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 雪女との生活も既に半年が過ぎ、山には夏が訪れていた。幽霊さえ殺しそうな暑さと、山の至る所で好き勝手に鳴き喚く蝉のせいでノイローゼになりそうだ。

 死んでからは怪我や病気の心配はないと思っていたが、心の病気にはなるのかもしれない。それはなんとしても避けたいところだ。幽霊の医者はいないからな。

「あっついわねえ……」

「あっついなあ……」

「あっついわねえ……」

「あっついなあ……」

「あっついわねえ……」

「あっついなあ……」

 居間にある、氷で作られたちゃぶ台に二人で突っ伏して、何度繰り返したか分からない会話を延々とリピートしていく。壊れたテープレコーダーみたいに、このまま死ぬまでこの言葉を繰り返しているんじゃないかと不安になる。あ、もう死んでるんだっけ。頭の中のカセットテープも、絡まって中身が飛び出しそうだ。


 ぴちゃん、と頭の上に何かが落ちてきた。当たった所を触ると少し濡れていて、更にその手の平の上に、もう一度軽く何かが当たった感触。ひんやりとしていて、少し気持ちいい。

「おい、雨漏りしてるぞ」

 天井を見上げると、一部から水が滴っていた。その間隔はだんだんと短くなり、量も次第に多くなっている。

「あれは雨漏りじゃなくて、天井が溶けてるのよ」

「それ、なおさら危なくないか?」

 もう一度天井を見る。さっきよりも水の滴る量は増え、小さくだがいくつかの亀裂も出来ていた。

「早く直さないと、これって」

「天井に穴が開いて、家が崩れるわ」

「おいおい、冗談じゃないぞ……」

「この様子じゃ、二階はもう駄目かもね」

「早く直せ!」

 はいはい、とやる気の欠片も感じさせないような空返事をすると、雪女はずりずりと床を這いずり、芋虫のように俺の所まで近づいて来た。

「おぶって」

「は?」

「こんなあっつい日に雪女であるあたしを酷使するわけ?少しは手伝いなさいよ」

「それで、おぶれってことかよ……」

 物理的な意味での家庭崩壊は避けたいので、渋々ながらも雪女を背負う。あ、気持ちいい。雪女と体を密着させると、その冷気に体中の熱を吸い取られていく。まるで、巨大な氷枕みたいだ。

 しかし、そんなのんきなことも言っていられないので、さっさと担ぎ上げて天井の近くまで浮遊する。そして雪女がため息みたいな弱弱しい息を天井に吹きかけると、息のかかった一部分だけが凍り、崩壊を止めた。


「ほら、次行って次」

 右手で前方を指し示し、日向でくつろぐ猫みたいな表情で偉そうに催促する。色々文句は言いたかったけれど、今は指示に従って次々に天井の崩壊を止めていくのを優先させた。雪女が一発全力を出せば済む話なのに、どうして俺がこんなに苦労してるんだ……。

「次は外ねー……気が進まないけど」

 それは俺も同感だった。家の中から一歩出ると、そこは辺り一面灼熱地獄。死んでもあの世に行くのを免れたというのに、まさかこの世で地獄を見るとは。

「そら動けー」

 氷でできた傘(葉の生い茂った木の枝を凍らせた、ちょっとしたアイディア商品だ)を差し、俺たちは家の修復作業に当たった。家の二階部分が丸々溶けてしまっていたので、それを復活させるのには時間がかかり、全部の作業を終えたのはすっかり夜も更けた頃だった。




「ちょっと、いや、かなり雑過ぎないか?」

 居間に寝転がり、伸びをして強張った体を緩和する。目に入ってくる天井は、適当に修復したので大小さまざまなつららが垂れ下がっていた。外の暗さも相まって、さながら鍾乳洞のようだ。

 雪女は「いいじゃない。インテリアよ、インテリア」などと適当なことを言って、仰いでいた団扇で顔を隠してしまった。氷でできているので、反対側がぼんやりと透けて見えているが。

 要するに、これ以上働きたくないということらしい。

「ま、いいや。今日は俺も疲れたからなー……」

 静かに目を閉じる。夜ならば、あのうるさい蝉の声も、うだるような暑さでさえ、遠い国での出来事だったかのように気配すら見せることはない。俺は、その一時の安息に身を任せ、眠りに就くのだった。




 次の日。俺を安らかな眠りから引っ張り起こしたのは、雪女の怒鳴り声でも、遠慮のない蝉の鳴き声でもなく、その巨大な存在感を天空で溢れんばかりに主張している、巨大な太陽の直射日光だった。

「溶けた……」


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