第21話 帝国騎士エリスの秘密
帝国へ向かう街道を。
俺たちは歩いていた。
先頭を歩くのは。
銀髪の少女――エリス。
その少し後ろを。
俺とセレナ。
そしてリナが続いている。
「……」
「……」
「…………」
沈黙。
ものすごく気まずい。
理由は簡単だった。
エリスが。
さっきから一度も。
こちらを振り返らないからだ。
「なあ」
俺は。
ついに我慢できなくなった。
「何?」
エリスは前を向いたまま答える。
「帝都まで、あとどれくらい?」
「二日」
「二日か」
「正確には一日半」
「なるほど」
「……」
「……」
また沈黙。
「なあ」
「何?」
「もう一つ聞いていい?」
「どうぞ」
「なんで最初、俺たちを殺そうとしたんだ?」
「……」
エリスが。
初めて足を止めた。
「世界樹へ向かう人間は」
「帝国では敵と判断される」
「だから?」
「だから殺そうとした」
「単純だな……」
「帝国軍人として当然」
エリスは。
真顔だった。
セレナが。
小さくため息をつく。
「随分と物騒な方ですね」
「王女殿下に言われたくない」
「え?」
「あなたも杖を向けていた」
「それは……」
セレナが。
少し困った顔をする。
リナが。
ぷっと吹き出した。
「二人とも仲良しだね!」
「「どこが!?」」
俺とセレナの声が重なる。
エリスが。
一瞬だけ。
口元を緩めた。
「……ふっ」
「今、笑った?」
「笑ってない」
「いや、絶対笑っただろ」
「気のせい」
「……」
この人。
意外と分かりやすい。
---
その日の夕方。
俺たちは。
街道から少し外れた場所で野営することになった。
薪を集め。
火を起こす。
リナは。
いつものように食事の準備をしている。
「レオンお兄ちゃん!」
「ん?」
「これ焼けたよ!」
「おお」
差し出されたのは。
焼いた肉。
「うまそうだな」
「えへへ」
俺が食べようとした。
その瞬間。
エリスが。
俺の腕を掴んだ。
「待って」
「え?」
「毒が入ってる可能性がある」
「……」
リナが。
固まった。
「……え?」
エリスは。
肉をじっと見る。
そして。
匂いを嗅ぐ。
「問題ない」
「ならいいだろ!」
「念のため」
「念のためって……」
リナが。
少し悲しそうに肉を見る。
「……食べちゃダメ?」
「食べていい」
エリスは。
淡々と答える。
「ただし私が先に食べる」
「え?」
エリスは。
肉を一切れ取ると。
口に入れた。
「……」
「……」
「…………」
数秒。
エリスは。
頷いた。
「大丈夫」
「なら最初からそうしてくれよ!」
リナが。
嬉しそうに笑う。
「じゃあ食べよう!」
俺も。
肉を口に入れる。
「うまい」
「でしょ!」
その光景を。
エリスは。
じっと見ていた。
「……何?」
「いや」
エリスは。
少し目を逸らした。
「こういう食事を」
「久しぶりに見た」
「……?」
「私の部隊では」
「食事中も常に警戒していたから」
「……」
セレナが。
静かに尋ねる。
「部隊の皆さんは?」
エリスの表情が。
一瞬で変わった。
「……死んだ」
「……」
「三年前」
エリスは。
火を見つめる。
「魔王軍との戦闘で」
「私だけ生き残った」
「そう……」
セレナが。
何も言えなくなる。
エリスは。
薪を火へ放り込んだ。
「だから」
「私は二度と」
「仲間を失わない」
「……」
「そのためなら」
「怪しい奴は全員殺す」
俺は。
エリスを見る。
「じゃあ」
「俺たちも怪しい?」
「最初は」
「今は?」
「……分からない」
「なんだそれ」
「あなたは」
エリスが俺を見る。
「普通じゃない」
「よく言われる」
「創造と終焉」
「そして」
エリスの目が。
細くなる。
「アルベルト・アストリアの息子」
「……」
「あなたが帝国に入ったら」
「間違いなく狙われる」
「誰に?」
「全員」
「……」
冗談ではなさそうだった。
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その夜。
俺は。
一人で起きていた。
眠れなかった。
父さん。
母さん。
世界樹。
第三封印。
そして。
