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マキシムロボの最期

作者: 高岡たかを



 この『物語』は今から何年も前の話だ。

 時が経つのは早いもので、今ではすっかり背も伸び、毎日、野球で汗を流して第二の松井秀樹を目指す私の息子がこの『物語』の主人公だ。

 と言っても、当時の彼は小学校に入学したばかりのやんちゃな子供で、あこがれの対象もメジャーリーガーではなくテレビの向こうの変身ヒーローだった。

 私は幼かった彼の無邪気な言動を覚えているが、果たして彼は覚えているだろうか。





 数年前の六月。私は祖父の一周忌のために妻子を連れて帰郷した。

 三十分ほどの法要も、彼にジッとしていろというのは酷な話で、彼は着なれないサスペンダー付きの半ズボンを恨めしげに見つめたり、座布団の上で猫のように丸まっていた。

 読経と説法が終わり、ようやく痺れた足をくつろげて祖母の淹れた茶を啜っている私に、彼はキラキラした目でこう言ったのだ。


「オレの最強ロボットを作ってほしい」


 と。

 その時、私は困った顔をしたのか、快諾したか覚えていない。おそらく、どちらともつかない曖昧な顔と返事をしたのだと思う。

 しばらくして母がロボットの材料にするインスタントコーヒーの箱を持ってきた。

 すぐに封が切られ、中のビンやドリップ式のコーヒーが取り出された。彼には中身よりも箱の方が重要なのだ。


「どういうのがいい?」


 私がそう聞くと、彼は持参したおもちゃ箱から、戦隊モノのロボットを取り出した。去年のクリスマスに、私がサンタクロース名義で彼に贈ったものだ。


「こういうのがいい」


 コレを見本にしろ、と言う事らしい。


「合体したりするヤツは作れないよ」


 私はそう言うと、彼は即答した。


「合体しなくてもいい! お父さんの作るオレの最強ロボットが欲しい!」


 さてさて大変な事になった。

 これからハサミとノリと空箱で、地球の平和を守るロボと同じクオリティのものを作らねばならないのだから。




 自慢ならぬ自虐になってしまうのだが、私は小学生の頃、図画工作の成績だけは良かった。この道を究めれば、教育番組で工作のお兄さんにもなれると信じて疑わなかったほどだ。現在私がテレビで着ぐるみと一緒になって工作をしていないのは、他の成績が壊滅的な悲惨さであったところが大きい。何事も一本槍では進まない事を小学生の私は学んだ。

 しかして、夏休み工作金賞常連であった私の腕は衰えてはいないようだった。

 一度始めると凝ってしまう。

 肩と肘、膝には関節を作って可動できるようにした。

 特長はボール紙の柔軟さを最大限に活用している事だ。素材の味を活かしたとも言える。私の作るロボットはなんと『コマネチ』が出来るのだ。市販されている戦隊ロボには真似できない文字通りの『芸』である。カッコよさを売り物にしている戦隊ロボにこの時点で一歩も二歩もリードした。本来、ロボットには必要のないジャンルでのリードではあったが。

 我が子と共有する空想は実に愉しい。

 茶の間は秘密の研究所になり、紙箱は超合金になり、ハサミは大型の成型機になり、ノリは溶接に、セロハンテープは補強材になった。

 最初は見ているだけだった妻も手伝い始め、一時間後、開発チームは世界で一体しかいないロボットを作り上げた。

 その時の彼の表情と言ったら。この先、私が彼に何をプレゼントしてもそんな顔を見せてくれないのではないかと不安になるほどの嬉々とした表情だった。


「出来た! オレの最強ロボ!」


 自画自賛と思われるだろうが、その出来たるや中々どうしたもので、作った自分でも驚いたくらいだ。

 一切の曲線を廃し、直線のみで構成されたボディーラインはシャープかつ近未来的で、その身を彩るはマリンブルーとアッシュグレーのツートン。これは、原料の箱がそんな色だったためだ。

 特に面構えが精悍だった。若干、往年の超電磁ロボにルックスが似てしまったが、私しか分からないだろうので黙っていた。

 唯一の欠点は重心が高すぎて、手を離すとすぐに倒れてしまう事だったが、この欠点は足の部分に単一乾電池を入れて重りにする事で解決した。


「まだだよ」


 飛び出さんばかりの勢いの彼を押しとどめ、


「武器がまだだ」


 と、私は余った紙箱をつなげ、ロボットのための翼と剣。バズーカを作ってやった。

 この追加装備により、ロボットはマッハ3で大空を飛び、あらゆるものを切断し破砕する力を手に入れた。

 彼はさっそくロボットを持って「シュゴー!」と立ち上がった。ロボットは飛んだのだ。


「オレの最強ロボ! お父さんが作ってくれた!」


 集まっていた親戚へのお披露目が始まった。


 第一の標的は手近にいた私の父だ。


「おじいちゃん! 最強ロボ!」


「おっおう、カッコいいじぃ。作ったがけ?」


「うん! お父さんと作った!」


「よお出来とっじぃ」


 私の母は、どこか呆れたように私を見る。

 年がいも無く真剣にロボットを作った事が、今になって妙に恥ずかしくなってきた。


「アンタ、ホンマにそういうが好きやったもんね。ねえ、知っとるけ? この子は小さい頃からロボットが好きでね。どっか行くたんびにプラモデルとか買うて来て、部屋いっぱいに――」


