第11話:市場調達
一週間ほど前、副団長のシャルロットから「近いうちにプラムの果実を採取してきてほしい」と個人的な依頼を受けていた。
当時のエーデルワイスは騎士団長室で山積みの書類に判を押し続けており、思考の余裕もなかったため、その依頼に二つ返事で了承してしまった。ラフローグ周辺の森へ一歩踏み入れば、休日の散策ついでに容易に手に入るだろうと軽く考えていたのだ。
しかし、肝心の休当日。解放感に包まれた彼女は、約束のことをすっかり失念していた。街角のコーヒーショップに腰を落ち着け、豆の産地による香りの違いを優雅に飲み比べるという、至福の時間を満喫してしまったのである。
そのため、騎士団本部に戻った際にシャルロットから「例のプラムの件ですが……」と問われた瞬間、エーデルワイスは内心で「しまった」と苦い舌打ちをした。
立場上、「公務が多忙ゆえ、回収の時間が取れなかった」と冷徹に言い逃れることもできただろう。しかし、期待に満ちた部下の眼差しを前に、上官としての後ろめたさがそれを許さなかった。
「……少し、ここで待っていろ。すぐに持ってくる」
そう短く告げると、エーデルワイスは平静を装いながら、足早に街の市場へと向かった。
彼女が訪れたのは、植物学者フローラが営む専門店だ。
「フローラ、急ぎで申し訳ないが、プラムはあるか?」
「おや、団長殿。はい、ちょうど良いものが入っていますよ」
幸いにも目的の品はすぐに見つかった。エーデルワイスは籠いっぱいのプラムを受け取ると、さも「今しがた森から戻った」という風を装い、騎士団本部で待つシャルロットのもとへ帰還した。
「お待たせした。これが頼まれていたものだ」
「ありがとうございます、団長! さすが、良い品を選んでくださいましたね」
シャルロットは嬉しそうに果実を受け取ったが、その直後、思い出したように首を傾げて問いを投げかけてきた。
「ところで……採取の際、森の生態系はどのような様子でしたか? プラムは魔族が好む植物ですので、その周辺に不穏な気配がなかったか、団長の見解をお聞きしたいのですが」
それは、現場を見てきた者でなければ答えられない、予想外の角度からの質問だった。コーヒーショップの香りに包まれていたエーデルワイスが、森の魔力濃度など知る由もない。
「……周囲の状況を仔細に意識していたわけではないので、迂闊なことは答えられない。そういった専門的な調査報告については、しかるべき部署の専門家に確認すべきだ」
無理やり正論を突きつけて話を濁すと、エーデルワイスは追及を逃れるように、背を向けてその場を後にした。
嘘をつき通すことの難しさを噛み締めながら、彼女は次回の休日こそは、本当に森へ足を運ぼうと心に決めるのだった。




