魔法少女にならない僕
「ねえ、魔法少女にならない?」
「いや、僕、少年だし」
「??? !?」
困惑している猫のような生き物。でも、耳が四つあって、目が三つある。しっぽもきつねのように太くてたくさんある。絶対猫じゃない。今日はいつも以上に変な奴に会ってしまった。
時は十五分ほど遡る。公園で友だちと別れた諒太は、夕暮れの迫る中、ため息をつきながら家に向かって歩いていた。この後、宿題を終わらせなければならない。終わるまで、夕ご飯が食べさせてもらえないのだ。五年生ともなると、宿題が多くて大変すぎる。算数はまだいい。だが、あの小さいマス目の漢字ノートに、漢字ドリルをびっしりと書き写すのは苦行でしかない。これだけ書いたら、小学校を卒業する頃には悟りが開けるのではないだろうか。そんなことを考えながら、だらだらと歩いていたら、不意に話しかけられたのだ。
失礼な謎生物は、さらに言葉を重ねてくる。
「少年だなんて、嘘でしょう!? その顔で、その華奢な体で男だなんて……」
謎生物は、諒太を眺め回し、股間で目を止める。諒太の背筋に寒気が走った。身をかわす間も無く、謎生物が諒太の股間に飛びつく。
「ぎゃぁぁぁぁぁー」
諒太は、悲鳴を上げて謎生物をつかんで引きはがし、ぶん投げた。謎生物は、それこそ猫のように身をひるがえして華麗に着地した。
「そんな!困りますよ。男だなんて!もう、気綱を繋いでしまったんですから。今更変更できませんよ!どうしてくれるんですか」
「そんなの知るか。――っていうか勝手に変なものを繋がないでくれ!」
「そこを何とか!魔法少女になって、悪魂を狩っていただかないと、私が星に帰れないじゃないですか!」
「そんなの僕に関係ないだろう? 断固として断る!」
らちがあかないと、諒太は謎生物を背にして走り出した。変な奴と関わり合うのはごめんだ。
諒太は息を切らせて家に飛び込み、素早くドアを閉める。大丈夫だ。ついてきていない。ほっと胸をなで下ろす。
「ただいまー」
「諒太、遅い! 宿題は?」
「大丈夫。やるやる」
母さんのツッコみに、いつもの調子で返す。それから、さっさと宿題を終わらせ、夕飯を食べて風呂に入り、自分の部屋へ。
いつも通り、今日のログボはなんだろなとスマホでゲームを起動する。
「魔法少女になってよ」
諒太は驚いて息をつまらせた。スマホからではなく頭上から聞こえた。
慌てて顔を上げると、さっきの謎生物が目の前で羽ばたきながら浮いていた。思わずのけぞって後ずさる。
「おまっ……いつの間に!?」
「そんなことは、どうでもいいんです。話だけでも聞いてください!」
謎生物が床に座って頭を下げる。そこまでされて、話を聞かないのも冷たいのではと、ついつい仏心を出してしまう。つかみだせばいいはずなのに、我ながら甘すぎる。
「仕方ないな。話だけなら聞いてやるよ」
謎生物は、勢いよく顔を上げて目を輝かせた。
「ありがとうございます!」
謎生物は、姿勢を正して語り始めた。
「私は、あなたたちで言う所の二百光年先の、グルクルス星からやってきました。我が星ではエネルギー問題が深刻でしたが、近年、悪魂、つまり生き物の悪しき心のエネルギーを魔法で回収して、利用するという画期的な方法が開発されました。しかし、それでもエネルギーは足らず、こうして他の星のエネルギーを回収するビジネスが生まれたというわけです。助けてくださいよ。ノルマをこなさないと、星に戻れないんですよ!」
「そんなもの、自分で回収すればいいだろ?」
諒太が、あきれたように突き放す。
