彼方に写るあなた
今日もこの時期にピッタリなお話です(#^.^#)
「まあ……お嬢様だからな」
「ごめんなさい」
「……当然だよ。僕は社長の信頼を裏切って箱入り娘に手を出した泥棒猫そのものなのだから」
「そんな言い方をしないで! 私達、愛し合ったじゃない! この5年間!」
「……君の……大切な5年を奪ったのが僕だよ。その罪は会社を辞めるくらいじゃ償えない」
「ねえ! 私も連れて行って!!」
「そんな事、できる訳ないよ。君のお父さんは……社長は……白い物を黒くする事ができるのだから。僕は黙って消えるよ。こんな薄情な男は憎むにすら値しない。一刻も早く忘れるのが君自身の為だ」
「私はあなたとの5年こそが大切なの!! それなのに!!……」
女は顔を手で覆って嗚咽を洩らした。
ふたりのベンチに道行く人々の視線が降り注ぐが……肩を震わせる女の隣で男はそれ以上は語らずただ両膝を握り締めている。
と、男のスマホのアラームが鳴り響き、男は紫陽花が咲き乱れる向こうに見える駅のホームへ目をやった。
「そろそろ時間だ。君も雨が降る前に戻らなきゃね」
男の言葉に女は顔を上げ、縋る様な目を男へ向ける。
男はその視線を避けてスマホを操作しながら言葉を放つ。
「今、君のアドレスも電話番号も消した。僕の願いを……君は聞いてくれたかい?」
女が返したのは咳込む様な嗚咽だけ。
「僕たちが……お互いの全てを消してしまうのが……ふたりの為なんだよ」
こう言って男は旅行カバンを掴み、立ち上がった。
そしてベンチに固まったままの女の肩にそっと手と言葉を置いた。
「じゃあ、元気で」
独り残された女の肩に今度は小雨が下りてきた。
女はスマホを立ち上げた。
雨と涙が落ちる画面をタップして
女も男の全てを消した。
「傘、出さなきゃ」
顔を上げた女は
紫陽花の彼方で小さくなった男を見た。
そして女は
新しくなったスマホのメモリーに
紫陽花の写真を一枚残した。
<了>
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