第146話「奉納の舞-裏」
時間は少々遡り、田鹿トキが奉納の舞の舞台に辿り着いた頃のジャポテラス東街はヤマト川沿いに建つ建物の屋上。
「これで俺の仕事は終わりって事で良いンだよな」
「ああ問題ない。これだけやって貰えれば十分だ」
霧に覆われたそこでは頭髪を四色に染め分け、手には黒凍姫を長大化させたような銃を持った男……茉波ヤツメと、全身黒ずくめで、手には双眼鏡を持った男……『クイノマギリ』の二人がヤマト川の真ん中辺りの川底を眺めていた。
なお、茉波ヤツメが持っている銃にはスコープのような物や、三脚のような物も付いており、知識がある者が見れば分かるだろうが、所謂狙撃銃に分類される物である。
「しかし何というか……いっそ敵が哀れに思えるな」
「アんタが俺に頼ンだことだろうが」
尤も、平然と川岸から川の中ほどまで銃弾を届かせるどころか、水面下で活動している標的に銃弾を届かせ、相応の深手を負わせることが出来るような銃を一般的な狙撃銃と同列に扱ってもいいものかと言う疑問も有るし、撃たれた側にしてみればどんな兵器であっても堪ったものでは無いだろうが。
「まあ、相手が悪かったと思ってもらおう」
「そうだな」
で、そう言う彼らの眺める先には破壊された奇妙な造形物と、川底を這って逃げていく『マリス』……『海』のマルコの姿があり、彼らがその抵抗する事すら許されずに蹂躙されたマルコの姿を眺める中、マルコは銀色の板のような物にその身を沈ませて消えていく。
「で、他の連中と違って『悪意』の名に相応しき従姉妹殿はどうしてこちらに?」
と、不意に『クイノマギリ』はその場で振り返り、誰も立っていないはずの二つ隣の建物の屋上に向かって声を掛ける。
「あらら、完全に気配を隠していたはずなんですけど、カッコウちゃんの事はバレてましたか。どうして分かったんです?カッコウ様としては是非とも教えて欲しいですねー」
すると声が掛けられた空間に銀色の液体が板状に現れ、その先から旗付きの杖を持った女性……真旗カッコウが現れ、笑顔のまま『クイノマギリ』と茉波ヤツメに向かって話しかける。
「お生憎様、容易に敵に自分の手札を晒すほど耄碌はしてない」
「ですよねー。自分で訊いておいて言うのもなんですけど、カッコウちゃんも同意見です」
「ははははは」
「あはははは」
『クイノマギリ』も真旗カッコウも満面の笑みを浮かべると、祭りの場に相応しいような楽しげな笑い声を上げる。
だがお互いにひとしきり笑い声を上げた瞬間。
「「…………」」
「!?」
茉波ヤツメと『クイノマギリ』の足元からは剣山の形に変形・固化した銀色の液体が出現して二人の体を貫き、真旗カッコウの立っていた場所では黒く濁った水滴が一瞬にして気体に変換されてその変化に伴った冷気と衝撃波が撒き散らされた。
「ったく。いきなり何をするんだ。悪戯にしちゃあ威力があり過ぎだぞ」
「けほけほ。もう、カッコウさんの服が汚れちゃったじゃないですか」
双方共に必殺の一撃と表現するしかない攻撃だった。
現に銀色の液体に貫かれた茉波ヤツメは『身代わり』と額に書かれた人形にその姿を変えて崩れ落ちている。
だが、『クイノマギリ』はまるで攻撃などそもそもされていないと言わんばかりの表情と態度で銀色の剣山をすり抜けて現れ、真旗カッコウは少々煙たがりつつも服の端を整えながら『クイノマギリ』の目の前に現れる。
「で、どうするんだ?今の俺は最低限の力しか込めていない分体だが、それでもお前よりは強いぞ」
「そうですねー、カッコウちゃんとしてはこの後もまだお仕事が有るんで、余分な力を使うのはともかく、倒されちゃうのは拙いんですよねぇ」
『クイノマギリ』の言葉に真旗カッコウは藪蛇を突いてしまったという表情で応える。
そう、一見すれば先程お互いに放った一撃は双方無難にやり過ごしていたようにも見えたが、彼らにとってはその一撃だけで勝敗を予想するには十分な情報が得られていた。
そして、彼らほどの実力者ならば、その予測が大きく外れることが無い事も分かっていた。
「俺としてもお前を殺した方が今後の面倒事が増えるし、例の件もあるからなぁ。それに今日の俺の仕事はもう終わったし……帰りたいなら帰ってくれる方が楽なのが本音だな」
「あ、そうなんですか。そう言う事だったらカッコウ様は帰らせてもらっちゃいましょうか」
「おう帰れ帰れ」
「はいはい。帰りますねー」
追い払うような動作と共に発せられた『クイノマギリ』の言葉に真旗カッコウは背を向け……その直後に矛状にした銀色の液体と、細かい氷の刃が超高速で駆動している大剣がかち合い、周囲に向かって激しく火花と音を撒き散らす。
「あはははは、カッコウちゃんを帰らせてくれるんじゃなかったんですか?この嘘吐きさんめー」
「ははははは、そう言うお前も素直に帰るんじゃ無かったのか?従姉妹殿?」
先程と変わらない笑顔を張り付けた二人の得物が何度もぶつかり合い、その度に派手な音と衝撃波が撒き散らされる。
その勢いは、もしもこの場に第三者が居ればそれだけで気を失いかねない様な勢いであり、明らかに人の目で追える速さの攻防ではなかった。
「ま、素直に帰すとは俺は言ってなかったな」
「ふぅ……素直に帰るとはカッコウさんは言ってませんでしたね」
だが、仮に一撃でも決まれば致命傷になりかねない様な攻防の中でも二人は普段と同じような調子で会話を続ける。
しかし、奉納の舞の舞台周辺に張られた『神如きが吠えるな』が解除されたのを二人が確認した所で二人は示し合わせたように距離を取る。
「はぁ……ふぅ……とりあえず、後の仕事が冗談抜きに押しているんで、カッコウちゃんは本当にもう帰らせてもらいますね」
「勝手にしろ。お前らを倒すのは俺の役目じゃなくてアイツらの役目だ。それだけはアイツらの上司でもあるツクヨミたちとも既に擦り合わせ済みの話だからな」
「ちっ、あの陰険神らしいやり口ですねぇ……」
そして距離を取ったところで、若干息を切らした真旗カッコウは自分の足元に作った銀色の液体による水たまりにその身を沈めてジャポテラスから消え去り、『クイノマギリ』もまるで霧に紛れる様にその場から消え去った。
その後、アキラによって奉納の舞の舞台から光が発せられ、その光によって誰も居なくなった建物の上に僅かに残されていた戦いの痕跡は綺麗に消え失せ、この場で戦いが有った事を知るのは戦った当人たちだけとなった。
マルコ?ああ、彼なら一方的に倒されましたよ。




