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俺の生活は、大きく変わっていた。
俺に用意される食事は、勿論使用人達より質の悪い食事だがそれでも剣闘士時代とは比べ物にならないほど美味い。
風呂にこそ入れないが毎日、洗体用の桶と布を用意される。
更に部屋とベッドも用意されていた。
そして今させられている事といえば、ただ王女と話をするだけ。
一瞬でも気を抜けば死ぬような命の危険もなくなった。
勿論理由がある。
楽しむ為ならともかく、わざわざ金を出してかった奴隷の健康を損ねる必要がないのだ。
貴族の持ち物である奴隷を過失で殺してしまえば、使用人自身が奴隷として扱われる。
主人からの命令がない限り、自分達よりランクは落とすであろうがたいがい食事はしっかり与えられる。
その落とされたレベルでこれだけ美味いのは、やはり王城だからだろう。
身体を毎日拭けるのは、俺のためというより、王女の為だろう。
王城の中で蝶よ花よ育てられた我が儘王女様に不潔な状態の者と接するのは耐えられないだろう。
部屋も普通いつ命令されても従えるよう主人の部屋の隅で眠るのだが手が出せないとはいえ、王女様が奴隷の男と一緒寝るのは外聞が悪いのだろう。
それであったとしても剣闘士時代より格段によくなった生活に罪悪感と切迫感に襲われる。
今、この瞬間妹が苦しんでるかも知れない、なのに自分はぬくぬくとこんな所にいる。
約束したのに、王に嘆願する事も出来ず、今王に自分の声を伝えられるであろう王女様に気に入られる事も出来ない。
ただ飼われているだけ。
奴隷の使い方を覚えるためと王女に与えられ、させられる事は使用人の真似事か話し相手だけ。
気分を損ねれば死ぬのだろうが、奴隷の売られ先としては幸運なのだろう。
それでも俺はこんな生活を望んでいた訳じゃない。
思い出すは、父上と母上に抱き締められ、俺が妹を抱いて馬車の中から見える街の民は皆笑顔であった、昔確かにあった日々。
壊れ、過ぎ去った過去。
奴隷の身で望むには過ぎたる夢。
それでも諦めない。
いや、諦められない夢。
王女様が寝たあと、王女様に追い払われた後1日の内自由になる時間の多くを鍛練にあてる。
剣闘から離れたせいか、疲れがたまるのが早くなった気がする。
ただ王女様と話しているだけでも疲れがたまっている。
妹以外の女の子と話すことに緊張してるのか、機嫌を損ねると死ぬ事に緊張しているのか知らないが悔しい。
命を掛けてもこの国を変えようと思った。
なのに何も出来ない。
何も変えられない。
自分は強いと思っていたのに、威圧されただけで何もする事が出来なかった。
王女様が寝たあと誰もいない庭で木刀を振る。
何もできない自分を切り捨てるため。
妹と約束した時の剣闘士であった自分を忘れないため。
この世の不幸を砕く為に。
身体が疲れを訴える。
剣闘士から離れてまだ数ヶ月、どれだけ鈍っているんだと自分を叱咤する。
泥の様に重い身体、それでも剣筋に乱れはない。
過去の自分より鋭く正しい気すらする。
これは、無力な自分を慰める為、脳が勝手に作り出した思いなのだろうか?
頭が重い。
こんな状態の自分が過去の自分よりいいわけがない。
惰弱な幻想にとりつかれるな。
もっと速く、もっと鋭く。
いつの間にか自分の脳裏に浮かぶ最高の剣筋を目指して。
音が消える。
荒かった自分の呼吸音が遠くなる。
身体の重さも消える。
目の前の景色がどんどん暗くなっていた。
目を覚ますと自分の部屋だった。
ヤバい王女様の所に行かないと。
慌てて着替えようとするとテーブルの上に紙が置かれていた。
貴方が庭で倒れている所をトレイン様に発見されました。
医者に見せたところ何故か過労だと診断されました。
一週間王女様に近づかず休んでいろとの事です。
馬鹿に重い木をトレイン様が拾ってきましたが、まさか奴隷である貴方が騎士の真似事をし、チャンバラごっこなどしていないと思いますが後で詳しく話を聞かせて頂きます。
ですので部屋でおとなしくしていてくださいね。 クロエ
不味いな。
チャンバラごっこ…
下手すれば鍛練すら出来なくなる。
トレイン様にクロエって誰だよ。
誰も俺に名乗って来ないくせに名前書かれてもわかんねーよ。
夕方になり現れたのは、一番最初に俺を無理やり風呂に入れた侍女だった。
「目が覚めたようで何より、さてそれでは話を聞かせてもらいましょうか?」
お前かー。
クロエってお前かよ。
と思ったが口に出来なかった。
なんかもの凄く怒っている。
「ちなみに貴方が過労等という理由で倒れた為、使用人が私用で貴方を働かせていないか等の聞き込みがあり私の休憩の時間が跳びました。何か言うことは?」
「誠に申し訳ありませんでした。」
自分で言いながら怒りのボールテージを上げていくクロエにとりあえず大袈裟に謝る。
おそるおそる顔を上げると呆れた顔のクロエがいる。
「それで貴方の性で疲れている私に話を聞かせて貰えますよね。」
その目の笑ってない笑顔と言葉を前に嘘で濁すことは俺には出来なかった。
「はぁー、身の程を知りなさい。今の貴方は充分恵まれているのだから諦めなさい。と言っても無駄なのでしょうね。」
俺の身の上話や想いを伝えるとため息をつきそう言った。
無言で頷くと更に深く長いため息をつかれた。
「王がその事を聞いて、法を変えると思う?いぇ質問を変えましょう。法を変えて王に何の得がありますか?」
「損得の問題じゃないだろ。」
反射的に言い返すと
「損得の問題ですよ。奴隷という身分を無くしたとしましょう。すると今まで奴隷を使っていた仕事を人を雇わなければなりません。人の嫌がる仕事をさせようとするが強制させれないとなれば賃金を上げざる負えません。既に奴隷を持っている人物に奴隷を解放させなければいけません。喜んで解放する人などいないでしょうから権力を使い恨みを買うか一度王が購入し解放する事になるでしょう。国庫も無限ではないのですから最低でもその支出に見合うだけの利益が必要になります。もう一度聞きます。王に何の得がありますか?」
何も言えないなってしまう。
法を作るのは王で王が奴隷なんて作ったのだから王が無くすといえば無くなると考えてた。
周りの人間の事なんて気にもしてなかった。
「それでも…」
なんとか声を絞り出す。
「妹さんとの約束もあり、諦めれないのでしょ。ならとりあえず学びなさい。法を世の中を知らず法を変えろ世を変えろはないでしょう、元貴族といっても奴隷に落ちてろくに教育されてないのでしょう?鈍りたくないというならトレイン様にも頼まれましたし、庭を使うのを許可しますが二時間まで、勉強は私が空いている時に教えましょう。トレイン様にちゃんとお礼を言うのですよ。」
展開が急すぎて理解が追いつかない。
諦めろと言われると思ってた。
諦めない手助けしてくれる。
そう理解した瞬間、俺はクロエ抱き締めた。
「ありがとう」
万感の想いを込めてそう言った。
「やっぱり変態。」
そこにはジト目のクロエがそこにいた。
「いや、違っ、嬉しくて」
「貴方は嬉しいと女性に抱きつく変態さんなのですね」
また目の笑ってない笑顔で俺の肩を掴む。
そして夜は、クロエの誤解を解くことでふけて行くのであった。