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俺様にゃんこの躾け方  作者: 黒いの
4 猫を呼ぶ冬
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31 恥ずかしいことに気づく

 ぱん、ぱん、と乾いた音が立て続けに鳴り響いた。

 何も知らずに音だけ聞いたら「銃声か!?」と警戒してしまうようなおかしな思考回路になりつつある女子高生の桜子だが、今回ばかりはその音が銃声でないことを知っている。

 なぜなら、それはクラッカーの音なのだから。

「第一回・どきっ☆妖だらけの年越しパーティー・イン・猫屋敷!! いえーい!」

 謎のタイトルをぶち上げて盛り上がるのは、面白いことがこの上なく大好きで司会進行を喜んで引き受けた丙である。妖怪の世界で「妖だらけ」もなにもないのだが、一応半妖が一人混じっているから致命的におかしいというわけではない。会場はクロの家であり、猫屋敷という言い方も、正しいような間違っているような、微妙なところだ。総じて、丙が名づけたパーティーの名称は「微妙」という評価が相応しいだろう。

 もっとも、そんな細かいことなどどうでもいいとばかりに、集まった面々は盛り上がっている。そんなに広いわけでもない居間に、家主であるクロの他に、桜子、紅月、翠、忍、葵、丙、百花、空湖、鏡花と、総勢十名が集合している大所帯ぶり。どう考えても、部屋の広さ的にキャパオーバーである。

 クロは渋い顔で呟く。

「おかしいだろ、この窮屈っぷり。畳抜けたらどうしてくれる。だいたい、どう考えても俺の家より紅月の家の方が広いじゃねえか。なんで俺のとこに来るんだよ」

「んなこと言って、お前、俺の家でパーティーやるって言ったらちゃんと来るのか?」

「行かない」

 即答である。紅月は肩を竦め苦笑する。

「ほらな、お前を参加させようと思ったらお前の家に押しかけるのが一番手っ取り早いんだよ」

「ほらほら、折角のパーティーなんだから、つまんないことぶちぶち考えてないで! はいはい、グラス持って!」

 言いながら、丙がクロにグラスを押しつける。

「ささ、何飲む?」

「酒」

「クロは病み上がりだから大人しくジュースにしなさい」

 横からグラスを掻っ攫い、桜子が先にオレンジジュースを注いでしまう。クロは更に渋い顔をするが、桜子は気にせず、ジュースでなみなみになったグラスを突っ返した。

「ではではッ! 年越しと、やりそこねたクリスマスと、ついでにクロの快気を祝って」

「案の定俺はついでかよ」

「かんぱーい!!」

 丙による乾杯の音頭はそんな具合でいい加減だった。

 乾杯が済めば、あとは無礼講。といっても、集まっている面々は普段から無礼講、というか無礼な連中ばかりなのだが。妖たちは思い思いに歓談する。

 翠がいつぞやの宣言通りに焼いてきた八号サイズのケーキは、こうして人数が集まると丁度いいサイズだった。

「クロ様、どうぞ召し上がってくださいな。お口にあえばよろしいのですけれど」

 親切に切り分けてくれる翠だが、皿に取り分けられたケーキを見てクロは頭を抱えていた。

「カットされたケーキの中心角が九十度に見えるのは俺の気のせいか?」

「さすがクロ様、見ただけで角度をぴったり言い当てるなんて、素晴らしいですわ!」

「駄目だ、通じてない」

 翠の中でどういう計算がされて、十人で分けるはずのケーキが四分の一サイズで切り出されたのか、まったくもって不明であった。すると、横から紅月がにやにやと意地の悪い笑みを浮かべながら口を挟む。

「いいじゃねえか、お前と嬢ちゃんで分ければだいたいイイ感じだろ」

「ぶっ」

 クロは紅月の戯言を無表情で聞き流したが、桜子は思わずジュースを吹き出した。軽く咽ながら桜子は悪ふざけがすぎる紅月を睨む。

「そーいうふうに揶揄うのは勘弁してちょうだいよ」

「恥ずかしがることはないさ。だいたい今日のパーティーって、年越し一割、クリパ一割、快気祝い一割で、残る七割はカップル成立おめでとうみたいなもんだろ?」

「聞いてないわよそんな謎の比率!! カップルなんて成立してないし!」

 桜子は泡を食って否定する。

 ――そりゃあ、クロを好きなことは認めるけれど。

 気持ちは自覚した、とはいっても、クロに直接伝えたわけではないし、キスだって、仕方なくというわけではないものの、契約のため、という理由があったのだ。こんな、なあなあでいい加減な調子なプロセスしか経ていないのにリア充扱いされては困る。そして、こんな話をクロの前で堂々とされてもとても困る。桜子はクロの反応をちらちらと窺う。クロは何も耳に入っていないような涼しい顔でグラスを傾けている。オレンジジュースを飲んでいたはずのクロは、いつのまにか勝手に酒を飲んでいた。