 母よ。私の黒歴史を妻に話さないでくれないか。


「いやぁ、アンマがネネの時とよう似とるわ。覚えとっけ? 大バアさんの葬儀の時やったちゃ。このアンマがお孫さんとおんなじぐらいの時、お数珠をな、引っ張って遊んどったら――」


 住職。アナタもだ。





 しばらくしてクレームが来た。


「お父さん。腕が取れる」


 それは固定武装のロケットパンチのつもりだったのだが、偉大なる黒金の巨人を知らない彼には、欠陥に映ったらしい。


「分かった。すぐ何とかする」


 ロケットパンチはクライアントの意向によって封印された。


「ねえ。最強ロボの名前はなんていうの?」


 彼が最強ロボと呼ぶので名前については考えていなかった。

 私は適当な事を言った。


「マキシムロボ。こいつの名前はマキシムロボだ」


 それは、材料となった紙箱の中身から取られた名前だった。


「変な名前」と息子。


「ダッサ~」と妻。


 あんまりカッコいい名前を付けるのもどうかと思ったのだが。


「まあいいや。行け! マキシムロボ!」


 再びマキシムロボは空へ飛んで行った。





 私が作ったロボットを彼はいたく気に入り、それからと言うもの、どこに行くのもマキシムロボは彼の傍らにあった。

 禁止令を出したら泣いて嫌がった。

 どこかが壊れるたびに修理をせがまれ、ネクタイを解くよりも先にセロハンテープを手にした日もある。

 知人に会うたび、「オレのマキシムロボ!」と見せびらかすので、私は内心、ハラハラしていた。


「お父さんが作った!」


「あらあら、器用なんですねぇ」


「はあ、まあ、その。はい、昔から――」


 近所のおばさんに自慢された時は、顔が燃えるかと思った。


 いつぞや、彼は友達に自慢したらしく。その日の夜、自慢された子供の父上から電話がかかってきた。

 もしや、ウチのバカ息子が何かやらかしたか。

 そう思い、恐々と電話を取ると、


「ウチの子にも一体作ってあげてほしい」


 との事だった。

 かなり迂遠な言い方でお断りした。


「子供と一緒に作る事が大切」やら、

「家族サービスの一環として」やら、

「その時の思い出は、きっと一生物」やら、

「多少不出来でも、真心が有れば」やら、

「市販のものとは違う、手作りならではのぬくもりが」やら。


 最後の方は、心にもない教育論で煙に巻いた。


「分かりました。次の休みの日にでも、子供と一緒に挑戦してみます」


 お気の毒に。父上は、私の安くて薄っぺらな言葉に感銘を受けてしまったようだ。

 奇妙な充足感を得ながら受話器を置くと、


「ずいぶん語ってたね」


 テレビを見ていた妻が言う。

 時計の針は三十分も進んでいた。ちょっとした講演くらいの時間、私は熱っぽく語っていたわけだ。

 恥ずかしくなる。


「聞いてた?」


「うん。ロボット作りも上手だけど、口も上手いよね」


 ほっとけ。  


 色々とあったが、私はまんざらではない気持ちも有った。

 彼のために作った世界でたった一つのロボットは、少年の世界で確かに最強ロボだったのだから。





 そんなマキシムロボが大破したのは、その年の暮も見え始めた、十一月の事だった。

 特に落胆もしなかった。

 ただ、そうか、と思った。


 翌年の正月、私は一人で帰郷した。

 誤解が無いように明記しておくが、けっして妻に愛想を尽かされたわけではない。むしろ、夫婦生活は円満と言えよう。

 出産を控えた妻は、息子を連れ、年末から生家へ帰省している。

 年末の数日間ではあるが、私は久しぶりの独身生活を楽しみ、元旦から二日までを実家で過ごす事にした。

 三日の昼に隣県まで妻子を迎えに行く手筈になっている。


 寝正月を決め込んだ気安さか、昼間から酒精に顔を赤らめた父が、私のグラスにビールを注いだ。場所は前年、マキシムロボを製造したあの茶の間だ。


「どや?」


「まあ、二人目やしね。落ち着いとるわ」


「ほうか。なら良かったわ」


「男か。女か」


「女の子やわ」


 それっきり会話が途切れる。

 父は会話下手だった。私の舌が良く回るのは、お喋りな母方の遺伝子のせいだと思う。

 酒ばかりが進み、空いたグラスに無言でビールを注いだ父が、ふと思い出したように言った。


「ほや。あのロボット。アレも大事に向こう持って行ったんか」


 父は、孫がマキシムロボをどこにでも持っていく事を知っていた。夏の終わりごろ、電話口で話題にした事を覚えていたようだ。孫の誕生日に新しいロボットのおもちゃを与えようとして、「マキシムロボがあるからいい」と断られた苦い記憶もある。結局、誕生日プレゼントは当時発売されたばかりのニンテンドーDSになった。それは、むしろ私が欲しかった物だ。私にはゲーム機の類は一切買ってくれなかったクセに、孫には妙に甘い。

