表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

【異世界短編小説】時の書

掲載日:2026/01/05

この世界の悪は、暴力を嫌う。

完璧なまでの統治、無機質で機械的な統治。


 血を流せば英雄が生まれる。

 殉教者は思想になる。

 だから悪は、正しさの顔をして人を殺す。


 教育で選別し、

 制度で囲い、

 統計で未来を奪う。


 反乱は「起きる前」に潰される。

 誰が裏切るか、誰が疑問を抱くか、誰が希望を語るか――すべて確率で管理されている。


 その頂点に立つ男。

 世界統治評議会議長、ユリウス・カイン。


 僕の父だ。


 父は怪物ではない。

 むしろ理想的な父親だった。


 幼い頃、夜になると必ず僕の部屋に来て、毛布をかけ、物語を読んでくれた。

 世界は残酷だが、賢くあれば生き延びられる。

 愚か者ほど死に、賢者ほど世界を支える。


 「おまえは賢い。だから守ってやる」


 その言葉を、僕は信じて育った。


 だが成長するにつれ、分かってしまった。

 父が守っているのは「人」ではない。

 世界の形そのものだ。


 選択肢のない平和。

 未来のない安定。

 反乱しない人類。


 レジスタンスに身を投じたのは、正義感からじゃない。

 父を否定しなければ、自分が生きてきた意味が崩れるからだ。


 彼女――リナは、僕の狂気を知っていた。

 それでも隣にいた。


 「あなたは世界を変えたいんじゃない。

  お父さんに、“間違っている”って言いたいだけ」


 否定できなかった。


 息子が生まれたとき、僕は怖くなった。

 父と同じ顔をしていたからじゃない。

 守りたいと思ってしまったからだ。


 この世界で、守るということは、縛るということだ。


 だから僕は彼をレジスタンスの後継として登録した。

 父親ではなく、象徴として。

 逃げ道のない未来を、先に与えてしまった。


 ――タイムマシン計画は、絶望の延長線だった。


 父を殺す。

 悪になる前に。

 それだけが、すべてを無効化する唯一の方法だと信じた。


 完成間近の装置の前で、何度も手が震えた。

 これは救済か、逃避か。


 それでも起動した。

 僕は父を殺すために生まれてきたのだと、自分に言い聞かせながら。


 *


 過去に到着した瞬間、違和感を覚えた。


 空気が整いすぎている。

 世界が、すでに“完成形”の匂いを放っていた。


 父は、まだ議長ではなかった。

 だが――悪になる前、という感じがしない。


 その夜、僕は父の家に忍び込んだ。


 寝室の前で足を止める。

 中から、聞き覚えのある声がした。


 幼い僕を寝かしつける声。


 「大丈夫だ。おまえは守られている」


 胸が軋んだ。


 父が部屋を出た瞬間、僕は背後から銃を撃った。

 音を殺し、確実に心臓を狙う。


 弾丸は、確かに貫通した。


 だが父は倒れなかった。


 肉が蠢き、傷が塞がる。

 まるで“そうなることを知っていた”かのように。


 父は振り返り、微笑んだ。


 「……やはり来たか」


 その声に、迷いはなかった。


 父は言った。

 悪は途中からなるものじゃない。

 最初から完成しているものだと。


 未来から来る息子――

 それが確認された瞬間から、計画は始動する。


 親殺しのパラドックス。

 今回は逆だ。


 「おまえは、私を殺そうとする未来として確定している。

  だから私は、殺されない父として存在できる」


 僕が存在する限り、父は勝つ。


 タイムマシンも、

 レジスタンスも、

 僕の憎しみも――


 すべて、父の未来を固定する装置だった。


 「おまえは、おれのセーブポイントだ」


 世界が揺らぐたび、

 必ず戻ってくる地点。


 僕という存在が、

 父の“やり直し不能”を保証している。


 *


 撃たれ、刺され、崩れ落ちながら、

 僕は未来のことを思った。


 無意味な反逆に身を投じる仲間たち。

 希望だと信じて戦い、最初から負けていると知らない人々。


 そして、息子。


 守るつもりで縛り、

 救うつもりで地獄を渡した。


 「……ごめん」


 誰にも届かない謝罪を、何度も繰り返す。


 僕が行動したから、

 彼らは抗う。

 抗うから、父は勝ち続ける。


「安心しろ、今日から血は流れない。」


 完璧な悪の、完璧な循環。


 血が冷え、視界が暗くなる。


 最後に思ったのは、

 父を殺したかったのではない。


 ただ、

 父に勝ちたかった。


 その願いすら、

 最初から許されていなかったのだ。


 鼓動が止まる。


 世界は、何事もなかったかのように続いていく。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