第133話「豊穣祭-4」
「お祭りって感じで良いですね」
「ですね~」
「……」
豊穣祭最終日の夕暮れ。
穢れを祓いきった俺たちは、以前俺がタカマガハラに行くのにも使った馬車に乗って禊場から奉納の舞の舞台へと移動していた。
馬車の周囲には見えないと分かっているはずだが、一目でも俺たちの姿を見ようとする多数の民衆が集まっており、そんな民衆が馬車に近づき過ぎないように治安班の中でも精鋭だと言われる人員が馬車の周りで民衆を抑えていた。
「(トキさんたちは何処に居ると思う?)」
『恐らくだが、敵の襲撃に備えているのだと思う』
「(ま、そう思っておくしかないよな)」
そう。トキさんたち特務班はこの場には居ない。
恐らくだが、敵が何処から来るのかある程度神様たちには分かっているのだろう。
だからそちらに対応するために既にトキさんたちは行動を始めている。
「最良は襲撃が起こらず、平穏無事に奉納の舞が終わる事……か」
「でも、そんな甘くは無いんでしょうね~」
「あ、なんか胃が痛くなってきました……」
思わず漏らした俺の呟きに満月さんは笑顔で返し、伊達さんは思い出したくない事を思い出してしまったと言わんばかりに俯く。
「まあ、もし敵が来たら、事前の打ち合わせ通りにその時点で伊達さんと満月さんには逃げてもらって構わないから、そこは安心してくれ」
「ウチらの実力じゃ囮にもなれないからね~」
「ええ、全力で逃げさせてもらいます。全力で」
とりあえず満月さん、伊達さんの二人なら逃げる事だけなら問題ないはずなので、その時が来たら遠慮なくやらせてもらおうとしよう。
「それにしても、どういう敵が来るかの予想は付いているんですか~?」
「あー、それについては一応な」
俺は満月さんの言葉と共に一人の『マリス』……ベイタの顔を思い出す。
あの俺に対する異様なまでの執着を考えれば、少なくともベイタは間違いなく俺を直接攻撃できる場所にまでやってくるだろう。
「と言うか今更ながらに思うが、観客の安全とかは大丈夫なのか?」
「さあ~?」
「一応、治安班や見回り班の人間が出ているはずですけど……」
『それぐらいはスサノオ様たちが対策を講じていると思うぞ』
ふと、ここで俺自身や満月さんたちは良いとして、事が起きた時に観客と言う本当に戦う力の無い人たちはどうするのかと思い、満月さんたちの言葉を聞きながら俺は馬車に付けられている窓から微かに見え始めている奉納の舞の舞台に目をやる。
「……。あれならたぶん大丈夫だな……」
『だな』
「「?」」
するとそこには、満月さんたちの反応から察するに、俺やイースのように自発的に力を使う者でなければ見ることが出来ないように細工が施されていると思しき結界のようなものが張られていた。
具体的にどういう効果があるのかまでは、その手の知識が無い俺には分からない。
分からないが、少なくとも襲撃が起きても観客に被害が及ばない様にはなっていると感じた。
どうやら本当に全力で暴れても問題は無いらしい。
「ま、来るなら来い。女も男も度胸が一番ってな」
そして俺たちを乗せた馬車は、既に日が落ちて明かりが灯され始めている街中からゆっくりと奉納の舞の舞台に繋がる関係者用の区画へと入って行った。
■■■■■
同時刻、奉納の舞の舞台から少々北へと移動した場所。
「穂乃さんたちも所定の位置に着きましたね」
『問題ありませんわ。何時でも動けます』
そこには茉波ヤツメ製の無線機に向かって話しかける田鹿トキと、その傍に立つ田鹿ソラ、三理マコト、計三人分の人影があり、無線機からは穂乃オオリの声が響いていた。
トキたちの前にはこの祭りの中でも人通りがまるでない裏通りに繋がっている細い脇道が伸びており、表通りと裏通りの照明量の差も有るが、まるで『迷宮』の中に通じているような雰囲気を醸し出していた。
「(いえ、実際『迷宮』にほぼ等しい場所に繋がっているのでしょうね。恐らくこれは予兆なのでしょうから)」
そう頭の中で呟きながら、トキは豊穣祭の初日にサーベイラオリが伝えてきた情報を思い出す。
「(情報では敵は奉納の舞を襲撃する組と、その襲撃を補助するための仕掛けを守る組に分かれており、その仕掛けが設置される可能性がある場所は計算上では八箇所在る。でしたか)」
サーベイラオリの伝えたツクヨミの伝言の内容は単純だ。
『敵が襲撃を補助するために利用する場所を割り出したから、アキラ君に直接襲い掛かってく分に関しては本人に任せて、特務班はそちらを潰すように』
「(そして、候補八箇所の中から三理君の直感で私たちが特に落とすべき場所を決定したと。解せない点は幾つかありますが……)」
トキは表情こそ変えないが、何処か不安を拭い切れずにいた。
三理マコトが示した特務班の戦力で落とすべき場所は、奉納の舞の舞台から見た場合北と南に在る二ヶ所のみであり、他の場所に関しては戦力に余裕があれば西には行ってもいいが、他の場所には絶対に行く必要が無いと言うものだった。
しかし、そもそもとして何故三理マコトの直感に頼るのか。と言う点がトキには引っかかっていた。
「(三理君の直感はサルタヒコ様から授かった力のはず。なのにツクヨミ様たちはサルタヒコ様に頼らなかった。これではまるで……)」
「トキ姉ちゃん」
「そろそろ時間でやんすよ」
「と、分かったわ(考え事は後で良い。今私が考えなければいけないのは、如何に早くその装置と言うものを壊して、アキラさんを助けに行くか。ただそれだけ)」
そこまで思考が及んだところで声を掛けられ、トキは今の自分たちの状況を思い出し、その状況のために思考の方向性を変え、研ぎ澄ませていく。
「では穂乃さん。ご武運を」
『そちらこそ。気を付けてくださいませ』
その一言と共に無線機の音は途切れる。
そして、それは始まった。
もうすぐ始まるでやんすよ




