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致死的幻想  作者: イングリッシュパーラー
第2章 邪神の動向及び今後の予測
17/21

17. 秘密

 週初めの月曜、気乗りはしなかったが、俺は言われていたメンテナンスを受けた。

 TFCの地下には大型の医療機器が設置された特殊なメディカルルームがあり、一般のスタッフは立ち入り禁止とされている。


 快適とは言えない手術台の上で、体中に電極を付けられた俺は上半身裸で横たわっていた。

 白衣を着た加我主任は狂気じみた顔で、俺と機器の間を何度も行き来する。


「目が覚めたら来るようにと、週末に言ってなかったかな」

「すみません。お休みかと思ったもので」


 責めるような口ぶりのマッドサイエンティストに、とりあえず謝罪の言葉を述べた。世話になっている身なので、さすがに強くは出られない。


 ノルウェー本部とコネクトした医療機器は、俺の体を総合的に点検修理してくれる。

 端末を操作する権限と知識を持っているのは、TFC日本支部では加我一人。必然的に、メンテはこの上司に頼ることになる。


「損傷程度、左腕86%、骨格筋25%、血液30%、心肺36%――。左腕はもう駄目だね」

「これでも、結構持った方です」


 モニターに映し出された数値を確認し、加我は事務的に告げた。

 同情や憐れみは欠片もなく、だからこそこちらも気を遣わずに済む。


 錆の浮いた俺の左腕を肩口から切り離し、配線を繋ぎビスを留める。作業中は神経伝達が切られているため痛覚はなく、新しい腕が接合される様を他人事のように眺めた。

 左腕の取替えは毎度のことで、あらかじめスペアがある。一応生身のままの高神と違い、俺は作り物の体で生かされている。


「これ程腐食が速いとは、さすがはヨグ=ソトース」


 内部まで腐食が進んだ古い腕を吟味し、主任は呟いた。恐ろしい邪神の名を感嘆の表情で口にする男は、一体どちらの味方なのかと疑いたくなる。


 窮極の門を抜けた者は、神と同等の力を得る代償として、ヨグ=ソトースの呪いを受ける。日に日に腐っていく体は、機械の部品に替えても同じこと。腐敗は止められず、いずれ頭部を残してすべてが腐り落ちる。


 電極を外され、もういいよ、という声と共に俺は固いベッドから起き上がった。服に腕を通し、左腕を大きく回してみる。接続具合は問題ない。


 ただ一つ、腑に落ちないのは加我が小夜について一切尋ねてこない点だ。小夜が観月の幽体だと気付いたろうに、なぜそのことを問い詰めないのか。


「TFCも、きみのことを色々と気に掛けているんだよ」


 こちらの思惑に気付いていると言わんばかりに、加我は目を細めた。


「『見張っている』の間違いでは?」

「そうかもね」


 のらりくらりと答える相手の真意は掴めない。

 TFCが観月の破魔の力の件まで辿り着いたのかどうか、確認したくても、こちらから話を振れば藪蛇になる。

 とりあえずメンテナンスの礼だけ言って俺が部屋を出ようとした時、背後から呼び止められた。


「執務室に移って、茶でも飲んで話そうじゃないか。ここは冷える」


 加我は大仰に両腕を擦り、寒い寒いと連呼する。確かにろくに暖房が効いていない地下は空気が冷たい。

 二人分の靴音だけが響く地下通路はまるで異世界のようで、俺と上司は言葉を交わすことなく日常空間へつながる地上階へ歩いていった。


「あれ、珍しいですね。お二人一緒なんて」

 

