第188話「崩壊-4」
時は少々遡り、アキラとイースが石の形をした封印から伸びてきた氷の茨の中に取り込まれ、更に伸長した茨が繭のようにアキラを包み込んだ頃。
「アキラさん!?」
「アキラお姉様!?」
「アキラ様!?」
田鹿トキ、田鹿ソラ、穂乃オオリはその光景に思わず目を見張り、アキラを助けるべく駆け寄ろうとする。
が、最も近くに居た田鹿トキの籠手を着けた手が激しく動く氷の茨によって大きく弾かれるのと同時に、距離を十分に取ってても伝わってくる大量の冷気に全員の動きが思わず止まる。
そして察する。
迂闊に触れば、アキラを助けるどころではなくなると。
「一体何が起きたと思いますか?」
「アキラ様が石に触れたら茨が出てきたんだよね……」
特務班の中でいち早く現状に復帰した風見ツツジと布縫ユイの二人が、何が起きたのかと言う情報の摺合せを行うと共に、一瞬緩んでしまった周囲への警戒を再開する。
「元々あの石はアキラさんの探し物と言うよりは、イース様の探し物だったと思います。そもそもアキラさん自身はジャポテラスの人間だったわけですし」
「そうですわね。となるとこの茨の役割は……所有者でもないのに封印を解除しようとする不届き者への迎撃か、封印を解除する際に無防備になる本来の所有者を保護するため。と言ったところですわね。『軍』が仕掛けた罠ならば、私たちが触った時点で起動していたでしょうし」
「じゃあ聞くけど、イース様は所有者と不届き者。どっちだと思う?」
「普通に考えれば所有者の側だと思います。そうでなければ、今までのイース様の言動から考えて事前に注意の一つぐらいは全員にしておくはずですから」
「となると、私たちはイース様とアキラ様が封印を解除して戻ってくるまで、この氷の茨で出来た繭を守らないといけないわけですね」
そして、二人の復帰に引かれる様に残りの三人も現状を把握し始め、これからどうするべきかを考えるべく頭を回し、言葉を交わし始める。
その目にはアキラとイースなら必ず封印を解いて帰ってくると言う想いが浮かんでおり、共通の思いがあるためなのか周囲への警戒については手振りと視線だけで行える程に連携が取れていた。
「布縫さん。貴女の障壁でこの繭を包み込んで運ぶことは出来ますの?」
「試してみますけど、その間周囲の警戒をお願いします」
「うん。任せておいて」
穂乃オオリの提案に応じる形で、布縫ユイが障壁を伸ばし、アキラを包み込んでいる茨の繭を覆おうとする。
が、茨の棘は繭の表面にただ無数にあるだけでなく、常に茨の蔓が伸び続ける事によってその位置を動かし、研ぎ澄まされた刃のようになっていたため、布縫ユイの障壁は繭に触れた場所からボロボロになるまで切り刻まれていってしまう。
「駄目……ですね。私の障壁では動かす前に壊されてしまいます」
「困りましたわね……布縫さんの障壁で駄目となると……」
「直接持って運ぶのも厳しいですし、中に居るアキラさんにどのような影響が出るか分からない以上はソラのハンマーなどを使うわけにもいきませんよね」
「うん。アキラお姉様が入ってる繭を叩いて吹き飛ばせとか言われたら、流石のアタシでも怒るよ」
打つ手がない状況に特務班全員の顔が曇る。
そもそもとして、彼女たちが今居るのは敵の本拠地と言っても良い場所であり、近くに自分たちにとって最大最強の敵であると考えられている『軍』が居る事も確定している状況なのだ。
この場に長居をするべきでない事は全員が理解していた。
だが、アキラをこの場に放置しておくと言う選択肢は彼女たち特務班には無かった。
「っつ!?人です!」
「えっ!?」
そうして、彼女たちがどうしたものかと悩んでいるところで、風見ツツジが声を上げ、それと同時に僅かに生じた瓦礫が動く音に全員が反応、音源の方に目を向ける。
「生きてたか特務班!」
「貴方たちは確か……」
そこに居たのは三人の男女。
