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俺様にゃんこの躾け方  作者: 黒いの
2 猫とすれ違う夏
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17 友達のためにできること

 桜子の提案は尽く一瞬で屠られた。他に何か、手立てはないものだろうかと、桜子は無い知恵を絞る。しかし、この状況を打開できる、葵を助けられる方法は浮かばない。

 いや、本当は一つ、思いついている。単純明快な方法が。だが、それは桜子には実行不可能な方法だ。

 桜子が頭を悩ませていると、葵が小さく微笑み、

「もういいのです、桜子」

「葵……?」

「あなたには大変迷惑をかけてしまいました。それなのに、私たちのために悩んでくれて、ありがとうございます。ですが、もうよいのです。私はとうに覚悟を決めております」

「それ……諦めて、巫女になるってこと?」

「巫女が死ぬというのは、証拠はありませんし、もしかしたら思い過ごしかもしれません。ですから、そう悲観したものではありませんよ」

「葵!」

 当然納得のいかない忍が激昂する。

「俺は認めないぞ。お前を巫女になんかさせない。どうしてもというなら、俺はあんたを力ずくででも止める。鬼貴降は中止だ、見せしめに他の鬼がやられることになっても、俺は、あんただけは絶対に……!」

「忍。今の言葉は当主失格です、聞かなかったことにして差し上げます」

 忍の悲痛な訴えを、しかし葵は、静かに切り捨てる。

「当主の……私たちの役目は、郷を守ることです」

 そのためなら、この命さえも擲ってみせる――葵の目は、そんな決意に満ちていた。生半可な覚悟ではないことは、明らかだった。

 なんの手だても持たない桜子が、口を挟める状況ではなかった。



 今日はもう夜遅いから、一晩休んで行ってほしい――もうすぐ死ぬかもしれない者とは思えないくらい、葵は穏やかにそう告げた。覚悟を決めた彼女は、どこまでも凛としていて、気高かった。

 燭台の蝋燭には火が灯され、暗い部屋をゆらゆらと照らしている。もうだいぶ夜は更けていたが、桜子は眠れなかった。

 こんな状況で、のうのうと眠れるはずがない。桜子は蝋燭の火を消して、部屋を出た。縁側は、月明かりが煌々と注いでいて、部屋の中よりも明るいくらいだった。

 葵はどうしているだろうか。葵のことが気がかりで、桜子はひっそりと屋敷を歩き、葵の部屋を訪ねた。もう眠っているようなら何も言わずに引き返すつもりだったが、まだ部屋に火が灯っているのが見えて、中に入った。

 真夜中の来客に葵は驚いたようだが、すぐに優しく微笑んでくれた。

「眠れませんか、桜子」

「うん……葵は何をしていたの?」

 葵は蝋燭の火を頼りに、何やら書物を読んでいるようだった。桜子が傍らに腰を下ろすと、葵は桜子に見えるように本を差し出した。

「歴代の巫女たちの記録です。これは赤鬼家の分で、同じように青鬼家の分は忍の屋敷にあるはずです」

「巫女の役目は二つの家の持ち回りだっけ。じゃあ、これは二百年ごとの巫女の記録ね」

「そうです。巫女の名前や来歴が記されています。それから写真ですね。二百年ごとに記録が増えていくのです」

 このままいけば、じきにこのページの続きに葵の名が記されることになる。どうにかして、それを阻止しなければならない。今回の鬼貴降だけでは駄目だ。もしも紫鬼家の悪行が真実だとすれば、鬼貴降は二度と行われてはならない。これ以上、一人の犠牲も出してはいけないのだ。

 このような話、緋桜が聞けば、一も二もなく鬼たちを救ってくれただろう。彼女にはそれだけの力があった。それに比べて自分は何と無力なことだろうかと、桜子は絶望的な気分になる。助けたいという気持ちは本物だ、だが、気持ちだけではどうにもならないことがある。

 どうしたらいいのか、と答えの出ない問いを繰り返しながら、桜子はページを繰る。ここに書かれた巫女のうち、いったい何人が犠牲になったのだろうか。それを考えると、とてつもなく怖くなった。

「……あれ? この人……」

 ページを捲る手が止まる。巫女の中で一人だけ、目立つ者がいた。

 清楚で見目麗しい巫女たちが並ぶ中、一人だけ、やけにがっちりした体つきの鬼の写真が貼ってある。いっちゃなんだけど、ずいぶんごつい女性だなー、などと思っていたら、桜子の視線に気づいた葵が説明してくれた。

