第12話:漂流者
静謐な空気が流れる騎士団本部に、見慣れぬ風貌の若者が現れた。
独特な仕立ての衣服を纏い、腰にはこの地方では珍しい反りのある細身の刀を帯びている。その異質な存在感を放つ冒険者に対し、エーデルワイスはデスクから顔を上げ、静かにその名を問うた。
「……御剣カイト」
少年は、短くそう名乗った。この大陸の言語体系とは明らかに異なる、独特な響き。
ふと彼の傍らに目をやると、副団長であるはずの龍武が、見たこともないほどしょんぼりと肩を落としてうなだれていた。その様子だけで、彼女がこの少年に苦杯をなめさせられたことは明白だった。
エーデルワイスは龍武を手招きして呼び寄せると、周囲に聞こえないよう小声で耳打ちした。
「……彼は戦いの最中、“ステータスオープン”という奇妙な言葉を口にしていたか?」
「……はい。確かに、そう唱えていました」
悔しげな即答を受け、エーデルワイスの胸中に確信が灯る。
(やはり「漂流者」か)
漂流者。
それは遥か遠き異界「ニホン」から現れる、理外の存在。彼らは総じて強力な固有スキルを有し、この世界の四女神とは異なる系譜に属する「女神エメロード」の絶大な加護を受けている。
常識の通じぬ彼らは、時に世界の均衡を揺るがす特異点となる。
エーデルワイスは椅子から立ち上がり、御剣カイトへと向き直った。
「単刀直入に問おう。お前は何を目的として、この《ラフローグ守護騎士団》を訪れた?」
「ここの団長が、この界隈で一番強いと聞いた。だから、あんたと戦ってみたい」
「なるほど、私がそのエーデルワイスだ。……だが、正直に言えば、貴殿と剣を交えるのは気が進まないな」
「なぜだ? 怖いのか?」
「そうではない。私が敗北すれば騎士団の名声に傷がつくし、貴殿を傷つければ国際的な問題にもなりかねない。できれば決闘以外の道で解決したいのだが」
「でもさ、挑戦から逃げたら、それはそれで騎士団の面汚しなんじゃないか?」
少年の不敵な笑みに、エーデルワイスは小さく息をついた。これ以上の問答は無意味だと悟り、彼女は静かに決闘場へと彼を案内した。
決闘場の中心。エーデルワイスは愛用の片手剣を抜き放ち、ゆったりとしたラフな構えで対峙する。
「……いつでもどうぞ」
「スキル発動。ステータス操作」
御剣が冷徹に宣言した瞬間、エーデルワイスの全身に、目に見えぬ万斤の重圧がのしかかった。身体が岩のように重くなり、肺の空気さえ押し出されるような感覚。その制動を狙い澄ましたかのように、御剣の超神速の横薙ぎが迫る。
だが、エーデルワイスの意識は極限まで研ぎ澄まされていた。
彼女は重圧に抗うのではなく、その重みを利用して最小限の予備動作で剣を合わせる。金属音と共に火花が散り、完璧な「ジャストガード」が成立した。もし一分でも反応が遅れていれば、その一撃で勝負は決していた。
(運もまた、実力のうちか……)
彼女はあえて剣速を上げず、スキルによって能力が著しく低下したかのように、鈍い動きで立ち回る。それを見た御剣の瞳に、明らかな「勝ち」を確信した油断が宿った。
その刹那。
エーデルワイスは体内の魔力を爆発的に解放した。
重力魔法に抗うのではなく、むしろ前方への指向性を持たせて自らの質量を加速へと転換する。一気に最高速へと到達した彼女の姿は、観衆の目には一筋の雷光に映った。
「っ……!?」
御剣が反応するよりも早く、閃光のような突きが彼の懐を貫いた。
急所は外してある。だが、衝撃と魔力の奔流に耐えきれず、漂流者の少年はその場に膝を突き、ゆっくりと崩れ落ちた。
「医療班。至急、彼の治療を。命に別状はないはずだ」
淡々と指示を飛ばすと、エーデルワイスは血を払う動作一つ見せず、静かに剣を鞘へと収めた。
熱狂に沸くはずの決闘場には、あまりの圧倒的な幕切れに、ただ深い静寂だけが残されていた。




