表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
俺様にゃんこの躾け方  作者: 黒いの
4 猫を呼ぶ冬
104/104

33 俺様にゃんこの愛し方

「うぅ……頭痛ぇ……」

 青い顔をして眉間に皺を寄せ、今までのどんな戦いの時よりも深刻そうに、黒猫は二日酔いを嘆いていた。

「ああ……誰だ、人の頭ん中で銅鑼を鳴らしてやがるアホ野郎は」

「アホはあんただ」

 二日酔いのクロに対して、桜子はぴしゃりと厳しく言い放った。

 パーティーは、年越し直前に、酔い潰れて寝ていたはずの面々が計ったかのようなタイミングで起き出してきて、その瞬間のカウントダウンを迎えた。そして直後に酔っ払い妖怪共は、義務は果たしたというようにぷっつり意識を失って再び倒れ、当たり前のように居間で雑魚寝した。その頃家主だけは桜子の膝を枕代わりに眠り続けていて文句を言うことはなかった。零時半を回ったあたりでいい加減脚が痺れてきた桜子は黒猫を放置して自宅に帰って、シャワーを浴びて寝た。

 そして翌日、クロの様子が気にかかって訪ねてみると。

 居間で酔いのままに寝ていた客たちが起き出し、散々飲んでいた割には清々しい笑顔で帰宅していくのを尻目に、家主の黒猫は頭がカチ割れそうなほどの頭痛に悩まされているようだった。一年の始まり、かくもめでたき正月の日の朝を、クロは最低最悪なコンディションで迎えていた。

 それを桜子は心底から呆れて見ていた。だからあれほど飲むなと言ったのに。

「自業自得よ、病み上がりのくせに調子に乗って飲むから。百花は止めてたのに」

「あいつの発言は自分が飲みたいだけで俺の心配してたわけじゃないからノーカン」

「私だって散々止めたのに」

「あのなぁ、俺にだって一応言い分はあるんだぜ。病み上がりなのは重々承知してたが、飲まなきゃやってらんない気分だったんだよ」

「どういうこと?」

「そりゃ、お前……」

 言いかけて、しかしクロはばつの悪そうな顔で目を逸らす。逃すまい、誤魔化されまいと桜子はクロの視線の先に回り込んでじっと見つめる。クロはうっと怯んだ様子で、やがて逃げられそうにないと悟ったようで溜息をつくと、ぼそりと零した。

「……あんなことしといて、素面でいられるわけねえだろ、馬鹿」

「…………恥ずかしいことをした自覚はあったのね?」

「るっせぇ」

 力なく悪態をつくと、クロは「み、水ぅ……」と唸りながら台所に転がり込んで行った。

 つらそうな背中を見送った後、桜子は溜息をついた。話したいことがいろいろとあるのに、クロがあの調子ではどうしようもない。

 仕方がないから今日はゆっくり休ませてやるか、という気分になった。ところが、昼前くらいになると、どたどたと騒がしい足音が家に響く。不機嫌そうに眉間に皺を寄せたクロが台所から戻ってくるのと、居間の襖が軽快に開け放たれたのはほぼ同時だった。

 顔を出したのは朝帰ったばっかりのはずの紅月である。

「おう、あけおめ。二日酔いの気分はどうだ?」

 いい加減な年始の挨拶と渾身の揶揄をセットでぶつけられ、クロは聞こえよがしに舌打ちした。

「帰れ、バカわんこ。お前にかまってやる余裕はない」

「まあそう言うなよ、アホにゃんこ。放っておいたらめでたい元日にも家に引きこもるしか能のないお前に朗報だ。新年会だぞ、丙がいい酒を仕入れたんだ」

「嫌がらせだよな? 完全に嫌がらせだよな?」

「さあ行くぞクロ」

「しかも今から? 真昼間から酒飲むのか? てかなんでお前はしこたま飲んだくせにそんなにぴんしゃんしてんだよ」

「さあ嬢ちゃんも行こうぜ、もうみんな揃ってるぞ」

「え、あ、うん……まあいっか、行こう」

「よかねえよ」

 しかし紅月は文句など聞き入れずクロをぐいぐい引っ張っていく。頭痛に悩まされるクロは抵抗する余力もないようでずるずる引きずられていく。桜子は苦笑しながら見守るばかりだった。



 連れて行かれた先は、永久桜の丘だった。舞い散る桜の下で新年会など、人間の世界ではできない。永遠の時を咲き誇り続ける永久桜の下でしかできない特別なことだ。風に花弁が舞い、視界を薄紅色に染める光景は、何度見ても溜息が出る。

 一方、別の意味で盛大に溜息をつくクロは、丘に集まっている面々を見てげんなりしていた。朝方別れたばかりのメンバーが再集結しているだけなのだ。しかも、全員酔い潰れて寝ていた割にはぴんぴん元気だ。頭痛に悩まされているのはクロだけのようである。

