第208話「真夜中の語らい-1」
深夜、皆(と言っても特務班の皆と伊達さんだけだが)が寝静まった頃。
俺は食堂の調理場で明日の朝食に備えて、食材の下ごしらえをしていた。
「アキラさん」
「と、来たか」
そこにトキさんがやってきて、俺に声を掛けてくる。
なので俺は作業を中断すると調理場の外に出て、手近な席にトキさんを誘う。
「それでアキラさん。私を呼んだ理由は何ですか?」
「トキさんに伝えておくべき事があったから、それでちょっと呼び出させて貰った」
「伝えておくべき事ですか」
俺の言葉にトキさんが以前とは色の変わった目で俺の事を訝しむ。
その目を見て、何となくだが俺はトキさんの目を通して『神喰らい』が俺の様子を窺っているような気がしてしょうがなかった。
「単刀直入に言わせてもらう」
が、ここで怯んでいてもしょうがない。
俺はそう考えて、話を切り出す事にした。
「明日のツクヨミとの戦い……いや、今後の戦いにトキさんは出ないで欲しい」
「……。理由を窺っても?」
俺の言葉に一瞬トキさんはこちらを睨み付けるような仕草をするが、直ぐに表情を元に戻して理由を尋ねてくる。
「アマテラス様に今のトキさんの状態を聞いた。そして、その情報と今の戦力を総合的に考えた上でトキさんは今後戦うべきじゃないと判断した」
「……」
トキさんは一言も発しない。
が、その目は明らかに俺の言葉を受け入れたものでは無かった。
「お断りします」
そして、トキさんの口から出てきたのは拒絶の言葉だった。
「理由は?正当な理由が無ければ、特務班総班長として、トキさんの戦闘参加を認める気は絶対にないよ」
勿論、俺にはトキさんの意見を受け入れる気はない。
だからはっきりと、明確に俺の立場を明らかにした上で、どうして俺の命令を拒否するのかと言う理由を訊く。
意地とか義務とか、そんなくだらないものでトキさんが自分の命を捨てるような真似をしようと言うのなら、俺は巫術なりなんなりでトキさんを気絶させてでも止める気だった。
「私が居なくては、アキラさんたちを守る人間が足りません」
「お生憎様。今の俺たちなら、トキさんが居なくても十分戦えるし、この話し合いが終わった後にでも茉波さんに話せば幾らでも手は打てるよ」
「アキラさんはツクヨミ相手にソラたちが戦えると思っているのですか?」
「厳しいとは思っている。だから、ソラさんたちには周りの人間たちの制圧を優先してやってもらうつもりで、余裕があれば俺の支援をしてもらう予定だよ」
「そもそもとして、アキラさんはアマテラス様から私についての何を聞いたんですか?私は見ての通りの健康体ですよ」
「トキさんが今唯一契約している神……『神喰らい』についての情報を一通りと、その契約のせいでトキさんが他の神とは契約できず、更に力を使う度に身体どころか魂を蝕まれると言う話を聞いた」
「分かりました……」
トキさんの表情が苦々しげなものになる。
俺は一瞬、これでトキさんが諦めてくれたと思った。
「つまりアキラさんは、私が『神喰らい』の力を使い、その結果として私が死ぬのが嫌なんですね」
「そうだよ。その通りだ。俺はもう、仲間は誰一人として死なせる気はない」
「アキラさんは優しいですね。でも、そう言う事だったら安心してください」
だが、トキさんの目はまだ諦めていなかった。
トキさんが自分の懐から錠剤のようなものが入った小さな瓶を取り出す。
「それは?」
「『魂定丸』と言うそうです」
「『魂定丸』?」
俺の言葉にトキさんが大きく頷く。
この錠剤が一体なんだと言うのだろうか……なんというか、瓶越しに見ているだけのはずなのに、凄く嫌なものと言うか、不吉なものを感じる。
「茉波さんが作ってくれた薬で、これを飲めば十分間ほどは『神喰らい』の力を全力で使っても浸食されることはないそうです。つまり、私が『神喰らい』に浸食されて死ぬ事は有りません。これでもまだ私を戦わせる訳にはいきませんか?」
「…………」
俺は少し悩む。
トキさんの話が真実ならば、十分間だけとは言え、確かにトキさんが戦う事は出来る。
そして『神喰らい』の力と言うのは、ソラさんたちから聞いた限りでは他の神に比べて桁違いに強力な物であり、間違いなく戦局をこちらにとって有利な物に持って行けるだろう。
「一つ質問していいか?」
「なんでしょうか?」
ただ、だからこそ俺には訊いておかないといけない事があった。
「その薬。『魂定丸』に副作用のようなものとかは有るのか?」
アマテラス様以上の神格を有する『神喰らい』。
そんな存在からの浸食を抑え込めるような薬を人間が使っても大丈夫なのだろうか?
何か致命的な欠陥のようなものが存在しているのではないのか?
茉波さんも人間である。
決して万能の存在ではない。
だから、何かしらの問題が隠れているのではないかと俺は思い、トキさんに問いを投げかける。
「ありません」
それに対してトキさんはきっぱりと、俺の目を真正面から一切のブレなく睨み付けるように答えた。
少なくとも、俺の目には嘘を吐いているようには見えなかった。
「分かった……だったらトキさんの作戦参加も認める。ただ、時間の制限もあるから、何時何処で出るのかについて茉波さんとも打ち合わせをしてだ」
「分かりました」
だから俺も諦めの息を吐きながら、トキさんの参加を認めた。
そして、当のトキさんの顔と言えば、何がそんなに嬉しいのかと聞きたくなるほどの笑顔だった。
「と、そう言えばアキラさん」
「何だ?」
「私の方からも一つ訊きたい事があったんです。今の内に良いですか?」
俺は料理の下ごしらえを再開しようと席を立つが、そこにトキさんが声を掛けてくる。
「それはこの場でないと訊けない事?」
「ええ、他の皆……特にソラが居る時には絶対に訊けませんね」
そう言うトキさんの目からは『神喰らい』の気配は感じなかったが、今までよりも遥かに真剣な眼差しだった。
「聞こう」
「では訊きますが……」
だから俺は再び席に着くと、トキさんの顔をしっかりと見る。
そして、トキさんの口から出てきた質問は……、
「今のアキラさんは何処までがアキラさんで、何処からがイース様なのですか?」
的確に俺の痛いところを突いてくれる質問だった。
嘘吐きさんめー




