第129話「豊穣祭準備-3」
さて、決意を新たにしたとしても、実を言えば俺のやる事はあまり変わらない。
起きている間は満月さん、伊達さんと一緒に奉納の舞の練習をし、寝ている間は精神世界で戦いの修行を積む。
ただひたすら、落ち着いて考える暇など殆ど無くそうし続けるしかない。
それでも、例のビデオカメラのおかげで客観的に自分の動きや歌を確認できるため、奉納の舞の練習はかなり順調である。
「おう、来たか御姫様」
と言うわけで、奉納の舞も行われる豊穣祭の開始まで後三日と迫り、仕上げを行うためにも中々に忙しい頃ではあるがウズメ神社を訪ねてきた茉波さんに会うぐらいの時間は何とか取れていた。
「で、用件は『凍雲』の改造が終わったから渡しに来たって事で良いのか?」
「ああ、それで問題ない」
で、現在の状況としては俺、トキさん、渦井さんの三人はウズメ神社の一角で、背後に上から布を被せられた何かを置いた茉波さんと会っていた。
何と言うか、世話になっている身分でこう言うのも何だが……茉波さんがすごくいい笑顔を浮かべている辺りからして、『凍雲』と言う名の別の何かになっている気がしなくともない。
「ただまあ、御姫様は既に察している気もするが、改造と言うよりは殆ど作り直しみたいな感じになっちまってな。正直に言って名前も別に付けた方が良いンじゃないかってぐらいだ」
そして俺の考えを肯定するような言葉も茉波さんから発せられた。
うん。これはもうとっとと覚悟を決めて見るべきものを見てしまった方が良いだろうな。
この後も奉納の舞の練習は控えているわけだし。
「分かった。早いところ見せてくれ」
「おう。これが生まれ変わった『凍雲』……」
茉波さんが布の端に手をかけ、それに伴う形で地面と布の間に出来た僅かな隙間から大量の冷気が漏れ始める。
あ、これはヤバいな。
トキさんも既にヤバさに気づいたのか覚悟完了って感じの顔をしてるし、イースも顔は出していないが、内心で動揺してるのが伝わってきてる。
「いや、『ギんジュウ・シラユキ』だ!」
茉波さんはわざと言い方に癖をつけた状態で名前を言いながら布を一気に捲る。
そして、布の下から現れたのは白と青の二色を基本として彩色され、『凍雲』よりも明らかに重量感や重圧感……いや、存在感が大幅に増した一台のバイク。
その車体からは大量の冷気が今も放たれており、普通の人間が長時間触っていたりしたら凍傷の一つや二つぐらいは普通に起こしそうだ。
これは確かに『凍雲』から名を改める必要があるな。
何と言うか、同じバイクと言う括りではあっても、見た目も中身も何もかもが違いすぎる。
「さてと、説明するべきことは色々とあるが……とりあえず触った状態で名前を言ってみてくれ。『吟銃・黒凍姫』と一緒で、それで御姫様の力を吸い上げて認証するはずだ」
「分かった」
「気を付けてくださいね」
俺はトキさんに心配をされつつも茉波さんに促される形でバイクに近づくと、右手をハンドルの間にある速度などを表示する場所に置く。
「『銀獣・白湧騎』」
俺が名を告げると同時に俺の体から力が抜け始め、それに伴って白湧騎の全身から光が漏れ出して周囲を覆っていく。
そして、その光の中で俺とイースと白湧騎の間に繋がりの様なものが構成されて行き、さもそれが当然だと言わんばかりに頭の中に白湧騎の使い方の様なものが流れ込んでくる。
ああうん。やっぱりと言うか、単純比較できる部分で考えても『凍雲』とは全くの別物だな。
単純に移動に用いる用途に加えて、黒凍姫と同じように俺の力を強化するような作用まで普通に持ち合わせているようだし。
「アキラさん!大丈夫ですか?」
「ん?ああ、大丈夫大丈夫。ちょっと頭の中に色々と流れ込んできただけだから」
「ふむ。認証そのものは無事に終わったようだし、その顔から察するにマニュアルは必要無さそうな感じだな」
やがてトキさんの声が聞こえてきたところで意識を周囲に戻すと光は既に止んでおり、冷気の放出が止まった白湧騎が何時でも走り出せると言わんばかりの雰囲気を漂わせた状態で佇んでいた。
後、視界の端の方で下手な辞書よりも分厚そうな本を持っている茉波さんの姿が見えたが、それは見えなかった事にする。
「ま、何にしてもだ。これで御姫様は『吟銃・黒凍姫』に『銀獣・白湧騎』と言う二つの装備品を手に入れ、この前渡した巫女服も含めて戦闘準備は万全と言ったところか」
「まあ、それは確かにそう……かな」
俺は黒凍姫を呼び寄せて虚空から……渦井さんからの何処にしまっていたんだと言う視線を受けつつも取り出すと、白湧騎のハンドルに手を掛けた状態で精神を集中させる。
すると、黒凍姫も白湧騎も同時に使われた方が良いと言わんばかりに、お互いに持っている俺の力を強化する作用を合わせてくれる。
ハンドルを握った時の感じからして恐らくは白湧騎も黒凍姫と同じ素材を主体にして作られているのだろう。
この感じなら直ぐに実戦投入をしたとしても問題な無さそうだな。
「それで茉波さん。どうしてサイドカーが無いんですか?」
「ン?ああその話か。どうにも白湧騎とサイドカーの相性が悪いみたいでな。搭載はしたかったんだが、色々と無理が有るって事で見送ったンだ」
「しかしそれだと、私たちとアキラさんが一緒に行動出来なくなってしまうのですが……」
「心配すンなって、今は豊穣祭の準備で忙しいから無理だが、豊穣祭が終わり次第御姫様以外の特務班が移動するための手段は別に用意するからな」
「言っておきますが、きちんと私たちにも扱えるものにしてくださいね」
「分かってる分かってる」
俺が集中している間にトキさんと茉波さんが何か会話をしているが……茉波さんのへらへらとした顔を見た所で俺もイースもトキさんも、そして茉波さんの事を詳しく知らないはずの渦井さんですら間違いなくこう思った事だろう。
「(あっ、これは絶対にまた今までの常識では有り得ないような何かが出て来るな)」
と。
まあ、茉波さんの事だ。
基礎原理や発想の根幹が俺たちには理解できない様なものであったり、追加で何か色々と変なものが加わっていたりするかもしれないが、最低限必要な機能に関しては問題なく備えておいてくれるはずだ。
だからたぶん大丈夫だろう。
うん。凄く不安だけど。
「ま、いずれにしてもこれだけの装備があるんだ、絶対に豊穣祭は成功させてみせるさ」
「おう。頑張れよ」
「私が絶対に守り切りますのでご安心を」
間違いなく何かしらの波乱が待ち受けているであろう豊穣祭はもうすぐである。
『銀獣・白湧騎』が加わりました。
専用装備二つ目と言う豪華さです。
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