「あ、クロ! あのねえ、とってもいいお酒が入ったのよ、乾杯しましょーね、乾杯!」

 満面の笑みで一升瓶を掲げるのは丙だ。

「さあさあ、グラス持って、ぐいっといっちゃってね」

「誰が酒なんか飲むか。俺は大人しく茶を飲むんだよ」

「あ、参加はする気満々なのね、よかった!」

「ぅぐ」

 どうやらまだ思考が鈍っているらしい。上手く乗せられてまんまと言質を取られた形だ。クロは渋い顔をする。桜子が思わず吹き出すと思い切り睨まれた。

 昨日の年越しパーティーとどう差別化が図られているのかよく解らない、どんちゃん騒ぎの新年会が開始されると、真昼間だとか、昨日飲んだばかりだとか、そんなことは気にせず、妖怪たちは賑やかに盛り上がる。

 それを横目にクロは永久桜の大樹に凭れて宣言通りお茶をちびちび舐めている。桜子はそれを微笑ましく思いながら隣に腰かけた。

「ったく……無駄に元気の有り余ってる連中だ……」

 まだ、いまいち本調子とはいえなそうな顔で、クロが呟く。

「賑やかなのは、好きじゃないかしら?」

「……嫌いではない」

 早くも酒を過ごして危なげな足取りな忍と、彼に甲斐甲斐しく世話を焼く葵。

 ジョッキを片手に豪快に飲み比べを始めている丙と百花。

 今日のところは大人しくジュースで乾杯している空湖と鏡花。

 そんなところで縮こまってないでこっちに交じれと手を振り誘う紅月と翠。

 そんな面々を順々に見回しながら、クロはそう答えた。

「少し前までは、こんなふうに誰かと一緒に過ごすなんて、思いもしなかった。……それってさ、やっぱりお前のおかげなんだよな」

「え?」

 目の前で繰り広げられている喧騒が、しかし遠ざかったように感じられた。舞い散る桜が、まるで帳のように二人を囲い、外の喧騒から隔離する。桜子には、クロの声が鮮明に聞こえていた。

「俺がお前を見つけたのは、緋桜を探していたから。きっかけは、確かに緋桜だった。お前、けっこうそのこと、気にしてただろ? 緋桜の娘じゃなけりゃ、出会うことはなかった、ってさ」

「うん」

「けど、そういう出会い方って、悪いことじゃないんだよな。たとえば、お前がいなけりゃ、俺は紅月とはたぶん今でも仲違いしたままだったろうし、忍や葵と関わることもなかった。朽葉との戦いで俺がやばくなっても、誰かが助けに来てくれることなんてなかっただろう。全部さ、お前と一緒にいたから繋がった縁なんだ。人と人との縁って、そういうふうに繋がって、広がっていくんだなって、お前を見てるとつくづくそう思うんだ」

「……」

「それと同じように、緋桜は俺とお前を繋いでくれた。縁が縁を呼んで繋がってく……たぶん、そういうコトなんだよな。だからさ、朽葉がお前に言った戯言なんて忘れていいんだぜ。お前はお前だし、お前が特別なのは緋桜の血のおかげってわけじゃないし……俺はお前と会えてよかったって思うし」

 丁寧に、ゆっくりと、遠回りをしながら、クロはそう語った。

 幾つもの言葉を重ねて、クロは、彼にしては珍しく、彼の心の声を綴っていた。

「お前は大事な友達だ……俺は春にそう感じて、夏にそう確信した。けど、夏の終わりからからこっち、それは違うって気がしてた。違う、というか……たぶん、それだけじゃ満足できなくなってた」

 金色の瞳が桜子を捉える。クロの頬はうっすらと上気している。それにつられるように、桜子は頬の火照りを感じ、心臓が跳ねあがるのに気づいた。

「お前が、目が見えなくなった時のこと、覚えてるか? あの時さ、お前、見えなくても俺だって解っただろ」

 桜子は首肯する。あの時のことは、自分で思い返しても不思議な感じだ。姿が見えなくても、そこにいるのがクロであると、当然のように理解できたのだ。

「あれさ、少し嬉しかったんだ。これからお前を騙そうとしてた時だったから、気づかれちゃいけないと思って言わなかったけれど。……思い返せば、思い当たることはいろいろあるんだ。手を引かれた時とか、一緒に花火見た時とか、信じてるって言ってもらえた時とか……そういう、お前の優しいところが滲んでるのを感じるたびに、俺の中でお前は、友達以上に特別な相手になってたんだと思う。こんな感情は……緋桜に対しても抱くことはなかった。……だから、さ、その……」

 ゆっくりと、だがはっきりと語っていたクロが、不意に歯切れが悪くなり口ごもる。少し困ったような顔で桜子から目を逸らし、頬をかく。いつもひねくれている猫のくせに、こういうときは割とストレートに、感情が仕草に現れる。照れ隠し以外のなにものでもなかった。

