第239話「最終決戦-14」
「このっ……!」
水銀の津波が全方位から押し寄せてくる中で、田鹿ソラはタヂカラオとイダテンの神力によって肉体を強化した上で、間に存在している一切の障害物を無視して真っ直ぐに真旗カッコウへ向けて駆け出す。
「そうだよね!ソラんが生き残るためにはそれしかないよねー!」
それは殆ど破れかぶれの行動と言っても良かった。
だがしかし、真旗カッコウの言うとおり、田鹿ソラがこの場を生き残るためにはこれしか手が無いのも事実であった。
「カモンカモン!良い表情だよー!」
何故ならば、現在田鹿ソラの儀礼剣には真旗カッコウを倒すためにサーベイラオリの力が蓄えられており、千里眼と真旗カッコウの転移阻害以外に力を使う事は蓄えた力を放出する事に繋がり、真旗カッコウを倒せる可能性が下がる事に直結すると言うのが一つ。
加えて、今から田鹿ソラがやろうとしている事は、少なくとも真旗カッコウの核が儀礼剣の刃から1m程度の範囲に無ければならなかった。
おまけに、水銀の津波は田鹿ソラを押し潰そうと迫って来ているだけでなく、二人が戦っている場所の外側に向かっても流れ出ており、迂闊に転移をしても攻撃の範囲外に逃れられるとは限らないと言う事実にも田鹿ソラは千里眼によって気づいていたからである。
「タヂカラオ様……イダテン様……私に力を!」
「さあて、こんなにソラんが頑張っているのなら、カッコウちゃんもきちんと相手をしてあげなきゃねー」
故に田鹿ソラは自分が持つ儀礼剣が微かに熱を帯び始めている事にも気づかず、自分の前に立ち塞がる無数の倒木をものともせずに駆け抜けていき、その姿を見た真旗カッコウも田鹿ソラを迎え撃つべく手に持った杖の先に水銀の刃を発生させた状態で構える。
「サーベイラオリ様!」
やがて田鹿ソラは真旗カッコウの目の前にまで移動し、儀礼剣を全力で振り抜こうとする。
「なーんてね」
「え……?」
だがしかし、田鹿ソラが儀礼剣を振る直前。
真旗カッコウの身体が突然霧散し、消え失せる。
その俄かには信じがたい光景に田鹿ソラは思わず呆然とし、
「あはははは!黙っていれば押し潰せるのに、真面目に相手をするわけないじゃない!ソラんてばおっ馬鹿さーん!!」
「嘘……」
直後に既に自分の頭上まで迫ってきていた水銀の津波から真旗カッコウの声が聞こえて理解した。
自分は真旗カッコウの罠に完璧に嵌められたのだと。
「ははは……トキ姉ちゃん。穂乃さん。サーベイラオリ様。皆。そしてアキラお姉様。ごめんなさい。アタシは此処で……」
「これでお終い……」
そして、田鹿ソラの脳裏に走馬灯が浮かび、絶望から頬を涙が伝い、死を受け入れようとした時だった。
「あぎっ!?」
「え?」
真旗カッコウが妙な声を上げたのと同時に水銀の津波の動きが止まったのは。
「これは……もしかして……」
田鹿ソラは気づく。
水銀の津波が凍りついている……否、氷と化している事に。
「アキラお姉様……」
田鹿ソラが知る限りでは、こんなことが出来る存在は一人しかいなかった。
そう、水銀と言う物質を水に変えた上で、更に氷にしてしまうなどと言う芸当は、今もなお『軍』と戦いを続けているはずのアキラ以外に出来るはずが無かった。
「まずまずまずううぅいぅ!」
「あっ!」
完全に氷と化していなかった部分から、表面を震わして真旗カッコウの声を響かせる紫色の結晶が生えた水銀の球体が出てくる。
それを見た田鹿ソラは頭で考えるよりも早く駆け出していた。
「はああぁぁ……(分かってる。たぶん、今ここでアキラお姉様の力が来たのは全くの偶然で、アキラお姉様の意図した事じゃない。でも、偶然だからこそ……偶然だからこそ真旗さんにも読めなかった!)」
仮の話ではあるが、もしこれがアキラが狙って行った行動であったのならば、真旗カッコウは事前に察知して水銀の肉体の一部を鏡にするなり、切り離すなりして、少なくともほぼ全ての身体を氷に変えられる事だけは防ぐ事が出来ていただろう。
