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俺様にゃんこの躾け方  作者: 黒いの
2 猫とすれ違う夏
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15 正しい横槍のいれ方

 クロの横に並んだ桜子を見て、忍は大きく溜息をつく。

「威勢がいいのはいいことだがな、こう反抗的になられると、さすがの俺も苛立つぜ。あんたは生きてさえいればいいんだ……解るか? 五体満足のまま捕まえてやる義理はないんだ。刃向うってんなら、あんたのこともぶちのめす」

 見え透いた脅しを、桜子は鼻で笑ってやる。

「私が今更そんな言葉でビビると思ってんの? 馬鹿にしないでよね」

「震えてるぞ、ビビってるだろ」

 隣でクロが余計なことを言うので睨みつけて黙らせる。

「あんたがこれ以上やるっていうなら、私にも考えがあるわ」

「ほう?」

 何もできないだろうと侮っている忍に向かって、桜子は叫ぶ。

「半妖だと思ってよくも侮ってくれたわね! 私だって鬼の血を引いている、ちゃんと奥の手があるんだから。そう、あたり一帯吹き飛ばす術が使えるのよ、死にたくなかったら尻尾を巻いて逃げることね!」

「嘘だろ」

「嘘だな」

「少しは騙されてよッ!」

 二方向から即座に稚拙なはったりを看破された。しかし、忍はともかくとして、クロは少しくらい騙されたふりをして話に信憑性を持たせるくらいのことをしてくれてもよいのではないか。筋違いな恨みとは思いつつも、桜子はクロのノリの悪さに苦情を申し立てる。

「どうして嘘だって決めつけるのよ、むしろあなたが援護射撃してくれれば充分通じるはったりだったのに」

「通用するわけねえだろ、アホ。こんな妖気の欠片も感じない奴じゃ、逆立ちしたって妖術なんぞ使えないって解りすぎるくらい解るだろ。つくならもうちょっとマシな嘘をつけ」

「土壇場苦し紛れにしてはいいセンいってたじゃないの。ケチ付けるしか能のないアホよりは随分頑張ったんだから認めてくれたっていいじゃないの」

「努力すりゃ認められるなんて、現実はそんなに甘くねえっての。文句があるなら結果を出せ」

「結果っていうなら、かっこつけて助けに来たくせに全然ダメダメでボロ雑巾になってるあなたはどうなのよ」

「ボロ雑巾じゃねえし。まだ全然いけるし」

「強がってんじゃないわよヘタレ」

「お前こそ怖いくせに強がってんじゃねえよ」

「怖くありませーん。全然平気ですー」

「声震えてんじゃねえかヘタレ半妖ちんちくりん」

「またちんちくりんって! それいい加減にしてよね!」

「ちんちくりんをちんちくりんと言って何が悪い!」

「だったらあんたのことはこれからヘタレ猫って呼ぶからね。郷中にこのダサい呼び名を広めて公開処刑にしてやるからね!」

「あんたらこの状況でよく喧嘩できるな!」

 ヒートアップする口論を、いい加減痺れを切らした忍がぶった切った。

「一人だけでも煩かったのに、さらに煩くなったなぁ、おい」

「私のこと言ってるの? 今私のことさらっとディスったの?」

「二人まとめて黙らせてやるッ!」

 忍が金棒を振り上げる。クロは太刀を構え、桜子は迷った挙句、とりあえずスコップの持ち手をそれっぽく構えて戦意を示した。

 その時、

「おやめなさい!!!」

 凛とした女性の声が響いた。聞き覚えのある声にはっとして振り返る。

 横合いからずんずんと歩いてきたのは、やはり葵だった。

「葵!」

 こっちは危ないから、と言おうとした桜子だったが、ちらりと忍を見遣ると、さっきまで威勢がよかった忍が急に固まって青白い顔をしていた。

 壊れたロボットみたいに、忍はカクカクと音がしそうなほどぎこちなく葵を振り返る。

「……………………葵?」

「いったいこれはどういうことなのか、説明していただけるのでしょうね?」

 決して声を荒げているわけではない。だが、葵の声には周りを圧倒する気迫があった。

「青鬼家を訪ねてみれば屋敷はもぬけの殻で、仕方なく自邸に戻ってきてみればなぜか塀は半壊していて、その現場には、人の食事に薬を盛って眠らせた挙句薄汚い牢に閉じ込めてくださったクズ野郎がいらっしゃるではありませんか。この状況、私にも解るように、三十文字以内で説明してくださいますか、忍」

