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prologue 黒野

season 1 大人の黒野と幽霊の美亜

season 2 小学生の黒野と美亜(以下同じ)

season 3 中学生の黒野と美亜

season 4 高校生の黒野と美亜

season 5 成人の黒野と美亜

23万字 感動のラストになります。是非最後までお付き合い下さい。^ ^

prologue--黒野


2009年11月28日 日曜日


小学生最後の秋「木漏れ日ピアノコンクール」で午前の部の最後に、サティの「ジムノペディ第1番」を弾き終えた。順位が出るとはいえ本戦には繋がらない、ホール主催の小学生向けのコンクール。


だからこそ、僕は一番好きなこの曲を選んだのだ。

しかし、会場の拍手はまばらで、皆すぐに席を立って行くのがわかった。「お昼休みが待ち遠しいかったのかもしれない…」そうと思うと少し悲しくなった。


そんな中、そこだけスポットライトが当たったかの様に最前列にいる美亜ちゃんの姿が目に入る。栗色の髪の毛に、白いドレスを身に纏ったその姿は、外国のお姫様の様だ。いつまでも拍手をし続けてくれる彼女を横目に、僕は舞台袖へと向かった。


美亜ちゃんは現在小6で同い歳だが、インターナショナルスクールに通っているお嬢様だ。お父さんがイギリス人、お母さんが日本のハーフで妖精の様に可愛らしい。白亜の洋館に住んでいると言う噂だ。性格もよくピアノも抜群に上手い。英語も堪能でバレエも習っているらしい。


同じアルティス音楽院に通っているが、教室は完全予約制の為、殆ど接点はなかった。せいぜいレッスンの前後にすれ違う程度だ。

しかし、去年の「木漏れ日ピアノコンクール」のお昼休みの昼食会で、少しだけ話しかけてもらえたのだが、緊張して会話にならなかった事を思い出した。


美亜ちゃんの事が好きだったが、特に「話したい」とは思わなかった。もともと女性と話す事が苦手なので、遠くから見ているだけの「憧れ」としての存在だった。


ランチは会場に併設されたイタリアンレストラン「ピッコリーナ」だ。メニューの表紙を見るとイタリア語で「小さくてかわいい」と言う意味の説明が添えられていた。その響きが既にかわいらしいよな…そう思った。


両親と食べてもいつもと変わらないという事で大人同士、子供同士で食べるのが慣例だ。予約した段階で注文も済ませてある。


4人席に5人座る。同級生の沙希ちゃんと僕、5年生の奈美ちゃんと、4年生の山田君が席に着いた。最後に美亜ちゃんが僕の斜向かいに座る。

料理が運ばれてくるまで、みんなでコンクールについての話をしていた。


「黒野君も、ジムノペディ、すごく素敵だったね」


美亜ちゃんが僕に話しかけてくれる。


「……ありがとう……」


「黒野君、午後も聴いてくれるよね?」


プログラムでは、美亜ちゃんは午後の部に「華麗なる大円舞曲」を弾く予定になっている。


「……うん、聴くよ……」


そう答えるのが精一杯だった。去年と同じだ。

きちんと返したいのに、言葉が見つからない。


皆が早々に席を立っていった中、僕の演奏に最後まで拍手をしてくれた美亜ちゃんに、もっとちゃんとお礼を言いたかったが、それすら上手く言えない自分が、情けなかった。


黒いエプロンをしたかっこいいウエイトレスさんがピザを運んできて、僕達は自然と食事に集中することになった。


美亜ちゃんが大きな瞳を輝かせながら美味しそうに食べている。今のシーンがCMに起用されたら、ピザの売り上げ爆上がりだろうな…と思っていたら目があってしまった。


めちゃくちゃ気まずい…。


「…何?…黒野君…」


「…いや、美味しそうに食べるな…と思って…」


そう返すのが精一杯だった。


「うん!ピザ大好き!でも、もう全部食べちゃったよ ハハハ…」


満面の笑みでそう答えた。


「…僕の一切れあげようか?お腹いっぱいなんだ」


「えっ…いいの?…食べたい!」


「…どうぞ…食べな…」


ピザはすごく美味しくて、本当は全部自分で食べたかったけど、それは僕なりのお礼だった。演奏を聴いて、あんなに拍手してくれたことへの、ささやかな気持ち。それに素直に「食べたい」と言ってくれたのが、本当に嬉しかった。