「ふぇあ!?」
「真旗カッコウ!!(だったらアタシがやるべき事は……ただ一つ!)」
そうでなくとも、真旗カッコウが自身の核を水銀の津波の中に移動しておかなければ、今のように本物の核を田鹿ソラの刃が直接届くような位置に晒す事も、このように慌てて逃げるための足を形成すると言う時間を必要とする事も無かっただろう。
「これで……(アキラお姉様がくれたこの機をもって……)」
「う、嘘!?こんな事が!?」
「終わり!」
元居た場所から全力で駆けてきた田鹿ソラは、駆けてきた勢いをそのまま乗せて、儀礼剣が炎を発している事にも気づかずに真旗カッコウへ向けて振るう。
「ひっ……ひはは……」
田鹿ソラの刃は……、
「惜しかったねぇソラん!」
真旗カッコウの核から僅かにずれた場所を切っていた。
その事実に真旗カッコウは喜悦の声を上げ、反撃をするべく人の形を取ろうとする。
「うん。そうだね。確かに核は切ってないね」
「此処からはカッコウ様の時間だよ!もうソラんに攻撃の機会なんて与えないんだから!」
対して田鹿ソラはその場から飛び退き、攻撃の態勢を取ろうとする真旗カッコウから距離を取る。
「さあ!行く……あ、あれ?」
だがそこで真旗カッコウは気づく。
「な、なにこれ?」
「でもさ、そもそもアタシには真旗さんの核の内、どれが本物かなんて分からないし、壊せるとも限らないと思っていたんだよ」
自分の身体がその場から動かせない事に。
炎によって熱せられ、赤くなった部分が動かせないのはまだ真旗カッコウにも理解できる範疇だった。
それは、そこの部分が自分が操れない形の水銀になってしまったからだ。
「何なんだって聞いてるんだよ!?」
「だからアタシは……」
だがしかし、田鹿ソラに切られた軌道に沿って展開されている真っ黒な空間と、その空間からもたらされている膨大な量の引力によって身体が動かせないと言うのは、真旗カッコウにとっては全く未知の事象だった。
そして、そんな真旗カッコウに向けて田鹿ソラはいつの間にか炎が止んでいる儀礼剣の切っ先を向けて告げる。
「真旗さんの核ごと外に向けて飛ばす事にした」
「は、ははっ……なーんだ。なら心配して損した。何処に飛ばされるのかは分からないけど、ただ強制的に転移させられるだけなら、カッコウちゃんは怖くも何ともないね。だってカッコウ様にだって転移能力は有るんだからね」
田鹿ソラの言葉に、徐々に真っ黒な空間に飲み込まれつつある真旗カッコウは己の核を隠しながら、いつも通りの笑顔を浮かべる。
事実、ただ遠くに飛ばしただけならば、それほどの時間を掛けずに真旗カッコウなら戻って来れるだろう。
それは田鹿ソラにも分かっていた。
「誰が『ミラスト』の何処かに飛ばすって言ったの?」
「へ?」
そう、ただ遠くに飛ばすだけならば。
「アタシがやったのはサーベイラオリ様から授かった秘術である『次元飛ばし』。その亀裂の先は広大無辺にして、光も時間も空間も虚無すらも定まらぬ混沌と秩序が両立する領域。世界の外側。つまりは……」
「ま、待ってよソラん……。まさか……」
田鹿ソラの言葉を理解したために真旗カッコウの顔が青ざめていく。
だが、真旗カッコウの思いとは関係なく、黒い空間はその領域を広げていく。
「もう貴女は二度と『ミラスト』へは戻って来れない!」
そして、限界にまで黒い空間が広がった時。
「そんなのはイヤだああぁぁ!!」
助けを乞うように伸ばした手と叫び声ごと真旗カッコウは黒い空間の中へと飲み込まれていき、真旗カッコウを飲み込んだことで満足したのか、他の空間に押し潰されるように黒い空間も消え去った。
「はは……何とか……」
同時に、田鹿ソラも全身を震わせながら膝をつき、
「何とかやれたよ。アキラお姉様。後は……」
その場に倒れ込んだ。
次元の彼方へと消え去るがいい!
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