから大丈夫」

「おい説得力ねえぞ」

 フォローしてるのかしてないのかよく解らない桜子の言に、クロは眉を寄せた。

「桜子、そいつと話するなら、俺は帰るぜ」

「さ、桜子!? 姫路をファーストネーム呼び捨て!?」

「ああ、ちょっと待ってよ、まだあなたとの話は終わってないわ。伊勢君と話なんかないからいいの」

「ないの!? 話してくれないの!?」

「伊勢君、じゃあまた明日ね!」

「そ、そんな、姫路ぃぃぃ!」

 動揺しまくりの伊勢に半ば強引に別れを告げ、桜子はクロの腕を引いて歩き出す。学校の前なんかじゃ落ち着いて話などできやしない。桜子はクロを、近くの公園まで誘った。



 ――その一部始終をひっそり目撃していた奈緒が、正門前で凍り付く伊勢に「あんたの出る幕なさそうよ」と容赦ないことを言っていたことを、桜子は知る由もない。



 今時小学生でも立ち寄らないような、ベンチくらいしか置いていない寂れた公園に二人。唯一の設備であるベンチを有効活用しながら、桜子は話のきっかけを探していた。流れで連れてきてしまったが、いざ面と向かうと、何から話していいのやら。

 ひょっとしたら、クロも同じだったのかもしれない、と思う。なんとなく、何を話していいのか解らなくて、帰るなんて言ってみたりしたのかもしれない。

 お互い不器用な友達同士であることは、この夏に確認し合ったばかりだ。

 ちらりとクロの様子を窺うと、ぼんやりとした顔で遠くを見ている。何を見ているのか。たぶん何も見ていない。

 こうしていても埒が明かない。桜子は、ひっそりと溜息をつく。何を話せばいいか、考えるのはやめた。思い浮かんだとりとめのないことを、そのまま紡いでいけばいい。

「あのね、私、思ったのだけれど」

 金色の瞳が桜子の方を向いた。

「あなたは自由に会いに来れるのに、私にはできないって、不公平だと思うの。今回だってさ、結構心配してたわけよ。でも、私からじゃ連絡取れないって、酷い話だと思うの。何とかして」

 そう言ってやると、なぜだかクロは眉を寄せて目を逸らした。

 難題を押しつけているのは解っている。だが、クロの表情は、無理難題に対して困っているわけではなく、不本意そうというか、不機嫌そうというか、そんなものだった。何か気に障るようなことを言っただろうかと少し不安になる。

 だが、やがてそれが桜子の勘違いだったと思い知らされることになる。

「あー……その、」

 いつになく歯切れの悪い言葉に首を傾げる。

 大きく溜息をついて、クロは意を決したように、ポケットに手を突っ込んで何かを取り出した。目も合わせないまま握った右手を突き出してくるので、桜子は戸惑いながらも、両手で受け皿を作って待ち構える。

 クロが手を開くと、桜子の手の中に落ちてきたのは、首飾り。金色の鎖の先に、薄いピンク色の小さな貝が光っている。

「そいつをつけてりゃ、行きたいときに向こうに行ける」

「え。そんなすごいアイテムが存在したの?」

「千年堂の丙を脅したりすかしたりで作らせたんだよ。一応言っておくが、俺の趣味じゃないぞ。少女趣味っぽく出来上がってるのは丙のせいだ。それから、出られる場所は野牙里の商店街だけ。そういう条件だったから仕方がない。あわよくば商店街で高額な買い物をさせようという魂胆らしい。丙は基本的にあくどいからな」

 クロは言い訳するみたいにそんなことを言うが、そんな細かいことより何より、桜子が聞きたいのはただ一点である。

「……私のために用意してくれたの?」

「…………」

 クロの不機嫌そうな顔の理由が、桜子にはなんとなく解った。

 おそらくは、桜子と同じことを考えていたのが恥ずかしかったのだろう。

 不器用でプライドの高い黒猫は、いつでも会いに来ていいなんて、素直に言うことなんかできないのだ。そうと解ったらなんだかおかしくて、くすりと笑ってしまったら、クロに盛大に睨まれた。

「用事はそれだけだ。今度こそ俺は帰る。じゃーな」

 そっけなく告げてクロは立ち上がる。

「ありがとう。大事にするね」

 去っていく背中にそう告げると、クロは一瞬だけ立ち止まりかけたが、そのまま何事もなかったかのように歩き出した。

 次は私の方から会いに行こう――そう決めて、桜子は貝の首飾りをかける。

 その首飾りに込められた意味――正確には、クロの気持ちを深読みしたおせっかいな作り主が勝手に込めてしまった意味について、桜子が知ることになるのはもう少し先の話である。

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