鉄の匂いが染み込んだ服
重たい砲弾チョッキと仕事着を、ソファーの上に放り出して報告書の制作にとりかかる。
殺すだけなら本能で体を動かすだけで楽でいいのに、書類仕事までついてくるのかこの仕事の欠点だ。
もう一つの欠点は依頼人が気に食わないことだが。
俺は余り頭を使う仕事は得意ではない。
普段使うことのない頭をフル回転させると、一気にだるさが襲う。
安っぽい椅子は後ろへ体重をかけると、ギィッと今にも壊れそうな音を鳴らした。
暫し目を隠しすようにして手を組み、ほてった頭を冷やす。
しかし怠さはいっこうに引かず、ため息をつきながら喉を潤そうとリビングまで行くと、ソファの上で硝煙と血の匂いが染み付いた俺の上着を抱え込んで寝ている女が目に入った。
女の傷は急所は外れていたおかげで致命傷には至っていなかった。
そのかわり深い傷は血をとめどなく流し、女の命を削っていた。
今は止血をして治療を施したので、かなりの無茶をしなければ回復の方向へむかうだろう。
現に、青白かった肌には血の気が戻り、ソファーの上ですやすやと穏やかな寝息をたてて熟睡している。
俺は確か寝室のベッドに寝かせたはずなんだが。
冷蔵庫からビールを取り出し、女が寝るソファーの傍らに座った。
いつもなら座るはずのソファーを女に占領されているからだ。
人殺しの家で無防備にすやすやと眠る姿に、もやもやとした感覚が起こる。
言うなれば悪魔の巣窟に迷い込んだ天使のように奇妙な存在だった。
連れ込んだ悪魔は間違いなく俺なんだが違和感は拭えない。
胸に広がる不可思議な感情を持て余しながら、女が眠る姿を空が白ばむまでずっと眺めていた。