世界が滅びるという話。
考えれば考えるほど。
頭が混乱する。
「……母さん」
俺が呟いた。
そのとき。
「起きていたの?」
「……エリス?」
エリスが。
焚き火の向こうから現れた。
「交代の見張り」
「ああ」
エリスは。
俺の隣へ座る。
しばらく。
二人で黙っていた。
やがて。
エリスが言った。
「あなたの母親」
「……え?」
「少しだけ知っている」
俺は。
すぐにエリスを見る。
「本当か?」
「名前は?」
「……」
エリスは。
しばらく迷った。
「ミレイア」
「……!」
「ミレイア・アストリア」
その名前。
俺は。
知っている。
「母さんの名前だ」
「帝国では」
エリスが言う。
「別の名前で記録されている」
「別の名前?」
「はい」
エリスは。
懐から小さな紙を取り出した。
「これ」
俺が受け取る。
そこには。
古い帝国文字で。
一つの名前が書かれていた。
『ミレイア・セレフィス』
「……誰?」
「あなたのお母様」
「でも……」
「アストリア家へ嫁ぐ前の名前」
「……」
俺は。
紙を握る。
「どうして帝国に記録があるんだ?」
エリスは。
答えなかった。
「エリス」
「……」
「知ってるんだろ?」
「……少しだけ」
「教えてくれ」
エリスは。
火を見つめる。
「ミレイア様は」
「かつて帝国の研究施設にいた」
「研究施設?」
「はい」
「何の研究?」
「始祖の力」
「……!」
俺の胸が。
大きく跳ねた。
「母さんが……?」
「始祖の力を研究していた」
「じゃあ」
俺は。
紙を見る。
「俺の力について」
「母さんは知っていた?」
「おそらく」
「……」
「そして」
エリスは。
声を落とした。
「ミレイア様は」
「研究施設から」
「あるものを持ち出した」
「あるもの?」
「黒い石」
「……」
「帝国では」
「それを――」
エリスが。
俺を見る。
「《終焉石》と呼んでいる」
その瞬間。
俺の右手が。
突然痛んだ。
「――っ!」
「レオン!?」
黒い紋様が。
手の甲へ浮かび上がる。
そして。
頭の中に。
知らない声が響いた。
『母を探せ』
『母はまだ――』
『生きている』
「……!」
俺は。
立ち上がった。
「今の……」
エリスが。
驚いた顔をしている。
「聞こえた?」
「……何が?」
「声」
「私は何も」
俺は。
右手を見る。
紋様は。
もう消えていた。
「……」
エリスが。
静かに言う。
「やっぱり」
「何が?」
「あなたの中には」
「終焉石の欠片がある」
「……!」
「だから」
エリスは。
立ち上がる。
「帝国はあなたを呼んだ」
「皇帝は」
「あなたの母親が残したものを」
「取り戻そうとしている」
「……」
「そして」
エリスは。
最後に言った。
「黒冠教団も」
「同じものを探している」
俺は。
拳を握った。
また。
黒冠教団。
また。
あいつらだ。
「だったら」
俺は。
立ち上がる。
「帝都へ急ごう」
「母さんが残したものを見つける」
「世界樹へ行く」
「そして」
「父さんにも会う」
エリスが。
俺を見る。
「……覚悟は?」
「できてる」
「死ぬかもしれない」
「それでも行く」
「そう」
エリスは。
初めて。
俺に向かって笑った。
「なら」
「帝国騎士として」
「あなたを帝都まで守る」
「頼む」
俺は。
右手を握る。
だが。
その夜。
俺たちは知らなかった。
帝都の地下深く。
厳重に封印された研究室で。
一人の女性が。
透明な水晶の中に眠っていることを。
銀色の髪。
穏やかな顔。
そして。
胸元には。
俺と同じ黒い紋様。
女性は。
眠ったまま。
小さく呟いた。
「……レオン」
その目が。
ゆっくり開く。
「……来ては、だめ」
そして。
研究室の奥から。
別の声が響いた。
「ようやく目覚めましたか」
「ミレイア様」
黒い指輪をした男が。
暗闇から姿を現す。
「息子さんが」
「もうすぐ帝都へ来ますよ」
ミレイアの顔から。
血の気が引いた。
「……あの子に」
「手を出さないで」
男は。
笑った。
「それは――」
「あなた次第です」
「ミレイア様」
「第三封印を開けるために」
「息子さんの力が必要なのですから」