 それを見咎めた百花が苦言を呈す。

「つい数日前までぶっ倒れてたアホ猫が、調子に乗って酒なんぞ飲むんじゃない。優秀な医者の忠告は大人しくきくものだぞ」

「この程度の量は飲んだうちに入らないだろ」

「そう言ってる奴に限って、いつのまにかついつい過ごしてるって寸法だ。解ったら、お前は大人しくジュースを飲んで、その旨そうな酒は私に寄越せ」

「お前が飲みたいだけじゃねえか」

「病み上がりに酒の味など解るものか、私に寄越せ」

 ついに百花は強硬手段に出て、クロがいつの間にか自分の脇にキープしていた酒瓶を奪いにかかる。クロは当然のように抵抗して、酒の取り合いになる。病み上がりのくせに騒がしいクロもクロだが、病み上がりに掴みかかる医者も医者である。

 そんな具合で二人が睨みあっている隙に、丙と葵が桜子の隣にやってくる。丙はにやにやと笑いながらひそひそと耳打ちする。

「桜子ちゃん、ああいうふうにクロちゃんが翠や百花とじゃれあってると、内心気が気じゃないんじゃないの? 乙女のジェラシーじゃないの?」

「は?」

 丙にはあれがじゃれあっているように見えるのか、と桜子は首を傾げる。翠は誰に対しても優しく気が利いて天然だし、百花との騒ぎはじゃれ合いというより取っ組み合いに発展しつつある。嫉妬する要素が見当たらない。

 すると今度は葵が耳元で囁く。

「桜子、思いの丈を打ち明けるのは早い方がいいですわ。郷の妖の、クロに対する認識が変わりつつある今、ライバルが出てくる可能性も無きにしも非ずです」

「は?」

「そうよ、桜子ちゃん。なんだかんだでクロちゃんてば、口が悪くて性格が悪いのを除けば正統派イケメンなんだから」

「口が悪いのと性格が悪いのは普通除かないでしょ」

「時には酒の勢いを借りて当たって砕けるのもよいのではありませんか?」

「私素面だし、砕けたらだめでしょ」

 おそらく桜子の気持ちを応援してくれているのだろう女性陣は、しかし微妙にありがたくないアドバイスばかりくれる。

「てか、葵と忍は両想いなんだし、そのあたりの惚気話が聞きたいわぁ。やっぱり、パーティーといえば恋バナっていうのが私の持論なのよねぇ」

 と、謎の持論を持ち出して丙は葵に水を向ける。葵は途端にぱっと顔を赤くして、「そんな……忍なんて、もうほんとにだらしなくて、でも時々かっこいいんですよ」などと完全に乙女の表情で語りだす。それを聞いていないような顔で実はひっそり耳を澄ましているらしい忍は顔を赤くして俯いていた。

 女子二人が恋バナを始めて盛り上がりだすと、今度は空湖と鏡花がささっと桜子の元に寄ってくる。

「桜子さん、惚気を聞く準備はできていますので、どうぞ」

「は?」

「緋桜さまは素敵だったけれど、恋人にするならおねーちゃんの方がいいよね。歳は近いし、守ってあげたくなる感じが最高だよね」

「はい?」

「私、応援してますから」

「頑張ってね!」

「頼むからみんな日本語を話して」

 一応、全部日本語である。

「そーいえばさぁ」

 唐突に、忍がひときわ大きな声を上げながらやってきて、がっしりと勝手に肩を組んでくる。愉快げな笑みを浮かべながら、何を言い出すかと思えば、

「姫さん、クロとキスしたんだよなぁ」

 改めて蒸し返されると気恥ずかしい。桜子は顔を赤くして目を逸らしつつぼそぼそと答える。

「ま、まあね」

「いやぁ、熱いねえ」

「な、なによ、忍たちが煽ったんでしょうよ」

 後悔はしていない。が、こうあからさまに揶揄のネタにされるのは面白くない。そろそろ腹いせに忍のことをぶん殴ってやろうかと思っていると、それを阻むように、忍は先手を打って爆弾を落としてきた。

「もしかして、姫さんは知らなかったのか、それとも知った上であえてやったのか」

「何の話よ」

「契約のキスってさ、別に口と口じゃなくてもよかったんだぜ?」

「……………………」

 その瞬間、すべてが腑に落ちた。

 カップルだのリア充だの熱いだの、誰もかれもがにやにや笑いながら言う理由が全部解った。

 理解できた途端、体中の血が沸騰するように熱くなり、顔は燃えるように赤くなる。

「――いやああああああああああッ!!!!」

 ついに耐え切れなくなって大絶叫。思わず部屋を転がり出て、真冬の空の下に飛び出して行った。



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