第153話「晶の精神世界-6」
「さて、いつも通りにお前を倒せばいいのか?」
『我の準備は何時でもいいぞ』
精神世界の中、俺は黒凍姫と白湧騎を構えると共にイースを召喚すると、目の前で浮かんでいる少女に挑発的な視線を向ける。
「いや、私と『軍』の戦い方は違うからな。私と貴様等が戦っても得る物は無いだろう。それに基礎的な戦闘技術や身体能力に関してはこの前の雪像との戦いの経験で一応及第点に到達しているしな」
が、少女は俺の挑発なぞ気にする必要も無いと言わんばかりに無視すると、空中浮遊を止めて雪原に脚を下ろす。
「尤も、主観で七十年以上かけたのにやっと及第点と言うのに関しては色々と言いたくなるがな。普通の英雄なら修行を始めてから十年ちょっとぐらいで最盛期に到達できるはずなのだが……」
『その点については……まあ、我も色々と言いたくはなるがな……』
「お前ら!?」
そして少女からこの上なく残念そうに告げられた言葉と、それに同意を示したイースに対して俺は思わず叫び声を上げる。
いや確かに俺には戦いの才能は無いけどさ!それぐらいはとっくの昔にここでの修業で理解させられていたけどさ!だからと言ってそれを正面から言うかこの神共が!!
「ま、その辺はさておいて、今更ながら自己紹介と今後の予定ぐらいは教えておくとしようか」
少女はそう言うと腰に挿している剣に左手を置いて斜に構える。
「私の名は『狂正者』リコリス=S=インサニティ。この外見から分かるように貴様等が『軍』と呼ぶ女……リコリス=M=インサニティと近しい関係……人で言う所の姉妹のような関係にある神の一柱だ。尤も貴様等の想像以上に私と『軍』の仲は悪い。最悪どころではないな」
そう言うと少女……『狂正者』の右手の中にはいつの間にか小石が二つ握られていた。
ただその小石には得体のしれない何かが込められている。
そんな風に俺は感じた。
「そして、これから教えるのは対神戦を考えた場合の必須技能が一つ。それと、先に言ったように私と『軍』の戦い方は違うが、それでも根っこは同じだ。故に奴もこれを嫌っているのは知っているが、追い詰められた時にそれをやる可能性がある以上はこちらへの対策も教えておく」
「具体的には何をするんだ?」
『何か嫌な予感がするのだが……』
「まあ、とりあえず貴様の頭を考えるのなら……」
『狂正者』が何を言いたいのか俺には良く分からなかったが、言うべきことは言ったと言わんばかりに『狂正者』は左手の人差し指をこちらに向ける。
そして次の瞬間……、
「十秒耐えて見せろ」
「!?」
『アキラ!?』
俺の全身が炎に……違う!俺の身体が内側から塵よりも細かく砕かれ、吹き飛ばされ始め、その結果としてまるで炎のようになっている!?
そう判断した時点で俺は肉体を急速再生しようとするが上手くいかない。
まるで肉と肉、骨と骨自身が繋がり合う事を拒絶するように、再生するよりも先に身体が自分から分解されていっている。
つまり、俺の身体に……いや、もっと深い部分に何かをされているのか!
だったら……!
「ぐっ……!?」
「ふん」
俺は手順を変える。
まず『狂正者』が俺の身体に対して行っている何かを身体から排除すると共に、これ以上身体の中にそれが入ってこないようにする。
それも表面的な部分では無く、もっと深い……それこそ神が定めているような部分からだ。
そして、その状態を維持しながら身体を再生する!
