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痛イノ痛イノ飛ンデユケ


「お帰りなさい」


家に帰ると女が玄関まで迎えに来る。

それは当たり前になりつつほど回数を重ねていた。

誰もいない家へ帰ることしかなかった俺の感覚が段々と塗り替えられていく。

むず痒い気持ちは相変わらず付き纏うが悪い気分はしなかった。


「ああ」

「お風呂わいてるよ。ご飯まだだから先に入ってて」


にっこりと笑いながら話し掛けてくる女は無邪気だった。


何故だろう。

俺の前に居て、何故そんな曇りのない表情が出来るのかが分からない。

今まで俺に向けられる感情の中に、女のような眩しくて目を細めたくなるようなことはなかった。


汚濁が貯まり、沈澱し、増えていく重りを背負っていた。

それを他人を見るように一歩引いて客観視していた自分が、言うのだ。


もっと、もっと、もっと!!


狂うように求める。

神に救いを求めるように両手を広げて願い請うのだ。


自分が理解出来なくなるなど初めてで、自分の立っている足場が揺らぐ。


不安定で、理解出来ない感情。

それを見ないふりをするのは存外楽だった。


「どうかした?」

「いや……」


女を凝視していた事に気づき、なんでもないふうをよそおって慎重に視線を外す。

意思を持って脱衣所まで足を動かした。


今日はまた一段と酷く煤汚れた服を脱ぎ捨て、湯舟に身を沈める。


湯船の身に染みる暖かさは、女が俺に与える感情に良く似ていた。

目を閉じて心地よい感覚に身を任せていると、ピチョンと水滴の音が響いた。


その音に意識が引きずり出され、体が跳ねた。

湯船が波を打ち、外に排出される。

いつの間にかまどろみに捕らわれていたのだ。


靄のかかった頭を振り、深いため息をつく。

思うように動かない身体に力を入れて浴槽から脱出した。


理解できない自分と思い通りにならない身体にイライラして、髪を乱暴に拭きながらソファに座り込むと女の視線に気がついた。


何かおかしいところでもあったのかと自分の格好を確認してみる。


上半身は何も着ていないが、下はゆったりした黒いタオル地のズボンをはいていて特に変わったところはない。


なにか用かと問いかけると女は顔を左右に振った。


女が体に残った傷を見ていたと知ったのは、古傷に女の指が壊れ物を触るように恐々と触れた時だった。


俺が怪訝な顔をすると、泣きそうな微笑みが返ってくる。


そして女は幼い子供を労るように傷を撫でる行為を繰り返した。




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