 もっとも、肝心の息子よりも妻の方がハマってしまい、「見て見て。犬かわいい」と言っていた。私もたまに脳のトレーニングをしている。


「なん、持ってっとらん」


「なんでや」



 私はマキシムロボの最期を話し始めた。

 私が作ったロボットは勇敢だった。





 最後の戦いは、会社から帰宅した私の目の前、リビングで行われた。

 私は、一人、夕食を摂りながら戦いを見守っていた。

 対峙する相手は、見本となった戦隊モノロボ。

 一足一刀の間合いで睨み合う二体の巨人。

 先に動いたのはマキシムロボの方だった。

 マキシムロボは背中のバックパックから、マキシムブレードを引き抜き、戦隊ロボに斬りかかった。


「がいーんがいーんがきーん!」


 金属同士が激しくぶつかる打音が響く。

 天地左右を入れ替えながら、目まぐるしく動く二機のロボ。

 が、マキシムロボのブレードと戦隊ロボの大剣が数度目の交差を起こした時、負荷に耐え切れずマキシムブレードが根元からねじ曲がった。

 接近戦は不利と見たマキシムロボは素早く後退しつつ、バックパックからマキシムバズーカを引き出した。

 今度は遠距離からの撃ち合いが始まった。


「どんどどんどーん!」


 マキシムロボは持てる力を全て発揮した。

 剣にバズーカ。アイレーザー。

 しかし、あらゆる物を切断する剣も、破砕するバズーカも、プラスチックに毛ほどの傷もつける事が出来なかった。

 対してマキシムロボは満身創痍だった。

 頭部は破壊され、手足は引きちぎられ、腹部には大穴が開いた。

 それでもマキシムロボは雄々しく立っていた。

 地面に転がされるたび。

 爆風で吹き飛ばされるたび。

 不屈の闘志を紙のボディにみなぎらせ、何度でも立ち上がった。

 そして向かっていく。

 絶対にかなう訳もない、強大な相手に。

 何度でも何度でも。

 砕けた足で走り、折れた翼で飛んだ。

 ついに戦隊モノロボの大剣が、マキシムロボの胸部に深々と突き刺さった。致命傷だ。

 動きを止め、地に倒れるマキシムロボ。

 その様子を見ていた私は、「もう終わりだな」と思った。

 ところが、完全に大破したと思われたマキシムロボは、


「絶対に諦めるものか! この地球を! お前らなんかに渡さない!」


 勇ましく宣言して立ち上がった。

 少なからず私は驚いた。

 遊びの中で、私はてっきり悪役として最期を迎えるのだと思った。

 しかしそうではなかった。

 マキシムロボは地球を守るため、かなうはずもない敵に立ち向かっていったのだ。

 その後の展開は王道だった。

 マキシムロボは最後の力を振り絞り、捨て身の一撃を放った。

 戦隊ロボはそれをよけ切れず、大地に倒れた。

 戦隊ロボは起き上がれなかった。

 こうして地球の平和は守られたのだった。

 使命を終えたマキシムロボは元の紙箱とセロハンテープに戻り、翌日には燃えるゴミに分別された。

 




 息子はおもちゃを使った一人遊びをしなくなった。

 野球好きの妻の影響を受け、少年野球を始めたのだ。

 野球をやりたいと言い出したのは、自分かららしい。

 いつか、息子に野球をやらせると決めていた妻は諸手を挙げて喜んだ。

 たしかに彼は何かにつけて積極性のある子供ではあったが、その心境の変化を私は不思議に思ったのだ。


「どうして?」


 ある日、妻を産婦人科に送る車の中で訊くと、助手席の彼は真っ直ぐ前を見つめたまま、たった一言でこう言った。


「お兄ちゃんになるから」


 どこかしか、大人びた表情だった。

 背伸びした子供の意見ではある。だが、その背伸びが何だか微笑ましく、誇らしく思えた。 

 

 この時、マキシムロボは真の意味で使命を全うしたのだと思う。


 生まれたばかりの娘を写真に収め、その後に家族の写真を何枚か撮った。

 妹を抱えて、緊張したような強張った笑みを見せる彼は、少年野球チームのユニフォームを着ている。 





 そして現在。


「来年は中学生だな。何か欲しいものでもあるか?」


 彼は坊主頭をボリボリと掻いて少し考えると、


「高くても良いんなら、腕時計がいいな」


 最近、声変わりした息子に、あの日と同じように「いいよ」と答えた。

 もう彼は幼い子供ではない。


「良かった。またロボットを作ってくれって言われたらどうしようかと思ったよ」


「はあ? ガキじゃねえぞ」


「ガキだよ。親から見れば。ほら、車出すから準備しろ」


 私は懐かしい思いを抱きながら、車のキーを取り出すのだった。







               ―― 了



 

 

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― 新着の感想 ―
[一言] 読み終わった後に、胸に温かいものが宿る作品でした。
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