「はぁはぁ……」
「そう、それでいい」
『今のは……まさか!?』
気が付けば火は止んでいた。
だが俺にも分かる。
少しでも気を緩めれば、直ぐにでもまた俺の全身が焼き尽くされ……いや、分解され始めることぐらいは。
「さて、イース。貴様には私が何をしていたのかは分かっているな」
『ああ。法則を、それも物質と物質の結合に関わるような法則を局所的に歪めた。そう言う事なのだろう?』
「法則を……歪めた?」
「正解だ」
イースの言葉に対して満足げな笑みを浮かべると『狂正者』は俺に向けていた指を下ろす。
すると、その行動と同時に俺の身体に起きていた異変も治まり、まるで初めからそんな異変は無かったと言うように全てが元通りになる。
そして『狂正者』は何をしたのかと言う説明を始める。
「神と言うのは自分で自分を定義する。そして、その定義内容には自分と言うものを構成する為に必要な法則と言うものも含まれている。故に一部の神……そうだな。貴様等が知っているところで言えば、アマテラスにツクヨミ、スサノオ、『クイノマギリ』、勿論『軍』もだが、それにヒムロノユミル辺りなぞは自分として定義している範囲を操り、相手を射程圏内に収めた上で自己法則を一時的に書き換えることによる干渉を行う事が出来る。実際にどこまで出来るかは個体差による差が激しいが、先程私がやったような分子結合に関わる一部法則の改変によるタンパク質等の強制分解を見て貰えば分かるように、どのような法則を弄るにしろ対抗策を持たない者に対してはほぼ必殺と言っていい能力だな」
『ヒムロノユミル様もだと……』
「え、えーと……?」
ただ……うん。
何を言っているのかまるで分からない。
とりあえずスサノオ様やツクヨミ様、それに『軍』が凄い能力を持っていて、対策を知らないと確実に殺されると言うのは理解出来たけど。
『まあ、アキラはそれでいいんじゃないか?』
「そうだな。貴様は防ぎ方だけ理解していれば十分だ。詰まる所この能力による干渉と言うのは、相手の干渉以上に強固な自己定義を自己の末端部にまで張り巡らせておけば問題は無い」
で、声に出ていたのか、イースも『狂正者』も半ば呆れた様な口調と、残念な物を見るような目でそう言う。
とりあえず、馬鹿にされているのは確かなんだろうけど、反論も反抗も、やったところであっという間に丸め込まれるんだろうなぁ……。
「と言うわけで、これからは寝ている間も含めて常にこの自己定義を維持出来るようになり、可能なら共に戦う仲間たちにも付与できるようになるのが一つ目の課題。そしてもう一つの課題として……」
「へっ?」
至極自然な動作で『狂正者』の右手から小石が一つ俺の顔面に向かって放り投げられる。
それは綺麗な放物線を描いていて、速度も無ければ、回転も殆どかかっていなかった。
故に俺は最初、目の前の小石を脅威と感じ取れなかった。
「っつ!?」
『のわっ!?』
だが俺は最初にその小石を見た時に感じた不吉な何かを思い出し、体勢が崩れて雪原に倒れ込むのも承知の上で咄嗟に身を捩る。
そして俺の頭の上に移っていたイース共々雪原に倒れ込んだ時、小石が俺たちの後ろに在った尖塔の壁に触れ……、
「良い判断だ」
「っつ!?」
『なっ!?』
次の瞬間、小石が触れた点を中心として七色の稲妻が幾筋も周囲に向かって走り、その稲妻が触れたものは、稲妻の色も触れた順番も関係なくある物は炎に、ある物は水に、ある物は木にと様々な物に変化し、更には稲妻とは全く関係の無い場所で、虫に食われたかのように空間に穴が開くことが有れば、太陽のように眩しい光球が一瞬だけ発生したり、時間が巻き戻るように破壊されたはずの尖塔が元通りになって行く場所もあった。
だが、稲妻が走っても音は無く、熱を発するのは炎ではなく水、衝撃波は無く、不意に奇怪で不快な音が鳴り響いたと思ったらすぐに止んでいた。
それは……常識も条理も、因果も法則も無いような光景だった。
何がどうなれば、それが起きるのかと言う事の一端すら俺とイースには理解できない現象だった。
だがどれもこれも一瞬の出来事。
一連の現象が収まった後には、ただこの恐ろしい力の及ぶ範囲内にあった全てが崩れ去っていただけだった。
そして、そんな俺とイースを尻目に『狂正者』は言い放つ。
「これへの対抗策を考えて貰うとしよう」
この恐ろしい何かをどうにかして見せろと。
法則改変能力ですが、はっきり言ってかなり凶悪な能力です。
例えば摩擦係数を無くす方向に弄ればそれだけで大半の物体は分解し、人は地面に立てなくなります。
例えば赤血球と酸素、二酸化炭素の結合のし易さを反転させれば、それだけで好気性の生物は確殺できるでしょう。
とまあ、このようにちょっとの改変でも対抗できないものに対しては文字通り必殺の能力になります。
ちなみにこれのやり方としては、自己として定義している範囲を本体とは分離した状態で拡大した上に、指定領域内の法則を改変すると言うものが基本形になります。
ね?簡単でしょ?
11/25誤字訂正




