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Part4:「〝その者〟」

 ――亜壽(あかず) (うい)


 32歳。

 陸上自衛隊、化学科職種指定の三等陸佐。

 それが幹部自衛官の彼の、その名と身分だ。


 長身の身は、スマートながらも最低限の自衛官としての体力は備えている。

 そして尖りながらも濃く、良く言えばストイックそうな。悪く言えば、正直陰険そうな顔立ちに容姿が大変に目を引く人物。


 自衛隊入隊以前は、PFE――Phenomenon Fluctuation Effectの、その研究者だった。


 自衛隊には資格技術枠の幹部として入隊。

 詳細には。昨今、自衛隊でもPFEを元とするエネルギー技術などの有用性が徐々に注目され、その活用手段が現実的なものとなり始めた頃。

 その関係から開始された技術者枠の幹部自衛官の募集に、「国の金で研究に没頭させてもらえるならば」と。その身分と研究環境を目当てとする安易な腹積もりで受験。

 結果、滞りなく合格し。

 一応、それとして覚悟はしていた幹部教育を終え。

 以降は化学科職種を指定され。技術幹部として陸上自衛隊 化学学校にて、PFEの防衛上の転用活用にための研究職務に就き。

 自衛官でありながら、物々しさとは無縁の日々を過ごしていた。


 正直、うまいこと潜り込めたと思っていた。



 ――その期待のPFEが、古巣で在った研究所で想定外の暴走を引き起こし。

 魔法やらモンスターやらが存在する、未知の異世界に接続するという。トンチキにも程がある事態を迎えるまでは――



 その事件は当然の如く、日本に世界を衝撃と驚愕で引っ繰り返した。


 そして悪い事に。

 その未知だらけ異世界を慎重の最たるをもって探り、収集された情報から明らかとなったのは。その異世界の情勢事情が大変に不安定なものである事実。

 それから紆余曲折を、多数のゴタゴタを得た果てに。予防防衛及び人道支援の観点より、日本は自衛隊の異世界派遣を決定したのだ。


 また正直な所、亜壽自身は。もちろん当初から大変な事になったとは思っていたが。

 しかし、派遣されるのは自衛隊の各部隊より厳選により抽出された要員によって、新たに編成される専門の部隊。

 「主力や精強と評される部隊は大変だろうな」と。亜壽はその時点ではまだどこか他人事であった。


 だが、そこへまた想定外は舞い込む。


 異世界には『魔法魔術』と形容される強大な現象技術や、人類とは異なる種族が数多存在することが、初期の情報調査や実際のコンタクトから判明しており。

 本格的な自衛隊の異世界派遣において、それは多大な脅威であると予測、懸念されていた。

 しかし時を同じくして。

 異世界接続の起因となったPFEこそが。その脅威たる魔法魔術や種族に、有用な〝影響効果〟を持つことが。主に民間の研究機関を中心に、死に物狂いのフル稼働で行われていた研究調査から判明。


 ――そしてその経緯から。

 PFEの知識を持ち、かつ自衛隊幹部である人間に――亜壽に白羽の矢が立ったのだ――


 自衛隊内でのPFE技術者はまだ少ない。

 その内から亜壽は。PFEの扱いの知識経験を有し、かつ現場指揮官として適当な位にある幹部自衛官として丁度良いと。

 異世界派遣のために新編された作戦団の、その内に編成されるPFE装備を扱う隊の隊長を任命され――押し付けられ。

 研究所を離れ、大分強引に異世界に送り込まれ。


 挙句、異世界のふざけた凶悪な魔法魔術に抗いうる存在として。

 現在――最前線にて、戦い続ける身の上となっていた――




「――あァ、冗談第一宇宙速度だ――汎用機関銃も配置を上げろッ」


 そんな忌々しい経緯、顛末を少し思い返してしまい。隠しもしない悪態を吐き零しながらも。

 戦闘の行動の真っ最中の現在で、続けての指揮下の部隊への指示を飛ばす亜壽。


 向こうには村道を押し上げて行く90式戦車が見え、次にはその咆哮をまた上げる様子を見せ。さらに各班各員が展開しながらも始め行う戦闘行動の、苛烈な銃火砲火が響き聞こえている。


