第10話:異国文化の調査
第四番隊隊長ヘルタから、領地外縁部で異邦の商人を保護したとの報告が入った。
団長室に現れたその商人は、ラフローグ地方では見かけない独特な刺繍の施された衣服を纏っていた。その物腰や穏やかな話し方に、エーデルワイスは微かな既視感を覚える。それは、副団長である龍武の故郷、東方の「逸仙」から漂う空気に極めて近いものだった。
「逸仙地方は、ここからどれほど離れているんだ?」
エーデルワイスの問いに、傍らにいた龍武が目を細め、どこか遠くを見るような仕草で応じた。
「今はシルクロードが整備されていますから、隊商を組んで三ヶ月といったところでしょうか。……もっとも、道が拓かれる前は魔物や地形の険しさに阻まれ、辿り着くことすら命がけの難所だったんですよ」
商人がこの地に持ち込んだのは、宝石の転売を目的とした品々だった。
彼が風呂敷を広げると、見たこともない色彩を放つ原石や、精緻なカットが施された宝石が並び、室内を彩る。だが、エーデルワイスの視線を引き寄せたのは、それらの傍らに添えられていた、流れる水のように滑らかな光沢を持つ絹織物だった。
その僅かな視線の揺らぎを、もう一人の副団長が見逃すはずもなかった。シャルロットは慈しむような微笑を浮かべると、主君の背後から静かに囁いた。
「団長。心が動いたのであれば、迷う必要はございません。買いましょう」
「だが、これは公務とは無関係な私物になる……」
生真面目なエーデルワイスが躊躇いを見せると、シャルロットは事もなげに、甘く誘惑するような声で続けた。
「案ずることはありません。名目は『異国文化の調査』。経費で落としてしまえば良いのですから」
流れるような手際で、シャルロットは団長が目を留めていた絹織物を買い上げた。
そのまま、団長室の奥にある更衣スペースで簡易的な着替えが行われる。
ほどなくして現れたエーデルワイスの姿に、その場にいた者たちは息を呑んだ。
上質な絹で仕立てられたその衣装は、驚くほどしなやかに彼女の身体のラインをなぞっていた。鍛え抜かれた無駄のない四肢、そして騎士装束の上からでは計り知れなかった抜群のプロポーションが、薄い生地越しに鮮明に浮かび上がる。軽やかでありながら、どこか毒を含んだような華やかさ。それは、鋼の鎧を纏った時とは正反対の、異国的で艶やかな魅力を放っていた。
その出来栄えを眺め、シャルロットは頬を上気させ、心底満足そうに溜息をつく。
「……素晴らしい。少し、露出度が高すぎる気もいたしますが、逸仙地方ではこれが『常識』なのでしょう?」
期待を込めたシャルロットの問いに対し、衣装の「本場」を知る龍武は、一拍の猶予も置かずに淡々と、そして非情なまでに冷静なトーンで言い放った。
「いいえ。その服装は逸仙地方でも、どちらかと言えばハレンチ寄りです」
あまりにも率直すぎる指摘が、静かな部屋に空虚に響いた。
その場の空気が一瞬で凍りついたようになり、エーデルワイスは自分の肩や脚の露出具合を改めて確認し、頬を微かに赤らめながら居心地悪そうに身を縮めるのだった。