……でも、その一方で気にもなる。


周りの子たちに「黒野がピザで気を引こうとしてる」なんて思われてないだろうか。


胸の奥がザワザワする。美亜ちゃんは、常にみんなの注目を集める人気者なのだから。


そんな事を考えていると美亜ちゃんが泣きそうになるのを必死に堪えている様に見えたが、次の瞬間、ポロポロと涙がこぼれ落ちた。さっきまであんなに楽しそうにしていたのに…。


何かすごく嫌な事を思い出してしまったのか、気がかりな事があるのか…。その変化があまりにも突然で戸惑いと共に心配になった。


それにしても泣いている顔もめちゃくちゃかわいい…。


しかし、他の子の反応は違った。


山田君と沙希ちゃんがそれを見て大爆笑し出したのだ。


「ピザ恵んでもらって、そんなに嬉しいの?超金持ちなのに?」


山田君が言う。


「美亜ちゃん超ウケる〜アハハ!!」


沙希ちゃんが馬鹿にする様に言う。


「……」


「僕のもあげるよ アハハ!!」


「私のも」


何かがあって泣いているのは、誰の目にも明らかなはずなのに。こんな時に冗談で返すなんて、ひどい。


それに……こんなにたくさん、食べられるわけがないじゃないか。


「もういいよ…。…ゴメンネ…」


そう言って、美亜ちゃんは静かに席を立った。

その声はかすかに震えていていた。


「…ねえっ…、ちょっと!…怒っちゃった…」


沙希ちゃんが慌てて呼び止めたけど、美亜ちゃんは振り向くこともなく、そのままレストランの出口へと歩いていってしまった。


食べ終わったあと、テーブルの空気がどこか気まずくて、僕はひとりロビーへと足を向けた。


すると、ホールの片隅に置かれた「ご自由にお弾きください」と書かれたアップライトピアノに向かって、美亜ちゃんが静かにピアノを弾いていた。


白いドレスを静かに揺らしながら、弾いていたのはチャイコフスキーの「白鳥の湖—情景」。


哀しみを帯びた旋律が、ロビーの静けさの中で柔らかく響いていた。素晴らしいピアノアレンジだ。


弾き終わると思わず声をかけてしまった。


「……やっぱり、すごいね……」


「黒野君⁉︎」


驚いたように顔を上げた美亜ちゃんと目が合った瞬間、気がついたら手を握られていた。


女の子に手を握られたのは初めてだった。もちろん自分から握った事もない。


男子の手とは全く違う。すべすべで柔らかくて温かい手…。


自分でも赤面しているのがわかるほど、顔が熱くなっていた。なぜ手を握られたのかもわからず、心臓の鼓動が耳まで響く。


「ねえ、2人でどこかに行こうか?昼休み、そんなに残ってないけど…」


唐突にかけられた言葉に、頭が真っ白になる。


まさか、こんな展開になるなんて——。


「…うん…」


驚きとうろたえの中で、僕は何とか頷いた。その瞬間、美亜ちゃんはドレスの裾をふわりと持ち上げて、嬉しそうに走り出した。


「ちょ、ちょっと待って」


慌てて後を追う。


ホールの出口を抜けると、美亜ちゃんの髪がふわりと揺れる。


外の世界はあまりにも眩しかった。


「こっちよ!」


「…はぁ…はぁ…なんで…そんなに速いの…」


「ふふっ、ごめんね。つい…」


その後ろ姿を追いかけながら、甘美な物語へと誘われいくのを感じた…。




openingはseason-2のチラ見せになります。


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