第211話「戦いの日の朝-2」
「え、えーと、茉波さん?」
「ゴクん……何だ?」
俺は多少ぎこちない動作で茉波さんの方を向く。
視界の端では、トキさんたちが俺の前に有る五着の服を見て硬直し、パッツァさんは左手で自身のこめかみを抑え、イズミについても口の端が微妙にヒクヒクしている気がした。
どうやら目の前の衣服については、神の領域に居るはずの二者であっても異常な物らしい。
うん。凄く不安になってきた。
「これは……何だ?」
不安になって来たが、これを着るのは俺たちなのだ。
なので、茉波さんからしっかりとした情報を得なければならない。
でないと不安でしょうがない。
と言うわけで、俺は震える手でゆっくりと目の前を衣類を指さすと茉波さんに質問する。
「何って服だが?」
「これが?」
「そうだ。ツクヨミとの戦いに備えて、御姫様たちの為に俺が拵えたンだ」
「「「…………」」」
茉波さんの言葉に思わずと言った様子で食堂に居る全員が沈黙する。
恐らくだが、全員思っている事は一緒だろう。
こんなふざけた代物を着させられる俺たちは一体何と戦わせられると言うんだ!?
いや、ツクヨミと戦わせられるんだけどさ。
ああうん……これはもう少ししっかり調べないとな。
もう本当に色々と不安過ぎる。
「茉波さん」
「何だ?」
「詳しい説明をお願いします。でないとこんな有り得ないもの着られないんで」
「ン。分かった。丁度飯も食い終ったしいいぞ」
と言うわけで、俺の求めに応じる形で茉波さんが目の前の服についての説明を始めてくれる。
「まずコイツはさっきも言ったように、俺が対ツクヨミ用の装備として特務班の御姫様たちの為に作った物だ」
「それは聞いた」
「で、性能としてだが……」
で、茉波さん曰く。
まず、この服の基本は奉納の舞で俺も着た巫女服の上位互換らしい。
上位互換らしいが……、
「とりあえず防御力としては、昨日ツクヨミがこの移動研究室に撃ってきた砲撃術式が有っただろ?一発だったらアレにも耐えられるだけの強度は持っているはずだ」
この移動研究室全体が大揺れするほどの一撃……恐らくは山の一つ二つ程度は余裕で吹き飛ばせるような一撃でも耐えられるって……有り得なさすぎる……。
だが本当に有り得ないのは此処からだった。
「他にも色々付いてるぞ。耐寒なら液体窒素、耐熱なら溶岩程度までは許容範囲内として、数分程度なら泳ぐ事も出来る」
「えーと、手とか顔とか出てると思うんだけど……」
「問題ない。服の方から着用者の肉体を保護する領域が出ているからな。身に付けていれば体全体が守られるから安心しろ。それに対毒や対幻術用の機構も備わっているからな。人間が扱える程度の代物なら、例え食事に毒が仕込まれていても大抵の毒は解毒できるし、幻術にしても自動的に解除できる」
「…………」
「当然、自動修復機構や、自動洗浄機能も付いているし、盗難対策として正式な手続きを踏まないで着用した者を拘束する機能も備わっている。他にも着用者の身体能力を……」
たぶん茉波さん以外の全員の口が大きく開いていたと思う。
まだ説明の途中だったが、それぐらい目の前の服に備わっている機能は有り得なかった。
「いやー、大変だった。大変だった。流石にこれだけの代物になると、分子原子レベルで必要な術式を刻み込ンで服の形にしないといけなかったからな。ただまあ、おかげでジャポテラスの周囲を守っている外壁をそのまま服の形に落とし込んだぐらいの代物が出来て、法則改変による攻撃にも多少耐えられるような一品が出来たンだから、頑張った甲斐があったと言うものだ」
「「「ははははは……」」」
やがて茉波さんの説明が終わったところで、全員の口から乾いた笑い声が響いてくる。
いや、なんて言うかさ……茉波さんがこれだけのものを用意するってことは、それだけの激戦になるかもしれないって事じゃないのかこれ?
「茉波殿。ちょっと向こうで商談でも……」
「ン?なンだ?なンだ?」
「アキラさん……」
「とりあえず着てみようか……」
「そうですね……」
で、パッツァさんが真剣な目つきをして茉波さんと食堂の外に出た所で、俺たちは茉波さんの作った服……俺は巫女服で、トキさんたちは治安維持機構の制服の形をした物をとりあえず着てみようと言う事になり、全員で着るのだった。
着用した感想としては……うん。自重しない茉波さんは本当に人間なのか怪しいと思わせてくれるような出来だった。
まあ、後で聞いた話だと、流石の茉波さんもこれほどの代物を一人で作る事は出来なかったらしく、作成時にはジャポテラスの神たちの力を結構借りてもいたそうで、ちょっと安心したのは此処だけの話である。
「さてと、それじゃあ装備品の最終調整をしながら、ツクヨミとどうやって戦うのかについて考えるとするか」
その後、服に問題が無い事を確かめた俺たちは茉波さんの研究室の一つに赴き、そこで装備の調整を行うと共に、今晩の戦いについて話しあった。
そして、話し合いも終わり、休息も十分に取った頃には既に日が沈みかけていた。
つまり、ツクヨミとツクヨミを信奉する者達との戦いが始まろうとしていた。
茉波さん自重ゼロ
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