 桜子はクロの言葉の続きを待つ。急かすことなく、じっと。

 やがてクロは小さな溜息とともに羞恥や躊躇を捨て去ったようで、星色をした瞳で桜子をまっすぐ見た。

「――好きだよ、桜子」

「――っ」

 予想外に直球な言葉に、桜子は目を瞠り息を呑む。その反応に再び恥ずかしさを煽られたらしいクロは、少々むくれた顔で、とってつけたような言い訳をする。

「……ちゃんと言ってなかった気がするから、言っただけだ。それだけ」

 そう早口でまくしたてると、クロはさっと立ち上がり逃げるように歩き出す。それを、桜子は慌てて腕を掴んで止め――慌てすぎたせいで思いのほか強い力で掴んで引っ張ったようで、クロの体ががくんと後ろに仰け反った。さすがに、無様にすっ転びこそしなかったものの、病み上がりの状態で食らった不意打ちに危うく転びかけたクロは、振り返るなり渋い顔で苦言を呈す。

「急に引っ張んな、あぶねぇだろーがっ」

 しかし、そんなつまらない苦情などさらりと無視し、桜子は心持ち睨みつけるようにしてクロをまっすぐに見た。その視線の強さにクロは微かに怯んだようだったが、だからといって逃げさせてやらない。桜子はクロをしっかり自分に向き直らせて、緊張のせいか微妙に喧嘩腰で言う。

「どこへ行くつもり? そういうの、やり逃げって言うのよ」

「言わねえよ! 致命的に間違ってるぞ!」

「そーいう大事なことを言ったときは、返事まで聞いていくのが常識でしょ。自分で言いたいだけ言って逃げるなんて非常識だわ!」

「お前っ、つい数日前の自分の非常識な行動を棚に上げて……」

「ちゃんと言ってなかった気がするけど、私も好きなんだからね! だから私が返事するのを大人しく聞いていきなさいよ!」

「!?」

 クロが驚いて目を剥いた。その驚愕の中には、突然の告白に対する衝撃と、「もう返事しちゃってるんだけど聞かなかったことにした方がいいのか!?」という動揺が混在しているように見えた。

 その表情から、桜子は緊張のあまり口走ってしまった爆弾発言に遅まきながら気づいて、二重の恥ずかしさで顔を真っ赤にした。それまでの謎の喧嘩腰が吹っ飛んで、打って変わって消えそうなか細い声で言う。

「……口が滑った」

「……告白で、口が滑るって……ありえねーだろ……」

 クロは呆れきった声で呟き脱力している。やがて目を見合わせた二人は、示し合わせたように笑いだす。笑わずにはおれないといったふうだ。笑いすぎたせいか目尻に涙まで浮かべたクロが言う。

「こんな間抜けな告白があるかよ。ほんと、お前らしい」

「ちょっと、私がいったいどんな間抜けキャラだと思ってるわけ?」

 桜子の苦情も笑い交じりだ。

 そんな調子でしばらく二人で見つめ合ってくすくすと小さく笑っていると、

「――んんっ、げふん、ごほん」

 ものすごくわざとらしい咳ばらいが聞こえて桜子はどきっとする。

 完全に二人きりの世界になっていたが、今ここには――

 おそるおそる視線を向けると、一様に顔を赤くして目を逸らしばつの悪そうな顔をしている紅月たちがいる。彼らの存在をすっかり忘却していた。

 全部見られたし、全部聞かれた。衆目の中でいったいなにをしているんだ、と桜子は自分の間抜けっぷりを悔いる。しかし、今更すべてをなかったことにすることもできない。

 いったいどんな顔で紅月たちと話せばいいのだろうと桜子が悩んでいると、開き直りの早いクロは早速妖刀を抜いている。

「ちょ、クロ!? 刀で過去をなかったことにはできないわよ!?」

「大丈夫だ、目撃者は全員消す」

「完全に悪役の台詞なんだけど! あなた平気そうな顔して実はかなりテンパってるでしょ!!」

 割と錯乱気味らしい黒猫は乾いた笑みを張り付かせながら妖刀を構える。すると、意地の悪いにやにや笑いを浮かべて、紅月と忍まで妖刀を構える。完全にやり合う気である。どうしようかと思っていると、くすくす笑いの葵が「勝手にやらせておきましょう」と無責任なことを言いながら桜子の手を引っ張る。桜子は野蛮な男三人を除くメンバーに囲まれ、無言の圧力で惚気話を強要される。

 どうやら逃げられそうにない。

 そう悟った桜子は、苦笑交じりに溜息をつき、背中に銃声やら剣戟やらの騒ぎを聞きながら、あわただしい一年間を振り返る。

 こうなったら、と桜子も開き直りの姿勢だ。

 さあ、とことん語ってやろうではないか。

 生意気で性悪で俺様なにゃんこと出会った春から、今までのことを――


完結しました!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