「――オォォっ!」


 そして自身も進む上げるべく、脚を踏み出そうとした刹那――亜壽に、巨大な影が襲来した。


 それは、オーク。

 そう呼称される、異世界に存在する人型のしかし恐るべき巨体を持つ異種族。

 緑の肌に飾られる巨体は、帝国陸軍の軍服を纏い。その襟には曹長クラスか、上級下士官の階級章を着けている。


 その帝国軍下士官は、今先の待ち伏せからの襲撃の中を奇跡的に生き延び。

 しかし少なからず手負いとなったその巨体に、鞭を打ち。近くに繰り出て現れた亜壽を、指揮官と確信し襲撃を仕掛けたのだ。


「もらい受けるッ!!」


 その低い声色で、しかし勇敢な言葉を発し紡ぎ。オークの下士官はその手に得物として持ったスコップを振り上げながら、亜壽に肉薄を敢行し、その間近まで迫った。


 ドンッ――と。


 しかしそれを、押し留め遮る様な。鈍くも響く音が響き上がった。


「――ごぉ゛……ッ!?」


 そして押し留める様にというのは、音だけでなく動きでも体現されていた。

 見ればオークの下士官は、屈強な胸筋をしかし叩き打たれた様に、体勢を捻り退けられた姿を見せている。

 オークの下士官の胸に空くは、赤黒い大穴――銃創孔。

 そして次にはオークの下士官は、肉薄の勢いのまま。脚を、身を崩して地面に突っ込み。

 それを最後に、沈み沈黙した。


「――」


 その反対側。それを迎え、そこに立ち構える姿を見せるは亜壽。

 その片手には、今まさにオークの下士官を仕留め沈めた巨大な得物――大口径リボルバー拳銃があった。



 ――10.9mm拳銃。

 .44口径マグナム弾を用いる、大口径長銃身の6連装大型リボルバー拳銃。

 自衛隊に置いて、元は攻撃用の武器・火器としてよりも。破砕機器としての使用を主な用途と意識して開発導入されたもの。

 しかしその強烈な威力は、ふざけたまでの脅威である異世界種族を相手に有用と認められ。

 大変に癖のある代物ながら、この異世界に持ち込まれ。一部隊員が受領し愛用していた。



 そして亜壽にあっては、その大変に癖のある代物を。

 一応付属品のストック・ホルスターを前腕に当てて支えているとはいえ。片手で突き出し構え、恐るべき安定で扱い撃って見せたのだ。


「悪いな」


 その亜壽は、すぐ前の足元で崩れた襲撃者のオーク下士官に向けて。

 10.9mm拳銃の構えを解きつつ、少し皮肉気にも聞こえるそんな一言を発して見せた。


「――三佐、ご無事でェ?」


 そんな所へ、背後別方より入れ替わるように声が届く。

 無事を訪ねる物であり、しかしであるのに何か不躾な色の含まれた声。


 亜壽が、振り向けばその声の通りのような。陰険そうな人相に、素行も悪そうな容姿風体の、一人の二等陸士が立っていた。

 そこそこ恵まれた身長体躯のその腕には、汎用支援火器射手である彼の担当のM240Gが控え構えられており。今は片手間に一応の、周囲への警戒姿勢を見せている。


 亜壽の指揮下のPFE隊の隊員の一人で、仙國(せんごく)という名の陸士。


 その風体に違わず、上にも下にも皮肉気な態度を崩さない問題児であった。

 一応安否を尋ねる今の言葉であったが、そこには同時に、「どうせ亜壽一人でなんとかしただろ」。

 そんな、良く言って信頼。悪く言えば皮肉交じりの色が、隠しもせずに漂っていた。


 同時にその背後に、亜壽の指揮下である陸曹の率いる数名のチームが。駆け寄り周囲の警戒、クリアのために展開する様子を見せる。

 それは襲われた指揮官である亜壽を、救い守るために駆け付けたものであったが。しかしやはり反して、各員のその動きに焦った色は無かった。


「仙國か。あぁ、問題ない」


 亜壽もまた、仙國や駆け付けた各員を見つつ。そのあからさまに漂う本音を咎めることも、不服不満をそもそも感じることもなく。端的に結果事実だけを答える。


「そいつァ、よござんした」


 それに、また本気で思っているか怪しい色で返す仙國。


「他の担当各所の状況、入って来てるか?」

「各所、待ち伏せからの一撃はうまいコトいったようで。戦闘排除も、まぁ順調に進行中っぽいですがね」


 続け、早くもそれはいいと言うように。亜壽は話を別のものに切り替え、尋ねる声を陸曹に向ける。

 それは現在もこの村道一帯に限定せず、村内の各所で展開される、待ち伏せからの戦闘行動の。その進行状況を訪ねるもの。

 それに仙國は。大きな滞りは無い旨を、また大雑把かつ投げやりなそれで答えた。


「いいだろう」


 それを受け取り、また端的に答える声を零した亜壽。


「――〝脅威接てェき〟ッッ!!」


 しかしその直後、その区切りを狙ったかのように。

 村道の前方向こう、戦闘行動中の部隊より。張り上げる怒号で知らせる声が届く。


「ッ、あんだよッ」

「チィッ」


 ――〝脅威〟との接敵。歓迎し難いそれを伝える、隊員からの怒号に。

 仙國はまたあからさまな悪態を吐き。

 亜壽も隠しもしない舌打ちを打った。

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