「ああ、その方は殿方ですよ」

「エッ!? 男? 巫女なのに? それアリなの?」

 巫女は普通、女がなるものだろう、巫「女」というくらいなのだし。

「その代は、特別だったらしいですね。青鬼家の分と合わせても、たぶん、その一回きりですよ。便宜的に巫女と呼んでいますし、基本的に女性の役目ではありますけれど、要は紫鬼家の当主と儀式を取り交わす結婚相手なわけですから、紫鬼家側が女性だったら、こちらは男性がお役目を果たすことになりますでしょう?」

「ってぇことは、その代の紫鬼家当主は女の鬼だった……男が生まれなかったのかな」

 さすがに女同士では子供は生まれないわけだし、紫鬼家が女性を出すなら、郷からは男を出すしかない。その理屈は解る。解るが。

「……念のため確認しておくけれど、紫鬼家の鬼が崇められてるのって、現鬼神の血を引いてるからなんだよね」

「そうですよ。それが、どうかしました?」

「…………ものすごい初歩的なことに気づいただけ。けれど、はたしてこれは言うべきか言わないべきか」

 葵にはおそらく意味が解っていなそうな呟きをぶつぶつ漏らしながら、桜子は入手した新情報を頭の片隅にインプットしておく。

 もしかしたら、この鬼がカギになるかも――桜子はそう直感した。



 葵の部屋を辞し、宛がわれた部屋に戻ってみると、消したはずの蝋燭の火が灯されていた。中に入ると、案の定クロが勝手に侵入していて、桜子を見ると軽く手を挙げてにやりと笑った。

「女子の寝室に躊躇いなく入ってくるってどうなの」

 クロの部屋は別に与えられているはずだ。少なくとも、ここにやってきた目的は寝るためでないことは間違いない。

「解ってるんだろ、あの鬼を救う方法」

「……」

「超絶シンプル、単純明快。すなわち――紫鬼家当主をぶっ飛ばす」

 そう、それが一番手っ取り早い。そしておそらく、唯一の解決策だ。

「でも、鬼と戦うなんて、私にはできないわ」

「ああ、そうだな。そして、鬼連中も、契約に縛られている以上紫鬼家には逆らえない。けど、俺ならやれるぜ、桜子」

 それも、解っている。

 だが、鬼たちを助けたいというのは桜子の気持ちだ。それなのに、自分は何もできないで、クロに頼ってしまうなんて、そんな無責任なこと、できないと思った。だから、万策尽きて絶望していた鬼たちに告げることができなかった。

 そんな桜子の迷いを見透かすように、クロは言う。

「無責任だとか、そういうこと、鬼たちの命が懸ってる前じゃ、どーでもいいことだろ。助けられるんなら、なんだっていいだろ?」

「そうかもしれない……けど……忍と戦って、クロはこんなに傷ついた。紫鬼家当主はきっと、もっと強いよ。クロが戦えば、もっと傷つく。私はクロに、戦って、なんて言えない」

 葵を助けたい。だが同じくらい、クロに傷ついてほしくないのだ。

 大切な友達だから。

「桜子……俺はあまり詳しくないが」

 そう前置きして、クロは悪戯っぽく笑う。

「一般的な友達ってのは助け合うものらしいじゃねえか。お前はいつも、『助けたい』ばっかりだが、たまには『助けてほしい』って言ってもいいんじゃねえのか」

「……私はいつも、助けられてばかりよ。春のときも、今回も」

「そうかな? 俺はそれ以上に、お前に助けられてるつもりだがな。だから、つまんねーことでうじうじ遠慮しなくていい。俺はお前の友達で、お前は俺の飼い主なんだからよ」

 そう、不敵に微笑むクロ。

 傲岸不遜で俺様な黒猫が、今では一番、心強い味方だ。

 悩んでいる場合では、なかった。

「クロ」

 桜子は右手をクロに差し出す。迷いを捨てた瞳でクロを見つめ、告げた。

「私は葵を……鬼の郷を助けたい。力を貸して」

「――そうこなくっちゃな」

 クロはにやりと笑って桜子の手を取った。




「勘違いすんなよくそったれ共! 本来なら、人の主人を勝手に拉致ってあまつさえ生贄にしようとした連中の命なんかどーでもいいし、特に青鬼家当主が絶望して泣き叫ぼうがざまあみろって気分だが、桜子がどーしてもっていうから手助けしてやるんだからな! 犠牲にしようとしたことを心から謝罪して崇め奉れ愚民共!」