「それができないんですよ。グルクルス星人はエネルギーが少なくて、地球では魔法の威力がほとんどありません。そこで、地球上で最も潜在エネルギーの大きな存在、少女に協力してもらいます。気綱を繋いで、少女のエネルギーと私の魔法技術で、魔法を使うんです」
「ふうん」
まるで、よくある魔法少女アニメの設定みたいだ。魔法少女アニメと言えば……。
「協力した少女は、何かいいことがあるのか? 願いをかなえてもらえる的な」
興味本位の諒太の質問に、謎生物は首をひねる。
「いえ、特に何もありません。しいて言うなら、夢の魔法少女になれる!でしょうか。あ。衣装チェンジくらいの魔法は使えますよ。任せてください」
謎生物は、自信満々に自分の胸を叩いた。
諒太はというと、がっかりした。何かとてつもないメリットがあるのならば、ちょっとやってもいいかもとか思った自分が馬鹿だった。
「あー……。そっか。僕は協力しないけどな」
「そんな!困りますよ。この際、男の子でも構いません。お願いします。一回気綱を繋いでしまうと、消えるまで半年はかかるんですから」
「勝手に繋ぐからだろう。自業自得じゃないのか」
「だって、断られるなんて思わないじゃないですか!!」
さめざめと泣く謎生物。こいつこそ、実は馬鹿なんじゃないのか。
「とにかく、僕は絶対やらないからな!」
そんなボランティアやってられるかと、きつく言い放つと、謎生物は涙をぬぐって、諒太の顔を見上げた。
「わかりました。魔法少女になってもらうのは諦めます」
諒太がほっとしたのも束の間、謎生物は言葉を続ける。
「では、気綱が消えるまで、しばらくご厄介になります」
「は?」
諒太は、わけがわからず間抜けな声を出してしまった。
「大丈夫です。明日、諒太さんが学校から帰る頃には、子猫にでも化けて、母君に気に入られておきますから!」
謎生物は、当然のように我が家に住み着くことにしている。諒太は少し考えて、やっぱり変な奴とは関わらないことにしようという結論に達した。おもむろに立ち上がって、謎生物の首根っこをつかみ、窓を開けて外に放り出した。
「あぁぁぁ~~……」
情けない鳴き声が尾を引きながら飛んでいく。少しだけ良心がとがめる気もしたが、窓をきっちりと閉める。この件はもう終わりだ。それより、今日のログボを貰わないと。
次の日、諒太が学校から家に帰ると、リビングの方から「にーにー」と可愛い鳴き声が聞こえてきた。見ると、諒太の母が小さな子猫に牛乳をやっていた。
「諒太、おかえり。今日、猫を拾っちゃってね。あまりにも懐いてくるし、小さいのに親猫もいなくてかわいそうで……」
諒太の母が言い訳のようにそう言っているのも、諒太の耳にはいまいち入ってこなかった。こいつ、昨日の謎生物だ。本当に家に住み着くつもりか。
「でね、諒太、どんな名前をつけたらいいと思う? 『ニィ』? 『シロ』? 『ユキ』? あ、『花』なんてのもどうかしら?」
母のメロメロっぷりに、諒太は諦めたように答える。
「母さんの好きなのでいいと思うよ」
そうして、謎生物改め、諒太の母命名「ニーコ」との生活が始まった。どうなる事かと思ったが、ニーコは、たまに僕を魔法少女に勧誘してくる以外、大人しく猫として過ごしていた。
半年もたてばさすがに、謎生物猫ニーコの存在にも慣れる。最近は勧誘も聞かない。
「そういえば、気綱とやらはまだ消えないのか?」
諒太は、リビングに一人なのをいいことに、ニーコに聞いてみる。ニーコはきょとんとして答えた。
「気綱ですか? もうとっくに消えていますよ」
「は? じゃあ、なんでまだここにいるんだ?」