彼らは特務班と共にこのグレイシアンに来訪し、別の道からグレイシアン内部に潜入、破壊工作を行っていた面々であった。
「大きな塔が崩れ落ちて、何が有ったのか気になって見に来てよかった……」
「すみません。ですが、どうやってこの場に?ここの周囲はノーフェ……『マリス』に囲まれていたはずですわよ?」
その内の一人、かつて豊穣祭の折に特務班と共に禊場の警護を行っていた男性……月餅デイゴが、同じく警護を行っていた男性……千畳チヤリと、もう一人の弓を持った女性……霧島エイコの二人から離れ、穂乃オオリの元にやってくる。
「俺たちにも詳しい事は分からないが、突然仮面を付けてた連中の挙動がおかしくなってな。その隙を突いて俺たちはやって来たんだ」
「へ?ノーフェたちの様子がおかしい?」
「ああ、まるで見えない何かに怯える様に震えたり、蹲っていたりしていた。一時的なものかどうかは分からないが、逃げるなら今しかないと思うぞ」
穂乃オオリの疑問に月餅デイゴは答えながら更に接近する。
その腰には一本の剣が佩かれており、左手は柄の上に置かれている。
そして、残りの二人は相変わらず瓦礫の上で周囲へ向けて目配せを行っている。
「(どうしてだろう?何かがおかしい。そんな気が……でも何がおかしいの?)」
田鹿トキが彼らに違和感を感じたのはそんな時だった。
そして田鹿トキは気づく。
「穂乃さん離れて!彼らの行動は事前通知されていた作戦外の行動です!」
特務班以外の班は、基本的に陽動役である特務班と接触しないようにするのが事前に取り決められた作戦の内容であり、彼らの行動はそれらの規定に著しく反していると言う事実に。
同時に思い出す。
ノーフェたちの能力には、他者に変身する能力も含まれている事実を。
「ちっ!」
「ぐっ……!?」
「穂乃お嬢様!?」
だが、時すでに遅し。
田鹿トキが気づいた時には、月餅デイゴは既に十分に距離を詰めており、おまけにこういう状況の為に存在していたと思われる剣の柄側の覆いを外した先に隠れていた刃を露わにしていた。
その動きに元々後衛である上に重傷も負っていた穂乃オオリでは当然避けられず、その腹に刃が突き刺さる。
「くっ!」
「よくも穂乃さんを!」
「っつ!?きちんと呼吸も心音もしていたはずなのに……!?」
「穂乃お嬢様から離れなさい!!」
その光景に田鹿トキたち全員が動き出し、目の前の月餅デイゴはノーフェが化けたものだと判断して攻撃を仕掛けようとすると同時に、穂乃オオリの保護を行おうとする。
「チヤリ!」
「分かっている!」
「「「えっ……!?」」」
だが、離れた場所に居た千畳チヤリが右手に握っていた何かを握り潰した時だった。
「ようし!」
「何が……起きて……」
「力が……抜ける?」
「これは……」
「ゴホッ、ゲホッ……」
「そんな……馬鹿な……」
特務班の全員の身体から差は有れども急激に力が抜けだしていき、田鹿トキと田鹿ソラは装備の重量に押されて体勢を崩し、風見ツツジと布縫ユイは神力が使えなくなったことに唖然とし、穂乃オオリは傷の痛みから倒れ込んで咳き込む。
この時田鹿トキ以外の四人の脳裏をよぎったのは、豊穣祭の際に『マリス』たちが使った『神如きが吠えるな』だった。
『軍』の本拠地である以上は似たような何かが有ってもおかしくはないと。
「トドメです!一斉射撃を!!」
「「「おう!!」」」
だが、『神如きが吠えるな』の効果を知っている田鹿トキは直ぐに今自分たちに起きている現象がそれとは違う事に気づく。
そして、霧島エイコの号令の元、何処かからか現れた人間たちが自分たちに向かってジャポテラスの神々の神力による攻撃を行った時点で今の状況を完全に理解した。
味方だったはずのジャポテラスの神々と人々がいつの間にか敵に回っていると言う絶望的な状況を。
月餅デイゴと千畳チヤリは一応顔見知りですねー
12/28誤字訂正




