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致死的幻想  作者: イングリッシュパーラー
第1章 児童公園の事件と観月小夜に関する報告
10/21

10. 優しさ

 観月には司門の事務所から直接TFCのオフィスビルへ来てもらうことになる。ただ立地的に便利とは言い難く、交通手段は本数の少ない電車しかない。

 迎えに行く旨は小夜に話しただけで、司門にも本人にも伝えていなかった。言おうものなら、保護者たちに余計な警戒をされ、観月はきっと遠慮する。


 俺は時間を見計らい、マンションの近くでオートバイに跨ったまま観月を待った。程なく出て来た彼女に合図を送ってみるも、フルフェイスのヘルメットをかぶっていたため、こちらに気付かず前を素通りして行く。それならばとバイクで正面に回り込むと、彼女は驚いて目を丸くした。


「いつも、突然だね。ソウさんて」

「仕方ない。きみの連絡先を知らないし」


 わざとらしく俺は肩を竦めて見せる。連絡する手段は幾らでもあったけれど、彼女自身に電話番号を教えてもらうための方便だ。

 訓練に支障をきたさないよう、小夜には本体に戻っていろと指示してある。きっと観月の目を通して、俺の白々しい嘘に呆れているだろう。


「これを着てろ。風が冷たい」


 彼女の服装に目をやり、俺は自分のダウンジャケットを脱いで手渡した。スカートではなくジーンズで来たのは上等。だが、真冬にバイクで風を切るには万全な防寒とは言えまい。


「駄目だよ! ソウさんの方が風邪引いちゃう」

「引かない」


 慌てて返そうとするのを遮って、強引にジャケットを押し付ける。そもそも上着は体裁を保つため着ていたにすぎず、こちらは別にタンクトップ一枚でも構わなかった。

 観月はタンデムが初めてなのか、恐る恐る後席に乗り、落ち着かなげに身じろぎしている。オートバイの方が小回りが利くため便利なのだが、車にするべきだったと後悔した。


「しっかり捕まって。少し飛ばす」


 アクセルを開けて加速すれば、冬の風が打ち付ける。腰に回された観月の腕が振り落されまいとしがみついてきて、俺の身体の冷たさを不審に思われてしまうのではないかとひやりとした。


(温かいな)