「だって、ここはあったかくて、三食昼寝付きで、ママさんもパパさんも優しくて、最高じゃないですか。仕事に戻る必要なくないですか? このままここで余生をゆっくり過ごすのもいいかなぁなんて」
諒太は、あきれて声も出なかった。そんなのでいいのか!? 諒太が困惑していると、ドアが開く音がした。
「ただいま……」
諒太の母が、両手にスーパーの袋を下げてリビングに入ってくる。しかし、様子がいつもと違った。諒太の母にまとわりつく黒い霧。諒太の母自身も、顔色が悪く、気だるそうにしている。
「ニャー、ニャー」
ニーコが鳴き声を上げながら、諒太の部屋に走っていく。こっちへ来いと言っているようだ。諒太がニーコと一緒に部屋に入ると、ニーコが噛みつくような勢いで話し始めた。
「諒太! あれはかなり濃い悪魂です! 一刻を争います。ママさんが危険です。もう一回気綱を繋ぐから、協力してください!」
言うや否や、ニーコは諒太の頭に乗って、光を放つ。
「ちょっ、まだ何も言ってない!」
抗議する諒太を意に介せずニーナは続ける。
「よし、気綱は繋がりました。行きましょう、諒太さん。ママさんがどうなってもいいんですか!?」
その言葉に、諒太はハッとした。急いでリビングに戻ると、諒太の母がカウンターテーブルのそばでくずおれてぐったりしていた。
「母さん、母さん!」
諒太が、抱え起こしてゆらしても反応が無い。
「諒太さん、これを」
ニーコが差し出したものを受け取ると、それは紛れもなく、大きな魔法の杖だった。可愛い……可愛すぎる……!
「諒太さん、その杖に力を送り込んで、ママさんに振りかざしてください!」
「『力を送りこんで』って、どうするんだよ!?」
「そんなもの、イメージです! 急いでください!」
「あああ、もう!」
諒太は半ばやけっぱちな思いで、両手で握った杖に力を流し込むイメージをした。そして、母の上に杖を振りかざす。
「一緒に唱えて!『マギナマギルカ。』いきますよ!」
ニーコの号令に合わせて、二人で呪文を叫ぶ。
「「マギナマギルカ!!」」
ニーコが諒太の杖にかざした両手から魔法陣が展開し、諒太が振りかざした杖から光が放たれたと思うと、光の粒が母を覆う。母の周りにあった黒いもやは、次々とその光の粒に吸い込まれていく。光の粒は黒いもやを吸った分だけ膨らみ、他の粒と合体していく。そして最後に、眩しい光がはじけたかと思うと、黄緑色の宝石のようなものがカランと床に落ちた。不思議に思って、拾い上げようとする諒太の耳に母の声が聞こえる。
「う……うーん……。諒太?」
「母さん、大丈夫!?」
「私、どうしたのかしら。買い物の途中でだんだん具合が悪くなってきて……。ああ、でも、だいぶ良くなったわ」
「母さん、無理しないで。僕が冷蔵庫に入れておくから、しばらく休んで」
「うん。そうするわ。ありがとうね」
諒太の母は、少し嬉しそうな表情を浮かべて、寝室の方へ向かっていった。
諒太の母が寝室に入って静まり返ったのを見計らって、諒太はさっき拾った宝石をニーコに見せる。
「これがエネルギー?」
「そうです。この中に濃縮されたエネルギーを利用するんです。おっと、うかつに刺激を与えないでください。早くここにしまって」
ニーコは、上下にクッションの着いた、指輪でも入れそうな小箱を差し出した。僕がその真ん中に宝石をのせると、ニーコがそっと閉める。そして、ニーコはにんまりとした笑みを諒太に向けた。
「諒太さん、魔法少女になってくれましたね?」
諒太の表情が凍りついた。僕は……僕は……魔法少女なんかじゃない! せめて……
「僕は、『魔法少年』だ!」
ニーコに居候された諒太の日々はこれからも続く。