正義の犠牲者 001
カーテンの隙間から朝日が射し込む。その光はちょうど柔らかく瞳を閉じた少年の顔を照らしている。
眩しくて、寝ていられない。
俺はカーテンをちゃんと閉めようと手を伸ばした。
……眩しくて?
俺は勢いよく起き上がると、綺麗に整理整頓された机の上にある目覚まし時計を掴んだ。
時計の針はまもなく10時を指そうとしている。
「あー。やっちまった。寝坊だ。完全に遅刻だ」
目覚まし時計に額をこすりつけながら喚いた。
「なーんで誰も起こしてくれないかなー」
独り言を片付いた部屋に撒き散らしながら、大儀そうに制服に着替えた。
忘れ物がないか鞄の中をすばやくチェックして、部屋の扉を開けようとドアノブに手をかけた。が、俺が開ける前に扉が開いた。俺はバランスを崩してしりもちをついた。
俺の前に細長い足が現れる。腰に手を当て偉そうに仁王立ちして、俺を見下している少女が口を開く。
「あなたの独り言がうるさくて起きちゃったわ。あたしの大事な睡眠タイムの邪魔したらどうなるか一体全体あなたは分かっているのかしら?分かっていて、やったとしたら、あたしはあなたに罰を与えなくてはならないわ。いいえ。例えあなたが分かっていなかったとしても、あたしはあなたに罰を与えることになるわ。ところで、あなた、今あたしが言ったことちゃんと聞いてたのかしら?」
俺はただただ瞬きをするだけだった。というか、それが精一杯だった。寝起きの頭にいきなり大量の言葉が流れ込んできて、俺はパンク寸前だったからだ。
「あたしの質問に答えてくれないのはなぜ?あなたの耳がおかしいから?それとも、あなたの頭がおかしいから?あたしには理解できないわ。あなたとの会話はいつも上手くいかないわね」
「落ち着いて話せよ。一気に喋るなよ。相手は寝起きだぜ」
俺はやっとの思いでそれだけ言った。
少女、いや、俺の妹はやれやれと左手を額に当て、ため息をついた。
「言っておきますけど、あなた。あたしも寝起きなのよ。あぁ、あたしはあなたを兄とは絶対に認めたくないわ。だらしない。部屋の片付けをすることにしか脳がない。あたしとは大違いね。ところで、あたしはあなたに罰を与えなくてはならないのだけれど……。どうしましょう。どういった罰にしようかしらね」
「帰りにプリンでも買ってくるからさぁ、罰はそれでいいだろ?」
「プリンとシュークリームとショートケーキとチーズケーキと板チョコ×3」
「あぁ。わかったよ」
俺は内心げっそりしながら、笑顔で手を振って部屋を出た。
「メモしなくてもいいの?覚えていられるの?買ってくるの甘いものならなんでもいいってわけじゃないのよ」
そう言いながら不安そうに俺の後ろを追いかけてくる。
俺は靴を履いて、
「いってきます。瞳璃」
と振り向いた。
「いってらっしゃい。瞳夜」
不貞腐れたような顔をして、小さい声で言った。
「んな顔すんなよ。俺5時には帰ってくるし。それまでの我慢だって」
俺は瞳璃のあたまを乱暴に撫でてやる。
「もう10時半だよ。今日は休めばいいじゃない。あたしが学校に電話してもいいわよ」
「明後日には母さんが帰ってくる。だから、昼間1人になるのは今日と明日だけだ。無理か?」
「無理よ。あたしを1人にしないで」
「駄目だ。1人で過ごす練習しないと。俺だってお前といつまでも一緒にいられるわけじゃないんだ。気が向いたら外を散歩するのもいい。少しずつでいいから……な」
ヒステリックに頭を抱えて蹲る瞳璃と同じ目線になるために少しかがんで続ける。
「瞳璃。お前はアレと向き合わなくちゃいけない。頑張れ、瞳璃。兄ちゃんはずっとお前を応援してる。大丈夫」
「いってらっしゃい」
瞳璃は俺の背中をポンと押してトイレに駆け込んだ。あいつは絶対に人前では泣かない奴なんだ。
小さい頃から、いつもトイレとか押入れの中で、こっそり泣いていた。
そのことを知ってるのは俺だけだ。両親は俺ら子供に興味を持たない。全く持ってだ。無関心。
だから俺は、気が強くてプライドの高い繊細な心の持ち主の妹を、ずっと見守っていかないといけない義務がある。
「いってきます」
そして今日も俺は、彼女を一人家に置いて、学校に行く。