22 加減を知らない必殺技
「ふぎゃっ!」
逃げ切る前に起きた爆発。爆風に煽られて紅月と桜子は飛ばされ、回廊に転がった。紅月の手から零れ落ちた桜子はぐるりと床で一回転。
ごく近距離で起きた爆発のせいで、目はちかちかするし耳も痛い。かろうじて周りは見えるし音も聞こえるが、爆心地に近かった奴は視覚も聴覚も潰されただろう、というか、普通に致命的だろう。
オンボロ木造建築の本殿は壁も床も天井も吹っ飛んで、綺麗さっぱり全壊している。残骸ががらがらと積み上がり、もくもくと砂塵が煙る。
「なんなのよ、もう! 爆薬でも仕掛けてたの?」
「いや、クロの仕業だ」
煙が晴れてきてあたりが静まり返ってくる。次の爆発が起きたりはしない。近づいても大丈夫なのか、紅月に目線で尋ねると、紅月は小さく頷いた。
二人で恐る恐る爆心地に向かってみると、瓦礫の真ん中にクロが立っている。そして、クロの視線の先には崩れた建物の残骸の上に、出雲と葛葉が揃って仰向けに倒れて白目を剥いている。完全に伸びている。爆発に巻き込まれていながら五体満足でいられるあたりは、さすが妖怪、現鬼神といったところだろう。半妖の桜子だったら両手両足くらいは持って行かれていたかもしれない。
一瞬で焼け野原になってしまったという目の前の現実に唖然としていると、桜子のげんなりとした気分をよそに、クロは高笑いする。
「ざまあみやがれ、くそったれ! 音と光の目くらまし、『猫騙し』!!」
「目くらましってか爆発だよね!? 完全に大爆発だよね!?」
音と光というか、爆音と爆風と爆炎である。目くらましなどという可愛らしい奇襲戦法ではなく完全なる必殺技である。
「俺に喧嘩売るとどうなるか解ったか! 一生そこで沈んでろってんだ、この老いぼれ野郎がぁぁ……」
威勢よく叫んでいたクロだが、最後の最後で失速して、糸が切れたようにばったり倒れてしまった。
「ちょっと、クロ? 大丈夫!?」
顔からはすっかり血の気が失せて、ぐったりした様子で天を仰ぐクロ。桜子は慌てて傍らに跪いてクロを抱き起す。「あーあー、だから止めたのによぉ」と呆れた声が降ってくるので見上げると、紅月が片手で顔を覆って桜子以上にげんなりしている。
「敵も味方も見境なくあたり一帯爆破する、クロの十八番『猫騙し』……昔こいつが今よりもっと荒れてた時期は、周りにははっきりいって敵しかいなかったから、味方に対する配慮なんて必要なくて、敵を全員まとめて殲滅するクソみたいな術を編み出したわけだが……エネルギーを使い果たして一週間はグロッキーになるという」
「なんでそんな超エクストリームなものを作っちゃったかな!」
「だいたいこれ使った後は弱って寝込んでるところを別の敵に襲撃されるというアホなことを繰り返してたから、そろそろ懲りてるかと思えば、進歩がねえなお前は」
紅月は全力で罵るが、クロは力なく応じる。
「いいだろ、別に……今回はお前がいたし……」
「尚悪ぃわ。俺たちまで巻き添え食うとこだったんだぜ」
「……お前らは、そんなヘマしねえだろ……」
弱ると素直になるのかもしれない。信頼とも取れる言葉に、紅月は言葉に詰まる。照れくさそうな沈黙、それを誤魔化すように紅月は言い募る。
「い、言っとくがな、こっちだって疲れてんだからお前のことなんざ背負えねえぞ。気合で歩けよな」
「無茶言うなって……」
一週間グロッキー、というのは誇張でもなんでもないらしく、クロは本気で動けない様子だ。
こうなると解っていたはずなのに、クロは術を使った。
――私のために怒ってくれたのかな。
基本的に生意気なくせに、時々そういう、いい奴っぽいことをする。そういうところが、憎らしい。
「しょうがないわね……下まで行ったら車にぶち込むとして、そこまでは忍に頼んでみる」
「嫌だ」
こういうところは返事が早い。本当に嫌らしい。
「じゃあ……私が負ぶってこうか」
「いや……それはちょっと、どうなんだろう」
「大丈夫よ、もうだいぶ薬も抜けてきたし……保健体育の成績五を誇る桜子さんは意外と体力あるものね」
クロが不満げに眉を寄せる。おそらく「お前の心配をしているのではなく半妖小娘に負ぶわれるなんて屈辱的だという話をしているんだ」とでも言いたいのだろうが、そんな長ったらしい文句を言うのは疲れると思ったのか、結局黙った。
沈黙を了承と見なし、桜子はクロを背負う。華奢な体は、それほど重くない。
「嬢ちゃん、それ普通逆だよな」
「男前すぎるだろ……」
「一応訊いておくけど、女であってるよな?」
「……胸は、無いな」
「あんたら帰ったら覚えとけよ」
武士の情けでこの場は見逃すが、この恨みは大きいぞ。
もどかしくなるような長い回廊をゆっくり歩いて、桜子は建物を出る。すると、当然騒ぎはすでに知れていて、階段を下りると忍と黒衣衆の網代(顔が見えないが、たぶん)が待ち構えていた。他にもたくさんいた黒衣衆は、網代以外ほとんど伸びている。忍が蹴散らしたのだろう。
「おい、今の爆発は何だ?」
忍に尋ねられ、桜子と紅月は顔を見合わせ、同時にクロを示して、
「こいつがやりました」
ぴったり声を重ねて告発した。
「紫鬼家当主出雲と、その妹はぶっ飛ばしたわ」
「何ですって!」
悲痛な声を上げたのは網代である。
