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俺様にゃんこの躾け方  作者: 黒いの
2 猫とすれ違う夏
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2 打ち明け話はこちらへどうぞ

 久しぶりに会うことになったクラスメイトの反町奈緒とは、駅前ペデストリアンデッキにあるブロンズ像前で待ち合わせた。早い時間に到着した桜子が、奈緒の到着を待っている間、モニュメント前には他にも数人待ち合わせ風の人がやってきては去って行ったが、その誰もが例外なくカップルらしき男女だったことに、何者かからの盛大な嫌味を感じないでもない。

「よーっす、お待たせー」

 大きく手を振りながらやってきた奈緒は、夏季休業前に会った時よりも少し髪が伸びていた。グレーのサファリシャツにカーキのクロップドパンツ、スニーカー。相変わらずのボーイッシュ。その姿をじっと見て、桜子は呟く。

「……この際奈緒を男の子ということにして連れ歩くか」

「何言ってんの?」

 夏の暑さで頭をやられたのかと、割と本気で心配された。

「てか、桜子、ちょっと痩せたんじゃない?」

「ちょっとね。ここのところ毎日ブランチでサンドイッチオンリーの不摂生をしてたから」

「何それ、ダイエット? ご飯食べない系のダイエットはね、最初のうちはちょっと痩せるかもしれないけど、そのうち少ないご飯から何とか栄養を吸収しようと体が頑張るから、全然痩せなくなるんだよ。倦怠期になるんだって」

「停滞期ね」

 さらりと訂正を入れてから、桜子は弁解する。

「別にダイエットってわけじゃないの。うーん、話せば長くなるけど、一言で言うと金欠?」

「金がないのか。今日、遊んじゃって大丈夫なの?」

「それはいいの。たまには気分変えたいし……ちょっと誰かに愚痴りたい気分だったから、ぜひ聞いてください」

「ふうん? いいよ。じゃあ、金欠少女のためにお昼は私が奢ってしんぜよう」

「奈緒さま!」

「がっつり食うぞ。夏バテしないようにな」

「夏バテ防止……まさか、鰻!?」

「ばかたれ。二時間八百円のピザ食べ放題に決まってるわ」

 ですよねー、と桜子は苦笑する。しかしそれでも、かつて上限三百円を提示した者と同一人物とは思えないくらい、今日の奈緒は太っ腹である。桜子はほくほくした気分で歩き出した。



 奈緒は運動が苦手でほとんどスポーツをせず、休みの日は家でごろごろするか本を読んでいるかのどちらかだという文学少女なのだが、その割によく食べる娘だ。そして、そのくせ太らないというイカサマじみた体質の持ち主だ。年頃の女子としては羨ましい限りである。

 がっつり食う、と宣言した通り、奈緒はさほど大きくない取り皿の上に、見栄えの良さを完全に度外視して、片っ端からピザを山積みにしていった。その光景はまさしく「山」であった。桜子も久しぶりにがっつり食べるぞ、と意気込んではいるのだが、奈緒が富士山だとすれば桜子はせいぜい関東平野であった。

「桜子、しっかり食べなよ、食いだめするんだよ」

「食いだめはできないらしいよ。食べ過ぎは太るだけだって」

 太ったことのなさそうな相手ではあるが、桜子は一応そう進言した。

「だからぁ、その余分なエネルギーはバストに持っていくのさ」

「そんなうまいこといくのかな」

 贅肉が都合よく胸についてくれるとは、俄には信じがたい。よく言われるのは、「太るときは腹から、痩せるときは胸から」という悲劇的な文言である。しかし、奈緒はといえば、確かに摂取したカロリーが優先的にバストに送られているがごとき体を持っている。

「ちゃんと食べないから、関東平野なちっぱいのままなんじゃん」

「関東平野! 言うに事欠いて関東平野!」

 さすがにもうちょっと……筑波山並みにはあるだろう、と思って自分のものと奈緒のものを見比べるが、奈緒が完全に富士山級であるため、相対的にいうと関東平野が適切であると思われた。

「解せぬ」


 奈緒が甘いデザートピザを山盛り運んできたあたりで、桜子は切り出した。

「ところでさ、妖怪の類の話は信じる?」

 まずは軽いジャブから。

「は?」

「妖怪とか、異世界とか。私が春にちょっとした大冒険をした話とか、真面目に聞いてくれる?」

「はぁ……ははぁ、成程」

 奈緒はチョコとマシュマロがたっぷり乗ったいかにも甘っとろしそうなピザをもぐもぐしながらにやりと笑う。

「ロマンチックな話ね」

「前から思ってたんだけど、奈緒の『ロマン』の定義って怪しくない?」

「そーんなことないよ。いいね、面白そうな話じゃない。そもそも、春に異世界がどうのこうのの噂話を教えてあげたのは私じゃん。その私が桜子の荒唐無稽な話を信じてあげなかったら詐欺じゃん」

