ある日出会った純粋な笑顔
女がきてから少したった。
女は記憶を失っているらしく、自分の事がまるでわからないようだ。
それは俺にとって好都合で、そのまま家に返してやればよかったのに何故か女は人殺しの家にいる。
暫く放っておいたら勝手に出ていくものだと思っていたのだが、あてがはずれたらしい。
女は暫く暇を持て余すようにしていたが、次第に家事をするようになった。
おざなりだった部屋の掃除や、食事。
それらが激変したのは間違いない。
女を家政婦として連れてきたつもりではなかった。
もしかしたら金がないから出ていけないのでは、という考えに思い至り、通帳をそのまま渡して好きなだけ持っていけと伝えた。
女が通帳を開いた時の心底驚いたような顔に、どうしたのかと尋ねると、女は金額の多さに驚いたらしい。
一度も通帳を開いたことがなかった俺は初めて自分の報酬額を知った。
かといって有り金を全て渡すことに全く抵抗はなく、むしろこれで出ていくだろうと安堵していたのだが、女は出ていく代わりに、冷蔵庫とソファーとベットといった最低限のものしかなかったはずの部屋に、いつの間にか家具を増やしていた。
女が出ていく気配を見せず、俺も考えることを放棄したある日、仕事から家に帰ると女が玄関まで迎えにきた。
「おかえりなさい」
「……」
笑顔で向けられた言葉に、人と関わったことがない俺は意味をはかりかねた。
女は再度、不思議そうに顔を傾けながら繰り返す。
「……? おかえりなさい」
「た、だい……ま」
女の笑顔に心が震えた。
激しい感情に心が塗り替えられる。
その感情は自分が知らないものだった。
一人で生きる俺に、その感情を理解するなど到底できることではない。
だから、ただただ不可思議な感情が心から過ぎ去るのを待つしかなかった。