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氷像のバジリスク  作者: 栗木下


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第196話「崩壊-12」

 俺はまずトキさんたちを見る。

 そしてすぐにトキさん以外の三人から漂ってくる力の量と種類が、普段と比べて大幅に減っていて、風見さんと布縫さんの二人に至っては一切力を放っていない事に気づく。

 普段感じていた力の正体は分かっている。

 皆が契約していた神の神力だ。

 それが無くなっているとなると……これはもしかしなくても、俺が居ない間に結構な事態が起きていたみたいだな。


「アキラ様?」

「どうしましたか?」

「いや、皆にかなりの無茶をさせた事に今更ながら気づかされただけ」

 俺は視線を逸らす事で二人の追及を逸らすと、トキさんとソラさんの二人から漂っている力の正体を探る。

 トキさんの方は……以前から感じてはいたけれど、具体的にどういう神様なのかって言うのは分からないな。

 おまけにうん。

 この状況で助力を願ったら、この場は乗り切れても、最終的な状況は取り返しがつかない程度には悪化しそうな気がする。

 と言うか、漂ってくる力だけでも、こちらの状況をニタニタと笑いながら観察しているのが伝わってくるな。

 となると残りはソラさんの方だが……こっちはサーベイラオリ様か。

 うん?おまけにこの感じだと……


「アキラお姉様!」

「へっ?」

「『軍』の方を見てください!」

 そこまで俺の考えが及んだ時だった。

 ソラさんが声を上げ、トキさんが『軍』の方を指差し、俺も二人に促される形で『軍』の方を向く。


「げっ……」

 状況は……俺が思わず呻き声を漏らしてしまう程度には悪化していた。


『我が血は灼熱の溶岩。血の底駆け廻り、生命の根源たる熱を生み出すと同時に、地上に顕れれば全ての命を焼き尽くす災禍の紅』

 『軍』は妙な残響を伴った声を上げながら、全身から真っ赤な溶岩を噴き出しており、気が付けばグレイシアンの地面の大半は真っ赤に染まっていた。

 おまけにこの溶岩には常に大量の熱が供給されているらしく、空気や雪に触れても冷える気配はまるでしない。

 今はまだ大丈夫だろうが、時間が経てば恐らくは俺たちが今居る建物もこの溶岩の海に飲まれることになるだろう。


『我が肉は万種混ざりし鋼。地の底に眠り、文明の礎を築くと共に、命奪うための刃にも、命守るための盾にも成り得る諸刃の輝き』

 溶岩を纏った『軍』の身体が膨れ上がっていくのと同時に、溶岩の間々から金属特有の光沢を帯びた長い何かが現れ始める。

 そして、『軍』の身体が変化していくのと共に、俺はこの場における根本的な部分が捻じ曲がっていくのを感じ取る。

 この感覚に『軍』の変化……恐らくだが『軍』は自分自身の定義を変えようとしているのだろう。

 今までの人間にも似た姿から、世界を滅ぼすに相応しい姿へと。


『我が呼気は虹色の煙。地の底にて淀み、封じられ、触れたもの皆悉く死へと誘う。命を奪うためだけに在る七色の瘴気』

 『軍』が中に居るはずの溶岩の膨らみは止まるどころか、さらに激しさを増していく。

 おまけに溶岩や金属製の何かからは、くすんだ虹色と言う見るからに体に悪そうな煙が上がり始めており、まるでこの世の終わりを思わせるような光景が出来上がりかけていた。

 だが、これ程の変化が起きてもまだ『軍』の変化は終わっていないらしく、『軍』の動きと言葉には続きがあるようだった。


「サーベイラオリ様!近くにいらっしゃるのでしょう!姿を見せてください!!」

「えっ!?」

「…………」

 俺はソラさんから漂っている力と同じ力がある方向に向かって叫び声を上げる。

 そして、俺の声に応じるように、空間そのものが軋むような音と共に虚空から一人の女性が現れる。

 全身が拘束衣で覆われ、白い髪に黒い肌を持ち、眉間に巨大な一つ目を持つこの女性の名はサーベイラオリ。

 ソラさんが契約している神で、その力は空間や距離に関係している。

 ただ、今気にするべきなのはどうしてこの場に居るかだけど……恐らくは『クイノマギリ』の奴が前に言っていたジャポテラスの神ではないと言うのが関係しているのだろう。

 トキさんたちが使えなくなっているのは皆ジャポテラスの神様の力だしな。


『そう急かさないでください。私も到着したのはついさっきなのです』

 サーベイラオリ様は俺たちの耳元で空間を震わせることによって自身の言葉を告げると、トキさん……いや、トキさんの後ろを一度睨み付けてから、氷の上を滑るような動きでこちらに近づいてくる。

 ……。

 反応から考えるに知り合い……って事なんだろうな。

 サーベイラオリ様とトキさんが契約している謎の神が。

 まあ、そこら辺の事情は後で訊かせてもらうとしてだ。


「状況は分かっていますか?」

『分かっています。このままだと、『ミラスト』が間違いなく滅びる事も、アキラさんとイースさんの二人ならどうにかできる可能性がある事も』

「なら話は早いと言いたいところですが……」

『分かっている。と、言ったはずです。貴方たちは得た力をまだ使いこなせていなくて、使いこなせるようになるまでの時間が必要なのでしょう。そして、私と貴方たちの力を使えばその時間を稼ぐことも出来ると言うのも』

 サーベイラオリ様は今や巨大な溶岩の塔のようになった『軍』の姿をその瞳で捉えながら、その身に力を漲らせ始める。


「もう一つ訊かせてもらっていいですか?」

『何ですか?』

「貴女は『狂正者』(お母様)の意思で此処に居るのですか?」

『いえ、私は私の意思で、この場に来ています。私もそれなりではありますが、この世界に対しての執着と言うのがあるのですよ』

 そう言うサーベイラオリ様の目には微かなブレも無い。


「ありがとうございます。では、協力をお願いできますか?」

『ええ、よろしくお願いします』

 そして俺はサーベイラオリ様の横に並ぶと、今の俺に扱える範囲で力を集め始めた。

サーベイラオリ様登場です

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