「何ということをしたのです! 現鬼神様を、ぶ、ぶ、ぶっ飛ばしたですって? 本殿もめちゃくちゃになっているし……」
この慌てぶりを見ると、どうやら網代は出雲の所業を知らなかったと見える。
「出雲は儀式を行うと見せかけて、巫女を殺していたのよ。巫女の心臓を食べて生きながらえて……もう何百年もあの本殿で鬼を食らっていたの。あんなのは、神様なんかじゃない」
「巫女を食べていたですって? そんな馬鹿な!」
「信じがたいかもしれないけれど、本当のことよ。出雲たちのことは厳重に処罰するべきね」
「処罰など! 現鬼神に対して畏れ多いことです。紫鬼家は高貴な血筋を受け継ぐ神の血統です」
「神様なら何してもいいって? そんなに血が大事? 馬鹿馬鹿しい」
心底くだらないという風に吐き捨てると、出雲は黒頭巾の下で表情を変えたようだった。
「紫鬼家に従属する立場の赤鬼家当主が、なんたる言い様でしょうか」
「私は当主じゃないわ。巫女をみすみす殺させるわけにはいかないから、私が替え玉になったの」
「我々を騙したのですね!」
「騙したのは悪かったけれど、紫鬼家の悪行を明らかにするには必要だったことなの」
「下々の鬼が、紫鬼家の行うことを糾弾するなど、鬼の郷の掟に反します。悪だとおっしゃいますが、それは違う、紫鬼家がやることこそが正しく、その他が悪なのです」
「……あ、そう」
こいつと話をしても、たぶん平行線だな、と桜子は思う。
なんとか説得できれば、と思っていたが、どうもそうはいかないらしい。桜子も疲れているし、クロや紅月のことも早く休ませたい。こんなところでつまらない押し問答をしている暇はないのだ。話が通じないと解るや、桜子は少々キレ気味にまくしたてた。
「可哀相だから言わないでおこうかとも思ったけど、言わせてもらうわ。あの男、出雲は、現鬼神の血なんか引いてないわ」
「は?」
「巫女は基本的に女がなるものって忍に聞いてたけど、過去に例外もちゃんと存在したのね。葵に巫女の記録を見せてもらって知ったのだけれど、何回か前の鬼貴降には郷から男の鬼が出てるわね」
「場合によってはそういう例外もあり得ます。だからなんだというのです」
網代は解っていないらしい。おそらくは忍も解っていない顔だ。
「郷から男の鬼が出たってことは、その時儀式の相手となった紫鬼家当主は女ということ。その代は女の鬼しか生まれなかったのね。そして、血の継承を確実に行うためには、子は男でなければならないわ」
「何?」
「しきたりとか掟とか伝統とか、そういう慣習的なことではなく、生物学的に考えたら、当主は男じゃなきゃダメってこと。男女差別してるわけじゃないからね。生物の成績五を誇る桜子さんの説明聞いちゃう? 長くなるからほんとは面倒なんだけど、桜子さんの講釈聞いちゃう?」
「……聞きましょう」
「血……遺伝子ってのは、父親から半分、母親から半分受け継いで、子どもが生まれるわけ。この父親の血をずっと受け継いでいこうと思ったら、生まれた子どもは次の子どもに伝える分の半分の中に、父親から貰った分を入れなきゃいけないでしょ? でも、極端な例を言えば、母親から貰った分をそっくりそのまま自分の子どもに伝えちゃうかもしれない、そうなったら父親の血は途絶えるの。受け継がれた血が父親由来か母親由来かなんて見えないし、代を重ねるごとに元の血は確実に薄まっていっちゃう。でも、血を繋ぐためには一ミリでもいいから最初の父親の血を継ぎの代に渡さなきゃいけない。この一ミリの部分を保証してくれるのが性別なの。
男が生まれてる限り、その子どもってのは、一番最初の父親が持っていた、性別を男に決定する血の要素を受け継いでいるんだって確実に言える。逆に言うと、女しか生まれなかったら、血を受け継いでいるとは保証できないの。女しか生まれない代があって、女当主と別の家から入ってきた婿が結婚して子供を産んでここまで家系をつないできたっていうなら、出雲が高貴な現鬼神の血を引いているとは、確実には言えない。確実性を失ったら高貴な血の継承なんて台無しなの。解った? 解んなくてもこれ以上説明しないからね? 減数分裂と染色体の話始めたらもっと長いんだから詳しく知りたいならテキスト買ってね!」
だが、これ以上の説明は必要ないらしく、網代はがくりと膝をついて、わなわなと手を震わせる。
「そんな……現鬼神様の血が……」
「この郷に、現鬼神とか、高貴な血なんて必要ないでしょ。他の鬼を食いものにするような鬼なんて、高貴どころか低俗で野蛮だわ。みんな対等な鬼、それでいいじゃない」
「ですが……」
「そういうわけだからっ」
こほん、と一つ咳払いをする。実を言えば、葵に巫女の記録を見せてもらった時点で、この件の落としどころは、桜子の中では予想がついていた。
「現鬼神の血の継承がなされておらず、加えて郷の鬼に害をなしていた紫鬼家は、到底許されるものではありません。よって、桜鬼が末裔、桜子の名において、紫鬼家お取り潰しを命じます! 紫鬼家の鬼たちは、郷の鬼たちで厳重に処罰するように! 以上っ」
水戸黄門よろしく沙汰を申し渡して、しかし、水戸黄門は絶対しないようなピースサインを作って、桜子は事件に幕を下ろした。