 暑さ寒さはどうでもよいとはいえ、温度の感覚はある。血の巡った身体は温かいのだと、当たり前の事実を改めて実感させられた。


 道路をほぼ直線距離で飛ばし、TFCの駐車場にオートバイを停めて腕時計を確認する。

 電車で小一時間掛かるところを、半分の時間に短縮できたのはまずまず。この分ならお茶の時間が取れそうなので、作ってきたマフィンが無駄にならずに済む。


 乗る時とは違い、軽々とバイクを降りた観月は礼を言って俺にジャケットを返した。疾走感がお気に召したらしい彼女の様子に俺は口元を綻ばせつつ、肝心な事を告げる。


「きみの前世のことは、口にするな。もし聞かれても、破魔の力じゃなくPSIだと言って欲しい」

「PSIって?」

「超能力のこと。嘘じゃないだろ」


 色々面倒だから、と付け加えると、観月は神妙な面持ちで頷いた。TFCが危険で厄介な存在だと漠然とでも感じてくれればいい。

 入館にはセキュリティカードの認証が必要で、認証できなければ即警報が鳴る。表面上NPO法人ではあるものの、一応政府機関である以上まあ当然。


「私、来てよかったのかな……」


 警備室の手前で主任に連絡を入れる俺の横で、彼女は心許なく呟く。厳重な警備に気後れしたのかもしれない。


「怖気づいた? 武道家ともあろう者が」

「そんなことない!」


 からかうように言えば、毅然と顔を上げる。打てば響く反応が心地よく、扱いやすい。

 そんな風にしばらく入り口付近で待っていると、エレベータのドアが開き、のんびりした足取りで加我主任が降りて来た。


「どうも。TFC主任の加我です」


 一見温厚な初老の上司は、胡散臭い笑顔を浮かべ名刺を差し出す。俺は恐縮する観月と主任の間に割って入り、上向けた掌を主任に差し出した。


「彼女の入館証、持って来てくださったんでしょう」

「そうだね。先に渡しておこう」


 加我は俺の横をすり抜け、観月の手の上にセキュリティカードを置いた。どうあっても、直接話をする気らしい。


「大事なものだから、くれぐれも紛失しないように。休憩室などは自由に使ってくれていいからね」

「はい、ありがとうございます」


 狸親父の本性を知らない彼女はぺこりと頭を下げる。


「自販機のおしるこはお勧めでね。白玉が二個入ってる。観月さんは、甘い物好きかな?」

「大好きです」

「それは良かった」


 他愛ない話で相手の警戒を解き、徐々に暴いていく加我の話術。大抵の人間はこの男の人当たりの良さに騙され、簡単に掌で転がされる。


「ソウは甘い物が嫌いでね、話に乗ってこないんだよ。料理の腕は絶品なのに」

「あ、前にクッキーを作って事務所に持ってきてくれました。とても美味しかったです」

「ほう。司門の事務所へ」


 会話が弾み始め、観月の口調も軽快になっていく。これ以上はまずいと、俺は強引に流れを中断させた。


「ご所望なら、今度主任にも作ってきますよ。トレーニングがあるので失礼します」


 時間がない旨を殊更強調して、観月を促しエレベータに乗り込んだ。

 普段は二階のトレーニングルームへは階段で行くのだが、今日は主任が何か言う前にドアを閉め、即座にその姿を視界の外に追いやった。

 閉まるドアに俺がほっと息を漏らすと、観月が首を傾げる。


「主任さん、置いて来ちゃっていいの?」

「いい。あの人はちょっと変わってるから、関わるな」

「でも、悪い人には見えないよ」


 観月の目に映った加我は、ただの気さくな上司に違いない。


(悪人というより、狡猾なんだ)


 声に出せない思いを心の内で告げた。俺も所詮は主任と同類。TFCでの訓練は加我に目を付けられるリスクがあると承知した上で、己の目的を優先させ観月を連れて来た。


「ここの連中は、きみの周囲の人間とは違う。信用するだけ痛い目を見る」

「痛い目を見たような言い方だね……」

「俺が? まさか」


 彼女らしい的外れで純粋な指摘に、つい笑いをこぼす。今隣にいるのは、利用される側でなく利用する側の男。そう司門たちから聞かされているだろうに。


「何か困ったことがあれば、シンに言うといい。俺の後輩で、唯一信用できる」


 こんな遠回しな言い方では、観月に伝わらないと分かっている。俺も含め、シン以外は信用するなとはっきり告げてしまえたらいいけれど、生憎そうもいかない。


「あれ、ソウさん。女性連れなんて、どうしたんです?」


 ちょうど名前を出した直後、快活な声が飛んできた。外回りのシンが、休憩室の自販機の横で立ったまま缶コーヒーを飲んでいる。

 シンは司門たちと共に漆戸良公園の瘴気の浄化任務に当たっていて、顔を合わせるのは実に数日ぶり。タイミングよく当日に紹介できるとは、手間が省けた。


「観月。彼は、シン。高神と組んで従者の警戒をしてる」


 高神の名を出した途端、観月の表情があからさまに変わった。しかしシンの方はそういった感情に疎いため、まったく気付いた様子がない。

 この後輩は観月と同様に裏表がなく、それゆえTFCを毛嫌いしている高神とも上手くやっていける。


 コーヒーを飲み終えると、休憩もそこそこに、シンは漆戸良公園へ向かうと言って階段を駆け下りて行った。鬼門はそろそろ大詰めを迎える。憂いを込めた眼差しで見送る観月は、高神の身を案じているのか。


「心配しなくても、シンがちゃんと高神をフォローしてる」

「別にっ、私は……」


 本人は隠しているつもりでも、彼女の気持ちは容易く読めた。

 もとは同一人物なのに、観月と小夜は別々の感情を持っている。高神に対して、多分小夜なら違う反応をする。

 折に触れて違和感を覚えるのは今だけ。本体と融合した後、幽体の感情は泡のように消えてなくなる。都合のいい自惚れは、今だけだ。

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