第242話「最終決戦-17」
「この程度で終わるはずがないよな」
砕かれた氷塊が溶岩の池に落ち、大量の水蒸気を噴き上げながら溶けていく。
そして、発生した水蒸気は霧のようになって、俺の姿も『軍』の姿も周囲からは見えないようにしていく。
「さてと、今まではいっそ『軍』を滅ぼすつもりぐらいで攻めてきたわけだが、そろそろ俺の望む終着点に向けてきちんと動き出さないとイースに怒られるな」
俺は霧の中でここからどう動くかを改めて考えていく。
『軍』の気配についてはきちんと探っておいて、動いていないのを確認しているから少しぐらいなら大丈夫だろう。
「…………」
まず俺は此処まで『軍』の力を削ぐ、または発散させる方向で動いてきた。
これはそうやって『軍』の力を減らさないと、俺とイースの二人と『軍』の間に力の差が有り過ぎて、その後にやろうとしている事の成功率が大きく下がるからだ。
で、現在はイースの真なる力である終わらせる力に、『不滅滅ぼし』を付与した攻撃も含めた各種の攻撃によって、『軍』を消耗させる事には成功してきている。
ついでに言えば、今の状態を見る限りでは流石の『軍』にしても『不滅滅ぼし』と終わらせる力の組み合わせで負った傷に関しては早々治す事は出来ないらしい。
だからこそ今の『軍』は一時的にその活動を止めているわけだし。
「そろそろ狙うべきかもな……」
俺は頭の中で今回の戦いの目的……『軍』を滅ぼすのではなく、『軍』を鎮めるために必要な巫術を思い浮かべる。
そう。俺が望む戦いの結末とは、『軍』を滅ぼす事でも、『軍』を封じる事でも、『軍』に成り代わる事でもない。
『軍』の怒りを鎮め、『軍』が今の姿に自らの力で変身したのと同じように、『軍』を本来あるべき姿と言えるのかは分からないが、とにかく今の姿とは別の姿に変化させること。
「すぅ……」
俺は未だに『軍』の動きが止まっているのを気配で感じながら、集中力を高め始める。
この結末に至った理由は勿論ある。
まず、『軍』を滅ぼしてしまえば『ミラスト』も一緒に滅んでしまう。
当然、論外だ。
『軍』を封印すると言う選択肢も駄目だ。
それでは未来に問題を先送りにするだけで、何時か来るであろう封印が解ける時には今以上の惨劇が待ち構えている可能性が高い。
俺とイースで『軍』に成り代わるのも無理だ。
『軍』と俺たちではあまりにも器が違い過ぎて、『軍』が果たしていた役割を果たす事は出来ないし、例の『軍』を貶めた神々の問題もある。
「はぁ……」
故に最良は『軍』を鎮め、新たな『軍』……と言っていいのかは分からないが、別の『軍』に生まれ変わらせること。
幸いと言うべきか、ジャポテラスには昔から荒御魂と和御魂と言う考えが有って、一般には秘匿されてたが荒ぶる神……荒御魂を鎮めて、人々を守護する神……和御魂にすると言う術式もあったし、グレイシアンの方にも人から神になるのに関係した術式も有った。
おまけに『軍』自身が少なくとも二度は自身の在り方を変えたことが有るのだから、外からの力によって変化させれる可能性は十分にあるだろう。
だから理論上は十分に可能性は有るはずである。
「となると後の問題は『森羅狂象』だが……動き出したか」
霧の向こう側で『軍』が少しずつ動き出す気配がする。
さて、目的ははっきりとし、その準備も今のところは順調だと言ってもいい。
なのに、未だに不安が付きまとい続けるのは、以前『狂正者』に教えられた『森羅狂象』と言う力を未だに『軍』が使っている気配すらさせていないからだろう。
『森羅狂象』……ただ森羅万象を狂わせるだけの力。
一応対抗策は用意しているが、事が終わるまでずっと使わないでいてくれれば、勿論それに越したことは無い。
だがしかし、俺には何故か一つの嫌な考えが有った。
今の『ミラスト』を滅ぼすためだけに存在している『軍』ならば、自分が狂って滅びる可能性を度外視し、本能的な忌避すらねじ伏せて使ってくるのではないのかと。
『うがああぁぁ!』
「っつ!?」
『軍』が腕を一振りし、周囲に立ち込めていた霧が全て払われる。
『よくも……よくもやってくれたな……』
霧の向こう側から現れた『軍』は、表皮だった鏡は全身何処も割れ、隙間からは金属の肉が見えると同時に溶岩の血と瘴気の煙を流れ出しており、背中の翼にしてもかなり欠けて向こう側が透けて見えるぐらいの濃度になっていた。
『何故分からないのだ……』
「…………」
しかし、それ以上に俺が息を飲まされたのは、『軍』の顔だった。
既に『軍』の顔を覆っていた鏡の表皮は砕け散っており、割れ目からは溶岩と瘴気が流れ出していた。
だが、俺が息を飲まされたのはそんな点ではない。
『もう、この世界には、人間には、神々の玩具に、食料にされるような未来しか残っていないのだぞ!』
俺が息を飲まされたのは、『軍』の心の内を示すように黒く、とにかく黒く黒く染まった漆黒の瞳と、そこに浮かぶ禍々しい全てを狂わす事を至上命題とするような黄金に似て非なる輝きを放つ満月のような光。
そして、その目の端から静かに流れ落ちる溶岩の涙だった。
『もういい……そこまで抗おうと言うのなら……』
「あれが……『森羅狂象』……か……」
俺はその光の正体を理解した。
と、同時にイースの力も引き出せるだけ引き出しておき、周囲に展開しておいた。
どうしてこんな行動をとったのかは分からない。
分からないが……直ぐに俺の行動が正しかったことは分かった。
『我はただあの月の如く狂わせる事だけを望もう』
『軍』の言葉と共に世界が……一変した。
『軍』版『森羅狂象』こと『我はただあの月の如く狂わせる事だけを望もう』が起動しました。




