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致死的幻想  作者: イングリッシュパーラー
第2章 邪神の動向及び今後の予測
14/21

14. 再会

 神社の修復作業は明日から始まる。一般に知れ渡らないうちに、マスコミと警察に手を回さねばならない。事件性がないことを示せば、大事に至らずに済む。そういった偽装工作は慣れたもの。


 とりあえず手薄になった漆戸良公園へ向かうことにして、オフィスビルの階段を駆け下りる。

 その途中、ポケットに入れたスマホが着信を告げた。俺はディスプレイを確認し、すぐさま通話をオンにする。


『ソウさん。忙しいところ、ごめん』


 声の主は、第一声でそう謝罪した。あまりにも申し訳なさそうに言われ、きみの方は大丈夫か、と聞きそびれてしまう。

 まだ勤務中であろう観月が、司門たちの目を盗み事務所の外から俺に連絡してきた。大方高神のことだろうと予想したが、彼女の用件は別にあるらしい。


『来さんのことなんだけど……』


 電話の向こうで観月が言い淀む。

 皆まで聞かずとも、大体状況は把握できた。午前中にTFCへやって来た司門の様子は、誰が見てもおかしかった。事務所に戻った後もあの調子なら、観月が訝しむのももっともだ。


「明日の土曜、予定はある?」

『え、いえ』

「なら、十四時に例の児童公園で」


 俺は強引に会う約束を取決め、素早くスマホを仕舞った。あまり人が通らない階段の踊り場だというのに、人の気配を感じた。あろうことか歩いて下りて来たのは加我主任だ。いつもエレベータを使うくせに、まるで見張っていたかのようなタイミングで都合の悪い時に限って現れる。


「やあ、最近健康のため階段を歩くようにしていてね」


 主任はわざとらしく懐から歩数計を取り出して、目の前にちらつかせた。通話を見られていたとしても、相手が観月だと知れるような会話はしていない。


「鬼門の結界を確認してきます。人手が足りないんでしょう」

「うん、頼むよ。そちらはきみに任せる」


 外出の旨を伝えると、上司である加我は年甲斐もなく片手をひらひらと振った。

 鬼門が全開になれば瘴気が溢れて大変な事態に陥るというのに、その態度に危機感は微塵もない。


「きみの切り札とやらに期待してるよ」


 どこまでも底の知れない闇の瞳で、主任は薄く笑う。

 観月の破魔の力の件は、入念に隠し通してきた。こちらの切り札が何なのか、加我が知る由もない。とはいえ、一抹の不安は拭えなかった。


(いつまで誤魔化せるか)


 駐輪場に停めたオートバイのロックを外して嘆息する。神社の前に乗り捨てられたシンのオートバイは既に回収済で、俺のバイクもシンに返してもらっていた。


「待って、私も行く」


 ヘルメットをかぶり掛けた時、背後から女の声がした。観月ではない、ドッペルゲンガーの方だ。

 返事を待たず、オートバイの後ろに跨った小夜が、俺の腰に腕を回してくる。実体の感触の代わりに、気の存在が感じられる。例えるなら、柔らかな泡に触れているような感覚。

 タンデムの真似事をする必要はなく、幽体は距離に関係なくどこへでも行ける。そう告げても彼女は聞かない。仕方なく、茶番に付き合うことにした。


「ノーヘルは禁止だ。ヘルメット着用」

「でも、私かぶれないよ?」


 俺が頭を指さすと、不思議そうな顔で首を傾げた。今までマンションでウエイト・リフティングのトレーニングをしてきたことを何だと思っているのか。


「イメージしろって言ったろ。可視化すればいい」

「あ、そうか」


 小夜は頷いて意識を集中させる。ヘルメットの方が重量が軽い分、バーベルよりは難易度が低い。こちらのヘルメットを手本にイメージを作り上げ、それをかぶって見せた。

 弟子の上達に、上出来、と俺は素直に称賛を送る。


「あのね、ソウさん」

「何!」


 エンジンを掛けたと同時に話し掛けられ、他の音はかき消されて聞こえない。怒鳴るように問い返せば、小夜も負けじと声を張り上げた。


「来週の金曜ね、私の二十歳の誕生日なんだ!」

「へえ」


 小夜はもっと違う言葉が欲しかったのだろう。けれど俺は短く相槌を打つしかできなかった。

 鬼門が開くのはそれより前であり、きっと小夜は誕生を迎えられない。観月を祝うことはできても、その時もう観月の中に小夜はいない。


(どうして俺に話すんだ)