「そ、それは、その……」

 忍がものすごくしどろもどろになっている。冷や汗をだらだらかいている。

 どうなってるんだ、とクロが目線で尋ねてくるが、桜子にもよく解らないので肩を竦めるばかりである。

 閉じ込められていたのを助けた時の葵は、とても大人しそうな感じだったのだが、今は完全に目が据わっていて、彼女の後ろに般若の幻影が見えるようだ。

 どうも葵には逆らえないらしく、忍は武器を捨て潔く土下座した。

「悪かった、葵! だがこれには非常に複雑な事情があるんだ! この郷の」

「三十文字を越えました。少し黙っていてください」

 葵が小さく指を動かすと、忍の口はぴたりと閉じられる。喋ろうとしているようだが、口が開けられない様子だ。どうやら葵の妖術らしい。

 ばたばたと足音が響き、桜子を追いかけ散っていた般若衆が集まってきた。

「見つけたぞ、桜鬼だ!」

「し、忍様、どうなさったのですか!」

「って、あああ葵様!? なぜここに!」

 男たちが急転した状況を目の前にてんやわんやである。それを葵は、

「お黙りなさい!」

 と一喝する。鬼たちは一様に竦みあがって押し黙る。

「人の屋敷の前でよくもこんな騒ぎを起こしてくださいましたね。加えて、郷の外の者に危害を加えるなど、言語道断です」

「葵様、これには事情があるのです。二日後の鬼貴降のためには……!」

 鬼の一人が言い訳するが、葵が一睨みすると再び口を噤んだ。

「私を裏切ったクズ野郎もクズ野郎ですが、クズ野郎の暴走を止めるどころか手助けするなど、あなたたちはそれでも誇り高き般若衆ですか。恥を知りなさい」

「申し訳ございません、葵様!」

「これ以上の狼藉は、この私、赤鬼家当主、葵が許しません。全員武器を捨てなさい」

 鬼たちは即座に得物を捨て去り、葵の前にひれ伏した。

 赤鬼家といえば、青鬼家と並ぶ、鬼の郷のトップの家。この状況を見ると、どちらかというと赤鬼家の方が青鬼家よりも立場が上のような気もする。

 まさか葵が赤鬼家の当主だったとは。そうとは知らず、何か無礼なことをしてしまったのでは、と桜子は不安になる。

 しかし、厳しい表情だった葵は、桜子と目を合わせると花のように可憐に微笑んだ。

「桜子、もうご安心ください。私が来たからには、阿呆な青鬼家当主の好きにはさせません。――般若衆、忍をスマキにして私の屋敷に運びなさい。落とし前を付けさせます」

「御意!」

 先ほどまで忍に従っていた鬼たちは、葵の命令を受けてくるりと手のひらを返し、躊躇なく忍をスマキにしにかかった。

 なんだかよく解らないうちに、ラスボスが勝手に陥落してくれた。

 助かった――そう思った瞬間、緊張の糸が切れて、疲れがどっと押し寄せた。

「桜子!」

 クロの声が聞こえる。だが、姿が見えない。視界が真っ暗だ。いつの間に夜になったんだろう?

 いや違う、夜じゃない。自分が目を閉じているのだ。

 そう気づいた時にはもう遅く、桜子はばたりと倒れて意識を失った。



 ――うら若き乙女をぶっ倒れるまで追い詰めるとはなんという非道な所業でしょう!

 ――申し訳ございません葵様!

 ――すぐに私の屋敷にお運びして、休ませて差し上げて。ああ、そのスマキの阿呆は庭に逆吊りにでもしておいてください。

 ――御意!



 目を覚ますと、監禁されたりどたばた走り回ったりしていたのが嘘のように、あたりは静寂に満ちていた。見上げた天井は、夜を明かした牢とは違って木目が美しい。桜子はちゃんとした布団に寝かされていた。どうやら人並みの扱いを受けているらしい、と安堵する。

 寝ぼけ眼で見回すと、思いがけずすぐ傍にクロがいて、一気に目が覚めた。布団の横で片膝を立てて座っている。声をかけようと思ったら、どうやら座ったまま寝ているようだと気づいて、そっとしておこうという気になった。

 いつも憎たらしい生意気な奴だが、寝顔だけは素直そうに見える。それがなんだかおかしくて、桜子は小さく笑った。

 衣擦れの音で目が覚めてしまったのか、クロの瞼が小さく震えた。やがてその奥に金色の瞳が覗く。

「……起きたのか、桜子」

 クロは軽く伸びをしながら言う。

「ここは……」

「赤鬼家当主の屋敷だ。クソ鬼野郎と違って、あの当主は話が解る鬼らしい。取って食われることはないだろう。……急にぶっ倒れたんだ、もう少し休んでろ」

「大丈夫よ、ちょっと疲れてただけだから。あなたの方が、怪我が酷かったじゃない」

「手当はしてもらったし、お前とは体のデキが違うんだから余計な心配はしなくていい」

「何よ、ぼろっぼろだったくせに強がっちゃって……」

 ぼそりと呟くと、クロは少しいじけたような顔を見せた。

「……ああ、そうだ。忘れないうちに、こいつを返しておく」

 少々強引に話題を変えて、クロはポケットから赤い布きれを引っ張り出した。少し湿って皺になっていたそれを広げてみる。

「あ、これ、私のスカーフ?」

 セーラー服のスカーフ。そういえば、濡れた制服を乾かした時、ブラウスとスカートはあったがスカーフはなかった。

「そっか、これポケットに入れてたの……川に落ちた時スカートが破けて落としたんだ」

「こいつが流れてきた。人間の世界にいるはずのお前の物が見つかったから、こいつは何かあったと思って。川の上流の方で、桜鬼を拉致って何かやらかしそうなアホが住んでるところっつったら鬼津那の郷だからな」

「それで、クロが来てくれたのね。すごい、運よく落としたスカーフをクロが拾ってくれたんだ……なんかちょっと奇跡っぽい。日頃の行いがいいからかな」

 普通だったら考えられないような奇跡。その奇跡を辿ってクロが自分を見つけてくれた。その、運命じみた出来事に、桜子は少し嬉しくなった。

「ねえ、クロ」

「何だ」

「話の続き、聞かせて」

 さっきのように問い詰めるのではなく、優しく問いかけた。

 今なら、この四か月の間にクロが何を考えていたのか、聞けるような気がした。

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