第184話「真なる力の開放-1」
「ここは……」
気が付けば俺は不可思議な場所に立っていた。
いや、立っていたと言う表現も正しいかどうか怪しいところだ。
「どうなっているんだ?」
何故ならそこには距離や方角を指し示すものどころか上も下も無く、視界はきちんと開けていたが光も影も無く、熱さも寒さも何も無く、ただひたすらに僅かな濃淡の差すらない白い虚無が広がっていたからだ。
敢えて言うならそうだな……最低限必要な要素だけを掻き集めて作っただけの空間と言った感じだった。
そして、勿論と言うべきか、こんな空間は俺の精神世界とも、話に聞いただけだがイースの精神世界とも違うものである。
「ん?あれは……」
そんな空間で、俺の主観的には適当にその場でゆっくりと乱回転し、何でもいいから何かしらの目印になるようなものを探していた時だった。
白しかないはずの空間に俺は小さなシミのような点を見つけ出す。
「行ってみるか」
その点が何かは分からなかったが、他に目印になるようなものも無かったので、俺はゆっくりとそちらに向かって歩き出す。
「…………」
当然、近づけば近づくほど、目標としているものの輪郭ははっきりとしていく。
「これは……」
まず、一つのものにしか見えなかった点は、二つのものが重なって見えていただけだと分かった。
次に、二つの点の内の片方は、巨大と言う言葉では表現し切れない程大きな氷塊であり、その氷塊からはその大きさからすると全く役に立っていないのではないかと思わせるほど細い鎖が無数に伸びているのが分かり、もう一つの点はその鎖が集まって出来た広場の上に在るようだった。
「って、実際にはかなりの大きさだな……っと!?」
そうやって目の前に在るそれらを理解していく中でも俺はゆっくりと氷塊に近づいていたのだが、遠くから見ていた時にはとても細く見えていた鎖の輪の大きさが実は白湧騎を十分に走らせることが出来るほどに在ると分かった時だった。
突然、俺の身体は自らの重さを思い出したかのように鎖に向かって引かれだし、その速さも含めて俺は慌てて姿勢を整え、鎖の上を何度か転がって速度を落としながら着地する。
「どうして突然……まあ、動きやすくなったからいいか」
俺はどうして鎖の近くに来たところで突然引かれたのかを考えようとし……止めた。
俺の頭では答えは導き出せないし、この世界と元の世界とで時間の流れがどう違うかは分からないが、無駄な思考に費やしているような時間が無いのは確かなのだから。
「じゃ、急ぎますか」
なので、俺は白湧騎を手元に召喚すると跨り、氷塊とその前に座っている人影に向かって真っ直ぐ走らせ始めた。
--------------
「やっと、はっきりと見えてきたか……」
俺の主観で白湧騎を全力で走らせる事数分。
もはや氷塊では無く、俺の目では氷壁として認識されるような距離になった頃に、ようやく俺の視界に鎖で出来た広場の上に座っている人影の姿がはっきりと映り込んできた。
「…………」
「グレイシアンの民では無いようだが、今度は人の仔が来たのか」
そこに居た人の姿をしたものは思いのほか小さかった。
俺より頭一つ分大きいぐらいで、少なくとも足場になっている鎖が細い線に見える頃から感じ取れていたのと同じ存在とは見た目からでは思えなかった。
なのにはるか遠くからでもその気配を感じられたのは、それだけの存在感と言うものを目の前の人物が放っていたからなのだろう。
実際、その人物の前で白湧騎を停めた俺は、その存在感だけで思わずかしこまりそうになっていた。
相手の正体が分からないので、致命的な隙を晒すような行為はしないように無理やり抑えたが。
「だが、以前の地母神と違って、今度はきちんとあの子の巫女のようだな」
「……」
さて、その人物の容姿だが、顎には不精髭のようなものが生え、着ている物は日常的に着続けているためなのか微妙に汚れた感じもある白衣であり、その存在感の大きさに見合うようなものでは無かった。
だがその声は低く、威厳があり、それだけで目の前の存在が神に属するものであると俺に理解させるに十分な力を秘めていた。
「アンタは?」
「私はヒムロノユミル。グレイシアンに属する民と神たちの長だ。と言っても、此処に居る私は半ば残留思念のようなものだがな」
そう自嘲気味に言ったヒムロノユミルの姿をよくよく観察してみれば、時折輪郭が崩れては戻ったり、所々で向こう側が透けて見えるぐらいに身体が薄まったり、時にはその圧倒的とも言えるはずの存在感が揺らいだりしていて、何処か不安定で、今すぐにでも消えてしまいそうな感じがした。
恐らくだが、今俺の目の前にいるヒムロノユミルは、スサノオ様たちジャポテラスの神が言うところの分体ですらないのだろう。
となれば急ぐべきなのかもしれない。
「すまないが、以前ここを訪れた地母神のせいでこの私も含めた封印が弱まっている上に、先程意識を失った状態であの子も中に入ってしまった。だから、私にはあまり時間が残されていないし、元々決められた文言以外については殆ど入力もされていないから、詳しい話をする事は出来ない。今はただあの子の巫女である君に対して私が伝えなければならない事だけを伝えさせてくれ」
「……分かった」
俺の考えを裏付けるかのように大きくヒムロノユミルの姿が揺らぐと同時に、ヒムロノユミルは真剣な目つきをして話を始めようとし、その目つきと雰囲気から、この先の話は一言一句違えずに聞き届けなければいけないと俺は直感していた。
そして、俺が了承の意を告げる言葉と共に頷くと同時にヒムロノユミルは話を始めた。
クリスマスプレゼント的更新でした。
そして、ヒムロノユミル様登場です。




