第4話:抜き打ち検査
ラフローグの街には数多の娯楽が溢れているが、中でも酒場の一角で繰り広げられるポーカーは、荒くれ者から商人までが興じる社交場として広く親しまれていた。しかし、熱狂と金が動く場所には、常に火種が潜んでいるものだ。
「……少し、空気が淀んでいるな」
エーデルワイスの呟きに、副団長の龍武とシャルロットが静かに頷く。三人は違法賭博や不正行為の有無を確認するため、抜き打ちでの酒場巡回へと足を踏み入れた。特別な通告などない、静かな、しかし確実な威圧感を伴う訪問だった。
重厚な木の扉を押し開けた瞬間、むせ返るような酒の匂いと共に、殺気立った怒号が三人の鼓膜を打った。
「てめぇ、今イカサマしただろうが!」
中央のテーブルでは、冒険者と思わしき男二人が椅子を蹴り飛ばして睨み合っていた。足元には割れたジョッキの破片が散乱し、片方の男は既に正気を失った目で剣を抜き放っている。周囲の客たちは巻き添えを恐れて壁際へと下がり、嵐が過ぎ去るのを固唾をのんで見守っていた。
状況を瞬時に把握したエーデルワイスは、眉ひとつ動かさずに隣のシャルロットへ視線を送る。
「シャルロット、鎮圧しろ」
「御意に、団長」
短く、だが絶対的な命令。シャルロットは即座に踏み込んだ。
逆上した男が振り下ろした剣を、彼女は最小限の動きで紙一重に回避する。流れるような動作で懐へ潜り込むと、相手の手首を極め、その巨体を一息に床へと叩き伏せた。抵抗する間も与えず、シャルロットは膝で男を制圧し、冷徹な手際で武器を取り上げる。
その鮮やかな手並みを横目に、龍武はあきれたように肩をすくめた。
「ったく、真昼間からこんなに煽るから喧嘩になるんだよ」
彼女は野次馬の視線を気に留める様子もなく、騒動の主たちが残していったテーブルへと歩み寄る。そこには、なみなみと注がれたままの酒入りジョッキが残されていた。龍武はそれを無造作に手に取ると、豪快に喉を鳴らして一気に飲み干した。
「ぷはぁ……。ほら、もったいないから、あたしが代わりに飲んであげたよ」
緊迫した空気をどこ吹く風と受け流す彼女の態度は、ある種の不敵さを物語っていた。
一方、店の奥から血相を変えて飛び出してきたのは店長だった。騎士団長の姿を認めるなり、彼は揉み手でエーデルワイスの前に這いつくばる。
「だ、団長! これは、その……客同士が勝手に始めたことでして! 店としては一切関与して……!」
必死の弁解を重ねる店長だったが、エーデルワイスの鋭い眼光に射すくめられ、言葉は次第にしどろもどろになって消えていく。
エーデルワイスは静かに片手をかざし、見苦しい言い訳を遮った。
「弁解は不要だ。客の帯剣を許し、この騒乱を放置した貴殿の罪は重い」
彼女の声は低く、しかし酒場の隅々にまで響き渡った。
「店長、貴殿には厳重注意を言い渡す。さらに管理不行き届きを理由に、本日より数日間の業務停止を命じる。異論はあるか?」
断罪の宣告に、喧騒の残滓があった店内は一瞬で氷ついたように静まり返った。
誰もが、この冷徹なまでの公正さを持つ騎士団長の判断が覆ることなど、万に一つもないことを理解していた。
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