第175話「祈りの塔-4」
「此処の階段を登ってください」
「分かった」
俺たちは『祈りの塔』の中を、ノーフェたちに見つからないように注意しながら進んでいた。
それはノーフェたちがそれぞれ個として独立しているくせに必要な情報だけは共有していると言う特性上、一度見つかれば際限なく湧いてくる事が予想されたための判断である。
「妙……ですわね……」
「アキラさん……」
「うん、分かってる」
だが、そうしてノーフェたちに目撃されないように進んでいる内に俺も含めて全員が気づいた。
「間違いなく、俺たちは誘導されてる」
俺たち特務班が入って来たことを、ノーフェたちが知っているのか、それとも未だに知らずにいるのかは分からないが、明らかに侵入者が特定の道以外には進めないように警備が為されている事に。
そして、恐らくこのまま進めば真旗カッコウ、場合によっては『軍』が待ち構えている場所に出るであろう事ぐらいは俺にも予想が付いた。
まあ、『軍』の気配は何処かに行ったきりまだ帰って来てなさそうではあるんだが。
「だが好都合とも言える」
「そうですね。圧倒的な数でもって押し潰してくるノーフェたちの方がこの場に限っては遥かに危険ですから、真旗カッコウが一人で来てくれると言うのなら、それは歓迎すべき事だと思います」
「ふっふっふ、前にアキラお姉様をあんな風にしてくれたお礼は返さないとねぇ」
「それを言われると、顔見知りと言えども手加減する気は欠片も起きませんわね」
「穂乃お嬢様……ソラさん……」
「いずれにしても出会えば倒すだけの話ですけどね」
『…………』
そうして小声で話しながら進んでいる俺たちの前に、やがて銀色の巨大な扉が見えてくる。
だが、其処に施されている装飾などを眺める前に、全員が扉の隙間から漂ってきているものに気づく。
「イース。この扉の先は?」
『たしか色々な用途に使うために用意されていた広間だったと思う』
「つまり、戦闘が出来るだけの空間も準備されているわけか」
扉の隙間から漂ってくるのは、明らかにこちらに対して向けられている殺気。
それも鋭利な刃物のように研ぎ澄まされたものだった。
「私が先頭で開けます」
「よろしくトキさん」
トキさんが一人前に出て、扉をゆっくりと押し開け始める。
そして、ある程度開いたところで一気に残りを押し開け、俺たちは全員で揃って部屋の中に飛び込み、殺気の出元を探るべく周囲を警戒し始める。
「くすくすくす。そんなに警戒しなくても大丈夫だよ。不意討ちなんてしても面白くないし」
「やっぱり出てきたか……」
殺気の出元は直ぐに見つかった。
何故ならその人物は、宙に浮かばせる事で俺たち全員を見下ろせるような高さに作られた銀色の椅子に腰かけ、生前からの愛用品だったと言う旗が付いた杖を片手で器用に回していたのだから。
「真旗カッコウ」
女の名は真旗カッコウ。
かつてジャポテラスの治安維持機構でトキさんたちと一緒に討伐班になるべく訓練を積んでいた人間であり、今は『マリス』として俺たちの前に立ち塞がる女。
「はいはーい。大正解。真旗のカッコウ様ですよー。いやー、よく来てくれたね特務班。カッコウちゃんの元に来る前にくたばっていたらどうしようかと思っていたよ。だってさぁ……」
その場にそぐわない程明るい見た目や言動だけならば、他の『マリス』よりも遥かに相手をし易そうな印象を与えてくるが、俺は知っている。
トキさんたちも知っている。
俺がかつてこの女とベイタの二人によって半死半生の状態にまで追い込まれた事を。
そして……
「少しは頑張ってもらわないと、カッコウちゃんとしても張り合いが無いじゃない」
「「「っつ!?」」」
その見た目や言動に反して、この女こそが『マリス』たちの頂点に立っていると言う事実をこの場に置いて俺たちは改めて認識させられた。
「さあて、改めて名乗らせてもらおうかな?カッコウちゃんの名前は『水銀』の真旗カッコウ。貴方たち陰険神の下僕が『マリス』と呼ぶ『軍』様特製モンスターのトップ……頭領だよん。そっちの目的が何なのかは知らないけれど、ここ『祈りの塔』の守りを任されている身として、貴方たちの首を……」
その時だった。
「アキラ様!」
「っつ!?」
真旗カッコウの話を遮るようにトキさんが叫び声を上げ、それと同時に俺の上に向かって盾を構える。
そしてその直後にトキさんの盾に何か重くて速いものが当たる音がし、トキさんの盾で防ぎきれなかった分の衝撃波が周囲に撒き散らされる。
「このっ!?」
「おっと……」
トキさんが盾を振るい、盾に当たった何者かは真旗カッコウが座っている椅子の真下辺りに着地する。
「お前は!?」
「よう。久しぶりだなぁ」
その何者かは俺もよく知っている相手だった。
いや、俺の記憶が確かなら、既にその男は二度目の死を迎えているはずの人物だった。
「ベイタ!?」
「アキラ!」
そして俺がその人物の名を告げた時、その人物……ベイタは所々にヒビが入ったその身体で俺の名を発した。
だが、どうして此処に居るのか、その身体はどうなっているのかを問いかけるのを待ってくれるほど、この状況は……真旗カッコウと言う女は甘い相手では無かった。
「キャハハハハ。ざーんねーん、奇襲は失敗しちゃったかぁ。完璧にカッコウちゃんに向けて注目を集めていたと思ったんだけどなぁ。トッキーてば面倒な耳を持ってるねぇ」
「随分とイラつく言い方ですね……それに不意討ちはしないのではなかったのでは?」
「トッキーのおっばかさーん!不意討ちをしてもカッコウ君が面白くないだけで、『軍』様から此処の守りを任されているカッコウちゃんにはどんな方法を使ってもこの場を守ると言う義務があるのデース!と言うわけで、まずは人数差による不利もなくすためにこういう事もやっちゃったりしちゃうのです!」
「「「!?」」」
真旗カッコウが座っている椅子から五つの蔓の様なものが生え、その先端に表面が綺麗に整えられた真円が……鏡が作られる。
まさかと思った。
だが、止める暇など無かった。
鏡の表面が一瞬揺らめいたかと思った次の瞬間には、五つの人影が鏡の向こう側から現れ、床に着地したからである。
「さ、これで七対六、いや、ミートちゃんが頑張ってくれたみたいだから実質七対五かな」
「言っておくが、アキラを仕留めるのは俺だからな……」
「「「我々は命令に従うのみ」」」
五つの人影は此処に来るまで散々戦いを回避し続けていたノーフェたちであり、それは俺たちが数で勝っていたのをいとも容易くひっくり返された瞬間だった。
おまけに現れたノーフェたちはまるでこちらを意識したかのように、剣、大槌、盾、鎖鎌、鞭をその手に持っている。
「じゃ、張り切って殺っちゃいましょう!」
「全員、構えろ!」
そして、俺たちの上で悠々と指揮を執る気満々な真旗カッコウの声と、上の方から伝わってきた大きな振動と共に戦いは始まった。
真旗カッコウ&黒土ベイタの黄金コンビが再来です。




