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 山のあちこちで雪解けが始まり、すっかり春の訪れを感じさせる陽気になってきた。川の微かなせせらぎが耳に心地いい。

「ほら、ボーっとしてないで手を動かしなさいよ」

 春の陽気に誘われて、俺の頭の中に睡魔が来訪していたらしい。首を振ってそれを追い出すと、頭の入り口に鍵をかけてさっきまで行っていた作業に戻る。


 地面にしゃがみ込み、食べられそうな植物があれば採り、背負っている氷で作られたかごに放り込む。目ぼしいものが無くなると少し移動し、また地面を探す。そんな作業を延々と繰り返していた。

 有体に言って、山菜採りだった。

「なあ、さっきからなんでこんなことしてるんだ?」

「あなたが餓えてひもじい思いをしてもいいのなら、無理にとは言わないけど」

 そう言う雪女は、着物の裾を腿の位置まで捲り上げ、川の中に足を(無いけど)踏み入れていた。そして、右手に持った槍のようなつららを使い、川の中を泳いでいる手ごろな大きさの魚を捕りまくっている。


 雪女が言うには、春は収穫の季節らしい。先代以前の雪女は山に迷い込んだ人間を氷漬けにして食べていたらしいが、今の雪女は人間との約束でそれができないので、山菜や魚を食べているということだった。

 もはや生き物でない俺たちが、近所のお祭りみたいな気軽さで食物連鎖に飛び入り参加してもいいのだろうか、と疑問が湧くけれど、気にしないでおこう。


「ほらほら、もっとたくさん採って!まだまだ足りないわよ!」

 今日で半年分の食料を集め、秋までほとんどそれで凌ぐのだそうだ。腐ったりしないのかと聞いたら、真顔で「冷凍保存するに決まってるじゃない」と返された。




「それじゃあ、少し休みましょうか」

 太陽が昇り、天辺に上がった頃になってようやく休みの許可が出た。ずっと地面とにらめっこして、屈めていた腰が悲鳴を上げている。

「お昼の準備をしておくから、あなたは採ったものを家まで運んでいて頂戴」

 雪女はそう言って、家の鍵を放り投げてきた。少し軌道の逸れたのを、腰を伸ばしてなんとかキャッチ。痛てえ。

 そうして俺は、食材のたくさん入ったかごを背負い、氷でできた少しひんやりとする鍵を握り締め、家へと戻るのだった。


 家までの道のり少し遠いが、今の俺なら一っ飛びだ。直接的な意味で。そして、家の前まで着くと鍵を開け、中に入る。一層ひんやりとした空気が、俺を出迎えてくれる。

 一応食料庫は決まっているが、家全体が冷蔵庫みたいなものなので、適当な場所にかごごと食料を置いて家を出た。荷物がないので、戻る道のりは少し楽になる。

 そして忘れてはいけないのが、家を出る時に鍵をかけていくということだ。こんな山奥で防犯も何もあったもんじゃないと思うし、雪女の家なんて泥棒の方が逃げ出しそうなものだけど、雪女はどうしても気になるらしい。結構心配性なのかもしれない。




「おーい、どこだー?」

 さっきまで山菜採りをしていた辺りまで戻ると、大声で雪女を呼んだ。変化の少ない景色なので、川の近くということ以外、細かい場所までは記憶していない。

「こっちよ、こっち」

 茂みの向こうから、雪女の声が微かに聞こえてくる。その声の方に向かっていくと――――

 俺は、信じられないものを見た。


「お疲れ様。もう出来てるわよ」

 そう言って、雪女は近くにあった手ごろな石をぽんぽん、と叩いた。どうやら、ここへ座れということらしい。見れば、雪女も似たような石に腰かけている。

 そして目の前には、煌々と燃え盛る焚火と、それを囲むようにして串に刺された魚が用意されていた。いい具合に焼けていて、辺りに香ばしい匂いを漂わせている。どうやら、これが今日の昼食らしい。

「……これ、どうしたんだ?」

 そう言って、全く勢いの衰える様子のない焚火を指差す。

「これ?あたしが捕ったのよ。あなたも見てたじゃない」

「魚じゃなくて、火」

「あたしが点けたんだけど」

 そう言って、雪女は懐からライターを取り出した。

 炎耐性のある雪女って、キャラ設定崩壊しすぎだろ!しかも、当たり前のように文明の力を利用してるし!

「あたしだって雪女になる前は人間だったんだから、必要以上に火を怖がったりしないわよ」

 何をバカなことを、といった視線を送ってくる雪女。今回ばかりは、悪いのは向こうのはずなんだが。

「それに、そのライターどこで手に入れたんだ?」

「あなたのリュックの中から、使えそうなものだけ貰っておいたのよ」

 そう言えば、あの時の荷物にライターも入ってたっけ。結局、空中浮遊を習得するのに一週間以上かかり、死体を見つけることはできなかったが。


「ほら、魚が焦げるから早く来たら?」

 魚の中でも少し焦げかけているのを火から離し、俺に向かって差し出した。受け取って、石に座る。勢いよく魚に噛り付くと、飛び出した汁が口の中で暴れ回って火傷しそうになった。でも旨い。キャンプにでも来た気分になって、少し頬がほころぶ。

 横目で雪女を見ると、ふーふー言いながら熱々の魚と格闘していた。だから、何でその程度で済んでるんだよ。




「ふう、ごちそうさまでした」

「ごちそうさま」

 二人ほぼ同時に食べ終わり、両手を合わせて命に感謝。死んでからは、生きている時とは違った気持ちで「ごちそうさま」を言うようになった。

「それじゃ、続きを始めましょうか」

 雪女が焚火にふっ、と軽く息を吹きかけると、火は一瞬にして消えてしまった。誕生日パーティのロウソク消しは失敗しないだろうな。

 続いて、俺の背中にも息を吹きかける。今度はふーっと息を長く、強弱をつけて背中全体にまんべんなく吹きかけると、あっという間に氷のかごが完成し、先ほどと同じように俺の背中に装着されていた。

 今更ながら雪女らしさを発揮している。本当に今更だけど。

「さあ、あと半日働くわよ!」

 雪女が、区切りをつけるように両手をぱんぱん、と叩いた。


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