 世間では「勘違いしないでよね」「別にあんたのために××するんじゃないんだからね」的な発言をする者のことをツンデレというらしいが、似たようなことを言っているはずのクロは、しかしツンデレではなく、ただ単に鬼連中を煽りたいだけの俺様野郎だった。

 クロの発言に青筋を浮かべながら忍が噛みつく。

「俺にぼろっくそに負けたヘタレ猫に何ができるんだ、調子に乗んなよ」

「勝手に記憶捏造してんじゃねえよ、誰がいつ負けたってんだ。つーか猫如きに引き分ける鬼が二大名家の当主とか世も末だな」

「上等だ表に出ろ、決着付けてやる」

「望むところだ、くたばれ馬鹿鬼」

「やめい!」

 本気でバトルを始めそうな短気な猫&鬼を、桜子は呆れながら制した。

「アホなことやってないで、ちゃんと作戦を立てるのよ。鬼貴降は明日なんだからね!」

「作戦つっても、紫鬼家当主に対して戦えるマトモな戦闘要員が猫だけって時点で負け戦だろ。一応言っておくが、こいつは手負いだぞ」

「手負いにさせた張本人が偉そうに言わないで」

 忍が桜子とクロにした仕打ちについては、どさくさまぎれに水に流してはいけないことだと考えている。紫鬼家とのごたごたが済んだ暁には土下座させてやるからな、と桜子は密かに決めていた。

「まー、安心しろよ。さすがの俺も、一人で紫鬼家に特攻しかけるほどアホじゃねえ。紫鬼家との全面戦争が決まった時点で助っ人は呼んである」

「助っ人?」

 桜子と忍が同時に首を傾げるのを見て、クロは不敵に笑った。

 そして、鬼貴降を明日に控えた朝一番に、その「助っ人」は到着した。

「術で文を飛ばしてきて、いったい何事かと思えば『鬼津那でドンパチやるから手伝え byクロ』って、完全に舐めてんだろもうちっとマシな手紙を寄越せ」

 と愚痴りながら現れたのは、狗耳青年紅月であった。

「紅月! クロが呼んだのって紅月だったのね?」

「よう、嬢ちゃん。久しぶりだな。クロだけじゃ頼りないだろうから、俺が手伝ってやるぜ。嬢ちゃんには借りもあるしな」

「ありがとう、紅月」

「気にすることはないさ」

「そうだぞ、桜子、気にしなくていいぞ。そいつはビジネスで来てるんだから」

 クロが渋い顔をして言う。桜子が首を傾げると、紅月が種明かしをする。

「俺は嬢ちゃんには借りがあるが、クロを無償で手助けしてやる義理はない。よってクロからきっちり金をとる。危険手当込で成功報酬は弾ませる」

「調子乗んなよ紅月、ヒキニートのお前に仕事をくれてやったんだから感謝しろ」

「誰がヒキニートだ、お前こそ定職についてないくせに偉そうに言うな」

 プライドが高い同士の友情は面倒くさいな、と桜子はひっそり思った。

「で、具体的にはどうすればいいんだ?」

 紅月の問いには忍が応える。

「鬼貴降をぶっ潰すのが目的だが、ただ当主をぶっ飛ばせばいいってもんじゃない。紫鬼家には黒衣衆って連中が仕えていて、紫鬼家を守っている」

「雑魚を蹴散らさねえと本丸に届かないってことか」

「それに、紫鬼家が鬼を食ってるって言うのはおそらく間違いないが、証拠はない。確証もナシにこっちから喧嘩吹っかけたら、当主を倒せたとしても後々問題になる」

「確かに、対外的にもちょっと体裁が悪いわね。万が一こっちの勘違いだったら大問題だし、本当だとしても証拠がないんじゃ、紫鬼家にシラを切り通されたら郷の鬼たちの立場がまずくなる」

 仮にも神と崇められる鬼の一族と、それに仕える者達を相手にするのだ。ただ全員まとめて黙らせればいい、という問題ではない。今回の鬼貴降を潰せればいいというだけの話ではないのだから、紫鬼家当主の悪行を明らかにして、将来永劫に渡って同じことが繰り返されないようにしなければならない。

「めんどくさいから全員黙らせようぜ」

 とクロがいい加減なことを言うが、そんな大雑把なプランは却下である。

「やっぱり、紫鬼家当主の罪を立証しないといけないわ」

「そんなこと言っても難しいだろ。証拠も証人も残ってない、なにせ食われちまってんだから」

「私に考えがある」

 そう宣言すると、クロが金色の瞳を僅かに見開いた。

 葵を確実に助けるための方法を、一晩かけて考えた。

 桜子にしかできない、とっておきがある。

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