第130話「豊穣祭-1」
豊穣祭一日目。
既にアキラさん、満月さん、伊達さんの三人は、奉納の舞本番に備えた禊を行うべく私たちの後ろに張られている結界の中に入っています。
そして、私たち特務班と他班からの追加人員数名は豊穣祭の期間中アキラさんたちを護衛するべく結界の周囲を囲っていました。
「トキ姉ちゃん。敵は来ると思う?」
「今日明日に関しては微妙な所だと思う。そもそもこの結界を破れるとも思えないし」
私はソラからの問いかけに、自分の後ろにある結界を横目で見てから答えます。
結界は常緑樹で構成された林の中で、木々の間に注連縄を張り巡らせることによって構成されていて、あくまでも私が見た限りではありますが、人間ではどうやっても撃ち破れないと思いますし、『マリス』でもこの結界を破るのは難しいでしょう。
いや、茉波さんとか『クイノマギリ』とか言うあの男性なら破れそうな気がしなくともないですが……そこは敢えて気にしないでおきます。
私たちの手に負える相手ではありませんし。
「今、戻ったでやんす」
「お疲れ様です三理君」
と、結界周りの警備に出ていた三理君が、普段は討伐班に所属していると言う応援部隊の二人と一緒に藪の中から現れます。
三理君は語っていませんが、私はこの追加人員である二人は諜報班にも所属しているのではないかと睨んでいます。
確証は有りませんが。
「周囲の状況はどうでしたか?」
「当然のように異常は無しっす。誰かが結界に近づいた跡すらなくて、正直拍子抜けなぐらいっすよ」
そう言う三理君の顔は表向きは不満がありますと言う感じですが、内心では安心しているように見えます。
まあ、三理君と応援の二人だけで『マリス』に遭遇した日には返り討ちになるのがほぼ見えていますからしょうがないですけど。
「何も無いならそれに越した事は有りませんわ」
「お帰り穂乃さん」
そうして私と三理君がやりとりをしている間に、街の様子を見に行っていた穂乃さんたちも帰って来たようです。
こちらの表情は何処となく疲れた感じです。
「その顔からして祭りの方で何か有ったの?」
「ギリシポリスのデュオニュソス様の巫女が酔った勢いで暴れ出したのを取り押さえてきましたの。全く、アキラ様とは大違いですわ」
「ただ既に鎮圧済みですし、それ以外では特に異常は有りません」
「強いて言うなら『迷宮』関係の事案も有るために例年に比べたら少々殺気立っていますが、それぐらいですね」
ソラの質問に対して穂乃さんが憤慨した様子で答え、その答えを補足するように風見さんと布縫さんも補足の説明をしてくれます。
やはりと言うべきか、『迷宮』の問題に合せる様に治安班や見回り班の数が増えたせいで少々荒々しくはなっているようですが、今の所私たち特務班が出なければいけないような事態……『マリス』関連の事は起きていないようですね。
「さて、実際問題として奴らは来ると思うでやんすか?」
三理君は手近な石に腰かけると私たちにそう問いかけます。
奴ら……言うまでも無くモンスターに『マリス』ですね。
「来る来ないで言えば確実に来るでしょう。そして何時について言えば……私なら奉納の舞を行っているその真っ最中を狙いますね」
「理由は?」
「来る来ないについては格好の機会とアチラには捉えられていますし、時期についてはアキラさんたちについている警護が一番薄くなるのが奉納の舞を行っている最中なんです」
「確かに、詳しい理由までは教えて貰えていませんが、来ることだけは確信している様子でしたね」
「二飄長官の様子からして何処か有力な情報源から話を得ていた感じですよね」
「警護に関しては確かに此処の結界は破れそうにないから、ここに籠ってる今日明日については大丈夫そうだよね」
「そして奉納の舞の最中はアキラさんたちに近づけないから、その分警護が薄くなる。と言うわけですの。本当に厄介ですわね」
「そう言う事。本当は来ないでくれた方が良いけれど、絶対に来るつもりで警護はした方が良いと思う」
私の意見にそれぞれがそれぞれに自分の考えを返してくれます。
実際、治安維持機構の本部にも潜入していたモンスターか『マリス』が居たと言いますから、来ることだけはもう間違いないでしょう。
そして穂乃さんは言いませんでしたが、奉納の舞の最中を狙う理由は警護上の問題だけではありません。
奉納の舞はこの豊穣祭のしめくくりに行われますから、それだけ見に来る人も多い。
そんな中で奉納の舞を踊る巫女が殺されれば……それこそジャポテラスの全てを揺るがすような混乱が巻き起こる事になるでしょう。
「いやはや、特務班と言うのは大変ですなぁ」
「全くだ。俺たちよりも若いってのに」
私たちの会話を聞いていた追加人員の二人が感心したように、片方は腕を組んで、もう片方両手を上げながら言葉を発します。
そう言えばこの二人の名前は何と言いましたっけ?確か……
「よくや……」
「お、おいどうし……」
そこまで私の思考が及んだ時でした。
突然、両手を上げて声を発していた方が胸と首を押さえて苦しみだし……
「りゃぎゃああぁぁ!?」
「チヤリ!?」
「「「!?」」」
次の瞬間には全身を土くれに変えながら爆砕しました。
そしてその光景を見た私たちは即座に動き出していました。
私、ソラ、風見さん、三理君は今までそこに居なかったはずの存在に向かって駆け出し、穂乃さんと布縫さんは追加人員のもう一人の保護と同時に拘束をします。
「な、何を……?」
「すみません。貴方が敵か味方かの判断が付きませんので、私の布で拘束と保護をさせてもらいます」
「しばらくの間、大人しくしていてくださいませ」
後ろから聞こえてくる穂乃さんと布縫さんの声から察するに、もう一人の拘束と保護は問題なく行えたようです。
拘束と保護、両方行う理由としては体が土くれに変わったと言う事は爆破された方はモンスターか『マリス』だったと言う事になりますが、もう一人もそうであるかは分かりませんし、今私たちが向かっている先に居る相手が味方とは限らないからですが。
「見つけました!」
「アレですね!」
「面妖な格好でやんすね!」
「ん?アレって……」
「…………」
私たちは、少々離れた所でこちらを睨み付けていた全身を拘束衣で包んでいるような女性を見つけ出すとその周囲を囲みます。
けれど、私たち四人に囲まれているにも関わらず女性は身じろぎ一つしません。
『申し訳ありません。ですがあの『マリス』は貴方たちを攻撃するつもりだったようなので、私が始末させていただきました』
「まさか!?」
私たちが女性に攻撃を仕掛けようとする直前、恐らくは目の前の女性からでしょうが何処か聞き覚えのある声が発せられ、その声にソラが異常なまでの驚きを見せます。
と、言いますか今の声はまさか……
『こうして直接会うのは初めてですね。ソラ』
「さ、サ……サーベイラオリ様!?」
「「!?」」
「…………」
そしてソラが発したその叫びのような声に、その場に居る全員が驚愕の意を表しました。
始まりました豊穣祭。
けれどアキラちゃんも特務班もお仕事優先なので、祭りを楽しむとかは無しです。




