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致死的幻想  作者: イングリッシュパーラー
第2章 邪神の動向及び今後の予測
13/21

13. 後始末

 マンションに戻った後、汚れた服を脱ぎ、部屋着に着替えてソファに倒れ込む。遠隔移動で疲労し、指一本動かすのも億劫だった。それでも今回は『アジフ』の力を使っていないため、左腕の激痛がないだけましと言える。


「ソウさんて、いつも難しい顔してる」

「疲れてるのに、へらへら笑えるか」


 日付をまたぐ頃、例によって小夜が時間などお構いなしに部屋に上がり込んだきた。ドアに鍵を掛けたところで、幽体には意味を為さない。


「観月の中に戻ってろと言わなかった?」

「戻ったよ。でも、もうベッドに入ったから」


 俺が素っ気なく突き放すのはいつものこと。小夜は気にした様子もなく、本体は寝付けないみたいだけど、と小さく付け加えた。

 観月は直接高神の状態を見てはいまい。司門が止めるだろうし、何よりビヤの治療中だ。しかし無傷でないことぐらい気付いているはず。幸せな時間が一転、地獄へと変わったのだから、当然ショックは大きい。


「シャドウが、あんな酷いことすると思わなかった。悪い人じゃないと思ってたのに」


 唐突に小夜がソファの後ろから身を乗り出す。近すぎるのではと思うものの、注意しても改めないのでもう諦めた。


「あいつは子供と同じだ。無邪気で容赦がない」

「どうして、視矢くんを襲ったのな」

「さあ……」


 ソファ越しの問い掛けに俺は曖昧に返した。

 結界が張られていたおかげで、あれ程の水蒸気爆発に関わらず、損壊したのは神社の境内を中心としたごく一部。本気で高神を殺すつもりなら、もっと確実な方法で仕掛けただろう。

 シャドウは、水の邪神クトゥルフに仕えている。来るべきヒアデス星団食を見越して、風の神性を牽制しようとしたのか。何であれ、あいつのやっていることは、場を引っ搔き回しているにすぎない。


「シャドウの事、どうするの?」

「別にどうも。これまで通り、水の従者として追うだけ」


 今回の件を受け、TFCはシャドウを早急に処分するよう命じてくるに違いない。上層部にもっともらしい言い訳をして、時間を稼がねばならなくなった。


「ソウさん、全然素直じゃない。無理ばかりしてると、壊れちゃうよ」

「素直じゃない、か。そんな風に言われたのは初めてだ」


 策士、冷徹という言葉は聞き慣れているものの、思いも寄らない指摘に俺はくっくっと笑ってしまう。

 すべて理解しているかのような小夜の眼差しに胸が痛む。この痛みの名前は、罪悪感だ。


「……そうだな。じゃ、きみが助けてくれるとでも?」

「私にできることなら」


 やや脅し掛ける口調で言っても、小夜は怖気づかない。こちらに真っ直ぐ向けられる信頼と好意に、決意が砕かれそうになる。

 初めから破魔の力を利用する目的で近付いたのに、今更躊躇するなんて馬鹿げている。

 大切なものがあると、人は強くなるという。けれど俺は、大切なものを手にすれば、弱くなっていくしかない。 






 翌朝遅めにTFCへ出勤した俺は、オフィスの廊下でばったり司門と鉢合わせた。

 司門は律儀にも忠告に従い、昨晩のうちにきっちり報告書を仕上げて来た。とはいえやはり過酷だったのか、やけに生気のない顔をしている。


 大怪我を負った高神は、ビヤの治療により一晩で順調に回復。このまま行けば、鬼門が開き切る頃には十分働けるだろう。

 どちらかと言うと、今は高神より司門の気の方が不安定だ。司門は廊下の壁に背を預けたまま、ぼんやり天井を眺めている。


「眼鏡」


 俺は司門の顔からずり落ちそうな黒縁の眼鏡を指差して、指で押し上げる仕草をして見せた。そこでやっと落としそうな状況に気付いたらしい。

 元邪神でありながら近眼という難儀な男は、普段はコンタクトをし、時にこうして眼鏡を掛けている。


「またコンタクトを落としたのか」

「いや。コンタクトは付けている」

「……何のための眼鏡だ」

「コンタクトをしていることを、忘れていた」


 司門の口調は至って真面目で、ふざけてはいない。出掛ける時に眼鏡を渡され、無意識に掛けて来たのだとか。この男の天然は今に始まったものではないが、今日は格段に酷い。


(ビヤのせいか)


 気の弱まりは、単に疲れのせいばかりではない。現在の星辰は、司門にとってあまり好ましくない位置にある。そこへ高神の怪我を治すためビヤが強烈な神気を放ったのだから、司門も割を食ったわけだ。

 覚束ない手つきで眼鏡を外し、ふらふらと立ち去る司門の後姿を、俺は溜息を吐いて見送った。


「あ、ソウさん! おはようございます!」


 司門と入れ違いに、張りのある声が耳に届く。その声だけで、先程までの重い空気が一気に吹き飛ばされた。

 おはよう、とこちらが返す前に、元気な後輩はパーティションの後ろへ俺を引っ張って行く。

 神社の境内損壊の補填及び隠蔽という余分の仕事が急遽増えたおかげで、昨日に続き、シンは今日も内勤になっている。


「高神は大丈夫なんですか!? 容体は?」


 何事かと思えば、捲し立てる勢いでそう尋ねられた。

 高神の特殊体質についてはシンも知っているはず。滅多な事はないと頭で理解していても、しばらく共に行動した仲間として心配なのだろう。


「命に別状はない。すぐ治るさ」

「よかった。気掛かりだったんです。昨日アルデバランの電磁波に乱れがあったので」


 シンがほっと肩を落とす一方で、俺は眉を顰めた。他人の身を案じるのは結構。しかしTFCではお人好しは不利になる。


「ハスターの監視は当面保留と言われたろ。命令違反だ」

「分かってます。でも高神を襲った従者のことがなんだか引っ掛かって。ソウさんのターゲットですよね」


 シンも、高神とシャドウ、ひいてはハスターとクトゥルフの邪神間の動向に違和感を覚えたようだ。

 加我主任と違い、正義感が強く信頼できる後輩。事情を話せばシンはきっと俺の良き協力者になってくれる。だがそれゆえにこそ、現状を伝えてシンを厄介事に巻き込みたくはない。


「自分の仕事に戻れ。それ以上突っつくと、俺も庇ってやれない」


 シンの肩を軽く叩き、踵を返して部屋を出る。何か言いたそうにしていたシンも、呼び止めはしなかった。

 これまで漆戸良公園の鬼門の警戒に当たっていたTFCの半数が、神社の後始末に回された。高神はまだ重傷であり、司門もしばらく休ませた方がいい。

 俺もシンもやらなければならない仕事は他に山程あった。

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