 陰から陽へ。廊下でシンと顔を合わせ、一気に場の雰囲気が明るくなる。

 とはいえ、今はあまりタイミングがいいとは言えない。


「ちょっとしたスキンシップをしてきたんだよ。皆には内緒に頼む」

「スキンシップ、ですか」


 加我が俺の肩に手を置き、意味あり気な笑みを浮かべた。何を想像したのやら、妙に動揺した様子で立ち去るシンの後姿を加我は面白そうに見送っている。


「主任は部下をからかう天才ですね」

「褒めても何も出ないよ」

「褒めてません」


 この男にとって、鬼門の危機的状況はどこ吹く風だ。忙しく行き交う職員に会釈されながら、呑気な態度で執務室へ向かう。


 執務室は主任用の個室のため、内密の話をするには都合がいい。机の上には湯飲みとポットが置かれており、ご所望の温かい茶は本人が淹れた。

 俺の分も注ごうとするのを「結構です」と辞退する。面倒な話になると分かっているので、ソファの上で文字通り腰を据えた。


「さて。ノルウェー本部の機密を探っているきみのことだ。白夜の地にナイアーラトテップがいるのは先刻承知だろう」


 直球で指摘され、俺は息を飲んだ。こちらが内部に探りを入れていたことはもちろん、ノルウェー本部の一部にしか共有されていない土の邪神の情報をも加我は開示した。


「邪神の存在を確認したとして、さて、TFCはどうするかな?」


 たちの悪い謎かけは主任の得意分野だ。


(邪神と手を結ぶ……か)


 事実とかけ離れてはいないであろう推測を心の内で噛み締める。

 TFCとは、『タスクフォース・アゲンスト・クトゥルフ』。その名称通り、最も危険とされる邪神クトゥルフに対抗する目的で結成された。

 完全なる正義とは程遠く、妥協できる範囲で他の邪神に追従し、人類の絶滅を避けるという大義名分の下、時に邪神の信者と同列の行いをする。


 とりわけナイアーラトテップとハスターの二柱は、司門と高神の例から、協力関係が望める邪神と捉えられている。

 人が神の力を利用しようなど愚かの極み。俺には到底賛同できないが。


「ところが昨今、別の神が降臨してね。そのせいでTFCが内部分裂を起こしている」

「別の神?」


 思わぬ言葉に俺は興味を惹かれ、身を乗り出した。ナイアーラトテップの他に邪神がいるとしたら、ノルウェーで信者による儀式が活発化したことも頷ける。

 重要なのはその神が何者か、ということだ。


「私ばかり話していては、申し訳ない。こちらからも尋ねていいかい?」

「……どうぞ」


 続きを促す俺に、加我が待ったを掛けた。言い方こそ違えど、要はシャドウと同じく、交換でなければ情報は渡さない、手持ちの札で互いの秘密を暴くゲームを仕掛けている。


「クトゥルフの従者の件だが。きみ一人で苦戦しているようだし、他の者と組んでみたらどうだろう。シンなら適任だよ」

「必要ありません。それに、今重要なのは鬼門の方です」


 そちら側から来たか、と俺は臍をかんだ。

 ノルウェーから帰国後、俺自身の希望でシャドウをターゲットにしたいと申し出た。理由も聞かず了承しておいて、わざわざここで蒸し返すとは。


「シャドウの件は、俺に任せてくれる約束でしょう」

「エイの消息についても気になるところがあって、こちらでも調べてみたんだよ。きみの報告が事実と違うのは、どうしてかな」


 加我は猛禽類のごとく、頭上から舞い降りて狩りをする。のんびり茶を啜りつつ、確実にこちらを仕留めに来た。

 もはや言い逃れはできず、白旗を揚げる他ない。


 俺はエイについて虚偽の報告をし、クトゥルフの従者のデータをでっち上げた。エイの行方を調べれば、自ずとシャドウの正体は明らかになる。

 背信とも取れる俺の行為は弟を逃すためだと、加我は気付いたのだろう。シンの名前を出してきたのがいい証拠だ。


「ここでの会話は口外無用としよう。お互いにね」


 柔らかい口調ながら、悪魔にも似た顔で上司は腹黒い笑みを浮かべた。

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