第8話:スピード出撃
守護騎士団本部、その最上階にある団長室の静寂は、荒々しい足音によって唐突に破られた。
「団長、大変です! 橋から目視できる距離に、魔族が拠点を築いています!」
報告と共に、副団長の龍武が勢いよく部屋へ駆け込んできた。緊急事態であることは明白だったが、執務机で書類に目を通していたエーデルワイスは、わずかに顔を上げただけで、その琥珀色の瞳に動揺の色は見せない。
「報告感謝する。ただちに二番隊を出撃させなさい」
迷いのない即断だった。エーデルワイスは頭の中で街の防衛図を広げ、最短の手順で迎撃命令を下していく。しかし、龍武は納得がいかない様子で、さらに身を乗り出した。
「街のすぐ近くに拠点があるってことは……つまり、魔族の連中が、あんな目と鼻の先に居座ってるってことですよね?」
「そうなるな。看過できる事態ではないのは確かだ」
淡々と応じるエーデルワイスに対し、龍武の瞳には好戦的な光が宿り始めていた。彼女は一歩前へ踏み出すと、半ば強引に宣言する。
「団長、私も行って参ります! なんだか面白そ……いえ、民間人が巻き込まれていないか心配で夜も眠れそうにないので!」
あからさまな言い直しだったが、戦いたいという本音は隠しきれていない。それどころか、返事を待つ間もなく、龍武はエーデルワイスの手をガシッと掴み、そのまま嵐のように部屋を飛び出した。
騎士団本部を抜け、驚きに目を見張る住民たちが待つ街中を風のように駆け抜けながら、エーデルワイスは至って落ち着いた声で問いかけた。
引かれるがままに並走させられている現在の状況は、騎士団長としての威厳をいささか損ねている気がしなくもない。
すると、龍武は本気で不思議そうな表情を浮かべて隣を振り返った。
「あれ? どうして団長がついてきてるんですか?」
無意識の暴走だったのかと、エーデルワイスは小さく溜め息を吐いた。
二人が現場に到着したとき、魔族の砦はすでに禍々しい威容を晒していた。
本来であれば、先行した二番隊が包囲網を敷き、慎重に制圧を開始するはずの局面だ。しかし、伝令役であるはずの副団長が、団長を引き連れて直接殴り込んできたため、肝心の部隊はまだ到着すらしていない。
だが、龍武はそんな軍略上の段取りなど微塵も気に留めていなかった。
「よし、片付けちゃいましょう!」
躊躇なく突き進む彼女の姿を捉え、砦の物見櫓にいた弓ゴブリンたちが一斉に矢を放つ。しかし、龍武は笑みを深めると一気に加速し、雨あられと降る射線を紙一重で、かつ軽々と躱しきった。
次の瞬間、抜刀された白龍刀と黒龍刀が、夕闇を切り裂く閃光となって奔った。
二本の剣が生み出す斬撃は、速度も破壊力も常軌を逸している。まるで巨大な光の刃が砦そのものを両断したかのようだった。衝撃波が土煙を上げ、わずか一分足らずで砦の防衛網は瓦解し、あちこちから上がる炎の中で抵抗は完全に沈黙した。
嵐が過ぎ去った後のような静寂の中、龍武は満足げに剣を鞘へと納めた。そして、ようやく追いついてきた風の音を聞きながら、不思議そうに周囲を見回す。
「……あれ? 二番隊の人たち、まだ来てないですね。……みんな、ちゃんと仕事してるのかなぁ?」
首をかしげるその姿からは、先ほどまで魔族を圧倒していた鬼気迫る緊張感は霧散していた。
その背後で、エーデルワイスは燃え盛る砦の残骸を眺めながら、部下たちの名誉のために「貴女が速すぎただけだ」という言葉を飲み込み、静かに事後処理の段取りを考え始めていた。
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