第1話:顔認証
ラフローグの街には、住民を守るための魔導装置が至る所に設置されていた。
結界の維持や不審者の監視など、その用途は多岐にわたるが、正門に鎮座する顔認証システムは、その中でも特に重要な役割を担っている。住民登録の有無を瞬時に判別し、街への出入りを厳格に管理するその装置は、いわば街の門番そのものだった。
街の外での剣術訓練を終え、エーデルワイスは部下の龍武と並んで正門へと戻ってきた。
激しい稽古の後に特有の、心地よい疲労感に包まれながら門をくぐろうとした、そのときだった。
魔導装置が、感情を排した淡々とした音声を発する。
「龍武様。本日は顔認証の更新日です」
この街の顔認証は、防犯上の理由から三ヶ月に一度、定期的な更新が義務づけられている。どうやら龍武の更新期限が、偶然にも今日という日に重なっていたようだった。
龍武は軽く頷き、手慣れた様子でレンズの前に立った。
最初は殊勝に背筋を伸ばし、騎士らしい真面目な表情を作っていた。だが、ふと魔が差したのか。次の瞬間、彼女はあっぷっぷでもするかのような、頬を大きく膨らませた妙な顔に切り替えてしまう。
直後、無機質な電子音が響き渡り、認証完了のサインが灯った。
よりによって、その滑稽な表情のまま、最新の住民データとして登録が完了してしまったのだ。
「……あ」
異変に気づいた龍武は目を見開き、慌ててカメラに詰め寄った。
「待って、今のはなし! もう一度やり直させて! いまの冗談だから!」
必死に再認証を試みるが、魔導機械は無情にも拒否を示す反応を返すのみ。一度確定したシステムは、次の更新時期が来るまで上書きを許さない。
完全に、自業自得だった。
エーデルワイスは一連の喜劇を黙って見届けた後、深く重いため息をつく。
あまりの思慮のなさに呆れ果ててはいたが、同時に彼女は規律を重んじる性格でもあった。
ゆえに、彼女は淡々と告げた。
「街の規則は絶対だ。龍武、次の更新日までの三ヶ月間、その登録された表情で過ごせ」
それは冗談ではなく、厳格な上司としての命令だった。
軍隊としての上下関係は絶対で、一度下された言葉を覆すことはできない。
龍武は肩をがっくりと落とし、抵抗することもできず、滑稽な顔で検問を通り続けるという過酷な現実を受け入れるしかなかった。
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