第174話「祈りの塔-3」
「はぁはぁ……全員大丈夫か?」
「はい……全員揃っています」
ソレの攻撃が届かず、他の敵の存在も周囲に存在しない場所にまで逃げた俺たちは、特務班六人全員がきちんと揃っている事を確認した所で腰を下ろし、体を休める。
「それで……穂乃さんの状態は?」
「問題あり……」
「間違っても戦わせられません」
呼吸がある程度整ったところで俺は、俺を守って左腕に大きな傷を負った穂乃さんの状況をトキさんに尋ねるが、やはり穂乃さんの状態は良くないらしい。
当然だ。
素人が一目見て分かるほどに疲労し、必死になって痛みに耐えているのが分かるほどに穂乃さんの顔色や呼吸は良くないものになっているのだから。
それに普段の穂乃さんなら、軽く目で示されただけで黙るなどと言う事は有りえないし。
「今、私と穂乃さん自身とで応急処置を行っていますが、神経や骨と言ったかなり深いところまで焼けてしまっていますから、ジャポテラスできちんとした治療を受けても場合によっては今後動かせなくなるかもしれません」
「…………」
そしてトキさんから告げられた穂乃さんの左手の状態に、俺は思わず顔を俯いて黙ってしまう。
何故なら穂乃さんの傷は俺が気を抜いていて、ソレの攻撃に気づかなったことが原因であるから。
もし、ソレの動きに気づけていれば、穂乃さんの手に付かれても俺が即座に対応できていたら、それを思うと俺の中で後悔の念が底も無く溢れ出てきた。
「ごめん……穂乃さん。俺のせいで……」
その為に俺は思わず俯いたまま詫びの言葉を言ってしまい、直ぐに気付く。
そんな言葉を言っても俺以外は誰も気持ちが晴れたりしない事を。
「アキラ様。顔を上げてくださいな」
「……」
顔を上げてくれと言われても、どんな顔で上げればいいのかも分からず、穂乃さんがどんな気持ちでどんな顔をしているのかも分からず、俺はただ俯いているしかなかった。
「はぁ……」
そんな俺を見て穂乃さんは一度溜息を吐き……、
「アキラ・ホワイトアイス。顔を上げて私の顔を見なさい」
「っつ!?」
静かに、けれど強固な意志を持った言葉と共に俺の顔を掴み、無理やり俺と顔を合わせるようにさせる。
そうして無理やり見せられた穂乃さんの瞳には、一点の後悔も、淀みも、苦痛に耐えている様子すらも無く、ただ怒りの感情だけがあった。
「貴女が私の傷に対して何かを思うのは分かりますわ。ですが、これはあの攻撃に対して私が判断を誤ったが故の傷であり、この傷に対して貴女が悔恨の念を抱くと言うのは見当違いもいい所ですわ」
この場が敵地であることを考えてなのか、それとも碌に声も出せないほどに体力を消耗しているのかは分からない。
だが、どれほど小さくてもはっきりと力強く、穂乃さんは俺の顔を正面から睨み付けて言葉を紡ぐ。
「それでももしこの傷に対して何か思う事があるのならば、貴女は貴女の果たすべき役割だけをきちんと見据えて、その役割を果たす事によって私に報いなさい。それが氷蜥蜴と言う神と共に在る巫女にして、この私が惚れ込んだ氷鱗の巫女アキラ・ホワイトアイスと言う人間ではありませんの」
「…………」
その言葉は不思議と俺の心に染み渡るようだった。
俺の果たすべき役割……此処に来た目的……。
「ごめん。穂乃さん」
「それでいいのですわ。アキラ様」
そして俺は先程とはまた別の意味で謝る言葉を口にし、それを聞いた穂乃さんは満面の笑みと共に返事をしてくれた。
「ソラさん、風見さん。周囲の状況は?」
俺は顔を一度拭ってから立ち上がると、休みながらも周囲の警戒を続けてくれていた二人に状況尋ねる。
「んー……近くに敵影は無いけど、『迷宮』の主に関しては未だに鏡石の向こう側からこちらを窺っている感じだね。それとノーフェたちに関しても何人か確認したよ。他の『マリス』やモンスターについては見える範囲には居なかった」
「こちらも何かが動いているのは確認しています。ただ、これはソラさんも同じだと思いますが、敵側からの妨害によるものなのか通常の『迷宮』よりも更に索敵範囲が狭められています。なので、上層階がどうなっているかを探るのは難しそうです」
「うん。それはアタシも同じだね」
「そうか……」
二人の報告を聞いて俺は少し考え込む。
まず索敵がしづらいのは、ここが『軍』にとっても重要な拠点だからだろう。
わざわざ『祈りの塔』を囲うように強力な結界を張っていたり、繋がっている道にソレを配置していたりしていたわけなのだし。
そうなると、普通のモンスターが居ないのも周囲を顧みずに暴れられると困るからなのかもな。
となるとこの先に居る可能性があるのはノーフェたちに加えて……真旗カッコウもか。
「イース。力がある場所にだいたい何があるって言うのは分かるか?」
『中を弄られていない前提になるが、『祈りの塔』の上層部……グレイシアン全土を温めたりするために必要な各種機器が置いてある辺りだとは思う』
「そこに行くまでの道は?」
『分かる。ただ、グレイシアンの中でも最も重要な場所の一つだからな。警備の為にも道はかなり制限されていた。確か二つか三つしかなかったはずだ』
「じゃあ、教えてくれ」
『分かった』
俺はイースに『祈りの塔』の上層部に登る為の道を聞き、ソラさんと風見さんに可能な範囲でその道がどうなっているかを確かめてもらう。
その結果として、
「使える道は一つしかなさそうです」
「となれば、途中で敵が待ち受けている事も間違いなさそうだな」
「うん。確実に居ると思うよ」
使える道は一つしかなく、まず間違いなく敵が待ち伏せしている事が分かった。
となると後の問題は……
「トキさん。穂乃さんの状態は?」
「歩くのがやっとだと思います。だからと言って、敵に何時見つかるか分からない以上、この場に置いていくのも危険ですけど」
「足手まといになるのは御免……と、言いたい所ですけど、『マリス』の事を考えたら一緒に行かせてもらうしかなさそうですわね……申し訳ありませんわ」
そう言うと穂乃さんは頭を下げる。
だが俺には穂乃さんをこの場に置いていくと言う選択肢は無かったし、他の皆にもその選択肢は無かったと思う。
「大丈夫。特務班総班長としても、アキラ・ホワイトアイス個人としても絶対に穂乃さんの事は守り切って見せるから」
俺は穂乃さんの右手を握ってそう言うと、行動開始の為の準備を始める様に指示を出し、皆で揃って移動を始めた。
穂乃さんがかなり良い女です




