迷い谷の大鷲
ごゆるりと。
よろしくお願いします。
さて、少し昔の話ではあるが、ここから東に一つ山を超えた所に深い深い谷がある。「迷い谷」と旅人たちの間では呼ばれている場所だ。足場が悪く、霧がたちこめているこの場所には大きな鷲が住んでいるらしく、うっかり出会ってしまうとその大鷲に食べられてしまうというのだ。
この谷を無事に抜けるための方法は一つ。それは金貨を5枚持っていくことであった。
ちょうど、迷い谷に入ってすぐのところに一つの小屋がある。そこに住む者は大層な守銭奴で、金さえ払えば、谷を抜ける安全な道を教えてくれるというのだ。ここに訪れた旅人は皆、この案内人に5枚の金貨を渡すことで、無事に谷を抜けられる道を教えてもらうのだった。
或るとき、少々見窄らしい旅人が案内人のもとを訪れた。旅人は、
「金貨を道の途中で落としてしまい、3枚しかないのだが、これで道を教えてくれないか?」と案内人に頼んだ。案内人は金貨を受け取ると、旅人に迷い谷の道を教えた。その後、その旅人がどうなったのかはわからない。
また或るとき、身なりの良い旅人の一行がその谷を訪れた。その旅人たちは30枚の金貨を差し出し、安全な道を案内してくれるように案内人に頼んだ。案内人は喜び、金貨を大事に自分の懐にしまうと、自ら旅人たちを安全な道に案内したらしい。
ひときわ霧の深い日のことだった。1人の旅人がやってきた。その旅人は金は持っていなかったが、ここらでは見たことのない海産物を持っていた。
「金貨は1枚も持ってないが、この魚を半分あげるから道案内をしてくれないか?」
そう旅人は案内人に頼み込んだ。案内人は渋った顔を見せながらもその旅人に迷い谷の道を教えたのだった。
***
谷を進むと、霧はいっそう濃くなっていった。一寸先は白い闇に覆われ、細いこの道を踏み外せば、奈落の底に落ちていってしまうだろう。
旅人は一歩一歩確かめるように案内人に教えられた道を歩んでいった。
すると、どこからともなく岩を砕くように何かを打ち付ける音がした。その音に身構え、旅人は辺りを見渡した。だんだんと大きくなる音にあわせて、辺りが暗くなってきた。旅人がふと、上を見上げると、岩のような影が迫ってきた。
それは件の大鷲だった。大鷲は旅人をその足で掴むと、自分の巣へと連れ帰っていってしまった。
木と骨でできた巣へと落とされた旅人は少し起き上がり、とっさに
「私を食べてもおいしくないぞ」
と震える声で言うが、大鷲は変わらない。そのまま尻餅をついたときに自分の荷物の存在を思い出した。急いで袋から魚を取り出し、大鷲のもとへと旅人は投げた。
「こっちの方がおいしいぞ」
震える声を発する旅人を横目に、大鷲の興味は投げられた魚の方へと向いたようだった。
今まで見たことがなかったのか、おそるおそる魚をつついた後、一匹丸呑みをした大鷲は、休むことなく旅人が出した魚を食べ始めた。
そして、全ての魚を腹におさめた大鷲はふたたび旅人の方へと近づき
「もうないのか?」
と聞いてきた。旅人はとっさに
「谷の入り口の小屋の中にあります」
と答えた。それを聞いた大鷲はその大きな翼を広げると、岩を砕くような音をさせ、どこかへ飛んでいってしまった。
***
最近、旅人たちの間で一つの噂が流れているらしい。ここから東に一つ山を超えた所にある迷い谷の入り口には、金でできた大鷲の巣があり、通ることが出来ないという。この谷を無事に抜けるための方法は一つ。それは身代わりとして魚を持っていくことである、と。
お粗末様でした。