 消滅が迫っていると彼女自身分かった上で、叶わない希望を口にするとは。

 俺は感傷を振り払い、バイクをフルスロットルで走らせた。

 

 日が傾く時分には、漆戸良公園は濃厚な瘴気のせいで薄暗く、気温が急激に下がってくる。

 瘴気が外へ漏れないよう公園の外縁に幾重にも結界を張っているが、完全には防ぎ切れない。濁った大気が重く体を圧迫し、普通の人間でも不快感を感じるレベルにまで周囲に瘴気が広まっていた。


 厳重注意の蒼の湖は立ち入り禁止にしたものの、さすがに広大な公園全体の閉鎖はできない。もっとも近隣住民はあまり公園に立ち寄らなくなった。心霊スポットを無意識に避けるようなものだろう。今も公園に人の姿は見えない。


 TFCの面々は蒼の湖周辺にいるはずなので、俺はそちらへは行かず林へ続く遊歩道を歩いた。

 黙々と付いて来る小夜に、暗いから足元に注意しろと声を掛けそうになり、自分の愚かさに呆れる。幽体にそんな忠告は無用だ。


 瘴気の吹き溜まりがある区域は従者が現れやすい。葉の落ちた木々が淡い街灯に照らされ、不気味な魔物の影として映る。


「ここで待ってて。シャドウが来るから」

「何だって?」


 不意に小夜が足を止め、宙を見つめた。彼女の視線の先に目をやり、俺は唖然と立ち尽くす。暗がりの中遠隔移動で現れたのは、紛れもなくあいつだったから。


 小夜が俺に付いて来たがるのはいつもの事で、一緒に行くと言われた際、特に理由を問わなかった。まさか小夜とシャドウが接触していたとは、まったくの想定外。


「なんだ、ソウまで連れて来ちゃったの? しょうがないな」


 しばらくぶりに会ったシャドウは、からかい交じりの憎まれ口を叩いた。すると小夜は凛とした表情で言い放つ。


「指図は受けないよ。私は、ただあなたとソウさんと会わせたかっただけ」

「本体と同じで、分身もナマイキだな」


 どうやら幽体の存在を知ったシャドウが小夜を呼び出し、小夜の方はお節介にも俺との橋渡しをしようとしたらしい。しかしシャドウが観月本体だけでなく、幽体にまで手を出すのはどういう了見なのか。


「ちょうどいい。少し話をしないか、シャドウ」


 大まかに状況を把握し、俺は冷静に切り出した。せっかくの機会を無駄にはしない。ちらと小夜の方に目をやれば、緊張した面持ちで祈るように両手を胸の前で握っている。


「等価交換と行こう。俺が一つ答えたら、そっちも一つ答える」

「ふうん。まあ、いいけど」


 逃げなかったということは、一応こちらと会話するつもりはあるのだろう。

 真っ向から見据え、俺はやや高圧的な口調で切り出した。


「お前はなぜ、高神を殺さなかった?」

「え?」


 質問が意外だったのか、シャドウは目を丸くする。普通は「なぜ襲ったのか」と聞くべきところ。警戒する相手には、別の方向から切り込んだ方が真実を探れる。


「高神の首を取ってクトゥルフに捧げれば、いい復活祝いになる。なぜ、そうしなかった?」

「……あいつを殺したって、意味ない。ビヤがいなけりゃ、たいした力もないし」

「ヒアデス星団食のことは知ってるだろ。脅威は早いうちに摘み取った方がいい」

「知るかよっ。じゃあ、あんたが殺せば!?」


 不貞腐れた顔をしてシャドウは声を荒げた。核心に触れると、すぐそうやって突っ掛かってくる。こちらの質問に、言葉ではなく態度で答えたようなものだ。

 襲っても命まで奪わなかったのは、こいつ自身の意志。クトゥルフの意志に従うなら、高神を抹殺すべきだった。といって、善意で命を助けたわけでもなさそうだが。


 ふいと目を逸らし、口を引き結んでだんまりを決め込むシャドウに、それ以上は追及しなかった。こうなると何も話さないのは、経験上分かっている。


「OK。じゃ、お前の聞きたいことは?」


 仕方ないという素振りで、俺は問う権利を向こうに譲った。

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