「奈緒……」

 きらきらと目を輝かせ、桜子は神々しいクラスメイトに尊敬の眼差しを向ける。春に聞いた噂話を「馬鹿馬鹿しい」と一刀両断したことを心の中で謝ることにした。

「面白そうだから、君の大冒険の話を包み隠さず私に教え給え」

 心優しい友人の厚意に甘え、桜子は大冒険、というより小冒険の話を始めた。

 突然現れた自称化け猫の猫耳青年によって妖の世界に拉致られ妖の争いを解決しなければならなくなったのが、四月、奈緒から異世界云々の噂話を聞かされた日のこと。なんやかんやで問題は解決し、なんやかんややっているうちに猫耳青年とそれなりに仲良くなったつもりだったのだが、まともに別れの言葉も告げないうちに元の世界へ追い返され、以来彼とは音信不通。渡したいものがあるからずっと探しているが進捗なし、というかこれホントに渡さなきゃダメだろうかと気持ちはブレブレ。

 てか拉致って酷くない? 初対面女子にド鬼畜な言葉吐くとかありえなくない? 用が済んだらハイさよならって非常識じゃない?

 五分かけて四月の三日間の小冒険のあらましを説明し、その後十五分かけて、くだんの猫耳青年がいかにド鬼畜で俺様で生意気で性悪なクソ野郎なのかを愚痴った。荒唐無稽な話を、そして聞くに堪えない汚い言葉を交えた罵倒の嵐を、奈緒は辛抱強く聞いてくれた。

「つまり、一言でまとめると……愛しの彼にまた会いたい、と」

「違えよ」

 奈緒のいい加減なまとめを、桜子は真顔で否定した。

「ちょっと、何を聞いていたのよ。そんなこと言ってないでしょうが」

「いやぁ、だってさ、普通好きでもない相手にそんない会いたいとは思わないでしょ」

「渡すもん渡して、それから一言文句を言ってやりたいだけよ。別に、好きか嫌いかで言ったら好きだけど、それは友達としてでしょ。いや、こんな薄情な奴を友達と認めるのは非常に腹立たしいのだけれど」

「でも、一つ屋根の下で寝た仲でしょ? 同衾したんでしょ?」

「誤解を招く言い方しないで。あと同衾はしてない」

「素直になりなよー。危ないところを二度も助けられて、その上イケメンじゃん? 少女漫画なら絶対オチるシチュエーションじゃないの。コロッといくじゃん、ちょろインじゃん」

「白馬の王子様のごとく駆けつけたイケメンでも性格ブスじゃ恋愛対象じゃないよ。アウトオブ眼中だよ」

「ばっかだなー、普段から性格いいだけ優しいだけのイケメンなんて掃いて捨てるほどいるんだよ。性格がクソっぽいところにほんのり優しさが垣間見えるのがツボなんじゃん」

「いっぺん直接会ってみればいいよ、夢も希望も打ち砕かれるから」

「私なんかが会えるくらいなら桜子は苦労しないでしょうが」

 もっともである。

「でもさ、もういいや。なんか一通り愚痴ったら気が済んじゃったよ」

「なに、諦めるの?」

「諦めるっていうかさ。向こうが会う気皆無なんだからしょうがないよ。その気があればとっくに連絡くらい寄越してくれるはずでしょ? だからさ、縁切りたがってるんだよ。私なんかお呼びでないの」

 強がりでもなんでもない、それは本当のことだ。

 彼が求めていたのは桜子ではない、緋桜だ。母とは似ても似つかない役立たずの半妖小娘には、金輪際会う必要などあろうはずもない。

 と思っていたのだが、次の奈緒の一言で不貞腐れる気持ちに歯止めがかかった。

「会いたくても会えない状況だったりして」

「え」

「なにかと敵の多い御仁らしいし」

「……」

 その可能性は、考えていなかった。熱くなっていた思考がすっと冷える。

 かつて、クロが緋桜に会おうとした約束の日も、彼は妖怪たちの襲撃を受けて、緋桜と会うことができなかった。彼は味方が少なく敵が多い。一族からも除け者扱いで守ってもらえない。

 また誰かに襲われているのか、あるいは事故にでも遭ったか、病気になったか。ネガティブなことを考え出すとずるずると悪い方へ悪い方へと考えがいってしまうのが桜子の悪い癖だ。

 悪い想像が脳裏を掠め、顔を青くする。

「ど、ど、どうしよう」

「いや、どうしようもないけど」

「そんなぁ」

 情けない声を上げる桜子の頭を、奈緒はよしよしと撫でてくれた。

 いい想像をしても悪い想像をしても、どうしようもないのが、現状である。

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