第9話:贈呈品
ある日の午後、ラフローグ騎士団本部に厳重な包装を施された一振りの剣が届けられた。
贈り主は教会。
エーデルワイスに宛てられたその諸刃の片手剣は、標準的なものよりもわずかに刀身が長く、鞘に収まっている状態ですら、周囲の空気をピリつかせるほどの異彩を放っていた。
エーデルワイスは、教会の遣いの見守る前でゆっくりとその剣を抜き放つ。
白銀の刀身には淡く緑色の燐光が走り、近づくだけで刃に宿る濃密な風の魔力が、微かに肌を撫でるのが分かった。エーデルワイスは無言のまま、しばらくその剣を眺めていた。重心を確かめ、刃の反りを見極め、握りの感触を掌に馴染ませる。その琥珀色の瞳には、武人としての純粋な好奇心と、得体の知れない魔力に対する研ぎ澄まされた警戒心が同居していた。
教会の遣いは、彼女の静かな熱量に圧倒されながらも、一つの提案を口にした。
「団長、よろしければ実際に振るってみて、その精度を確かめていただけませんか?」
エーデルワイスは小さく頷くと、翻る外套を伴って訓練場へと足を向けた。
訓練場の中央に立った彼女は、肩の力を抜き、自然体のまま軽く一閃した。
刹那、刀身にエメラルドグリーンの旋風が絡みつき、鼓膜を劈くような鋭い風切り音が響き渡る。一振り。ただそれだけの動作で、数十メートル先に設置されていた木製の的は、何の抵抗もなく、まるで最初からそうであったかのように真っ二つに断ち切られた。
だが、エーデルワイスは追撃に移ることも、満足げな笑みを浮かべることもなく、その場に立ち止まった。
彼女は怪訝そうに眉をひそめると、改めて手中の刀身を見下ろす。静まり返った場内に、教会の遣いが不安げに声をかけた。
「……何か、問題でもありましたでしょうか?」
「いや、精度に不備はない。ただ……どうやら、この剣には既に固有の『型』が存在しているようだ」
「……は?」
思いがけない言葉に、遣いは間の抜けた声を漏らした。剣に型があるとは、一体どういう意味か。
答えを返す代わりに、エーデルワイスは構えを一変させた。
先ほどまでの騎士らしい重厚な構えを捨て、剣先を地面に対して垂直に向ける。それは細剣の扱いに近い、独特の姿勢だった。
次の瞬間、訓練場の空気が一変した。
エーデルワイスの動きが、目にも止まらぬ高速の刺突剣術へと切り替わる。踏み込みと同時に風の魔力が爆発的に解放され、剣を振るうたびに巻き起こる烈風が地面を荒々しく削り取っていく。
やがて、溢れ出した風は龍巻のような形を成し、エーデルワイスの身体を包み込んだ。彼女はその上昇気流に乗る形で十メートル以上も高く跳躍する。
空中で彼女の背に、光り輝く「風の翼」が顕現した。エーデルワイスは翼を羽ばたかせると、引力と風圧を味方につけ、地面に向けて垂直に突撃した。
凄まじい轟音と共に着地が決まり、衝撃波が訓練場全体を震わせる。
立ち込める土埃が収まった後、そこにいた教会の遣いは、目の前の光景が信じられないといった様子で完全に言葉を失っていた。
一方のエーデルワイスは、荒い息一つ吐かずに冷静だった。
彼女は何事もなかったかのように剣を鞘に納めると、戸惑う遣いに向かって淡々と結論を口にした。
「騎士団で教える基礎の型ではありません。この剣は、実戦で扱うには少々癖が強すぎるようです」
その声音には、贈られた剣を否定する意図も、己の超常的な技量に対する誇りもない。
ただ、剣に宿る意思を完璧に理解し、それを制御してみせた者だけが持つ、静かな評価だけがそこに残されていた。




