Part17:「〝衝撃〟」
亜壽等の戦闘地点である役所庁舎前の交差点より、後方に数ブロック離れた場所。
そこは街路が集まる、また大きな交差路。
そこには第231独立戦車大隊のごく少数の残存始め、帝国軍のわずかな残存部隊が。
再編成のため後退――というよりも、ただ逃げ引いて集っただけの様相のそれらが。最後の抵抗のための防御態勢を敷いている。
「――……」
その中の中心部に止まる、レオンファーツ重戦車の砲塔の上。
そこで優美なまでの立ち姿勢で。魔法の『詠唱発動』のために胸の前で手を合わせ。
そして、『発動』の手ごたえを確かに感じている、クリエールの姿があった。
明かしてしまえば。
今程に亜壽等の居る交差点を襲い、破壊で包んだ巨大魔法は。誰でもない、クリエールが発動したもの。
彼女が体得する、究極の域である魔法。
周りからはその強大さから、『浄化の光』と呼ばれ、恐れ崇められている物。
敵の航空爆撃によって壊滅的なまでに追い込まれ。最早持ちこたえる事は不可能と、野戦司令部から寄越された連絡を受け。
そしてその頼みから、発動に踏み切った秘技。
「っ……」
しかし、クリエールは自身が生み出してしまったものながら。破壊の体現であるこの魔法を、今この時に至るまで好きにはなれず。
そして、頼まれてのものであったとはいえ。少なからず同胞をも巻き込むものであった今の魔法発動に、大変に苦い色を作っていた。
「少佐……敵の部隊が、押し寄せて来ます……っ!」
隣では、その心中を察して共感を顔色に作りながらも。しかし次には苦い色で、装填手のウェフェルが伝える言葉を紡ぐ。
交差点より伸びる街路の向こうに。
未だにその正体の詳しくは知れず、しかし確かな強敵である「敵」が。
出現し、押し寄せてくる光景が見えた。
「ふふ……いいだろう」
しかし、それを受けたクリエールの声色は静かながらも、そこに絶望や臆した色は無い。
その色には、一種の闘志すら宿っていた。
それは、ここまで散って行った友に、仲間たちのために。せめて一矢報わんとする意志の表れ。
「……全てを相手取り……塵に返してくれるっ!」
そしてクリエールは、闘志宿るその眼で向こうを見据え。
周りの仲間たちに示すように、腕を上げて突き出し翳すと同時に。
透る声色で高らかに、声を上げた――
場所は、野戦司令部のあった交差点周りへ一度戻る。
脅威、かつ驚異的な魔法攻撃によって、その中心にはクレーターの如き巨大な大穴が空き。
建物始め、そこかしこのあらゆるものが。崩れ、吹っ飛び、グッチャグチャと表現するしかない光景となっている。
踏み込んだばかりであったことが不幸中の幸いだったか、それは致命的なものでは無かったが。しかし、展開を始めていた自衛隊各隊にも少なからずの被害が発生しており。
各所では対応のための怒号が張り上がり、動ける者が必死の様相で動いている。
「――――ヌ゛ッォッ」
その一点で。沈み落ちていた程々の大きさの瓦礫の塊が、次には退けられ。
そこから、大変に鈍く低い声色を合わせて。
亜壽が、姿を現した。
「――……無事かッ?」
今程の、驚異の攻撃の最中に置かれたにも関わらず。
奇跡か、悪運か。亜壽は自身の身体に、大事は無い事をまずは確認。
そして立ち上がり被った土埃を落としつつ、次には周囲に向けて確かめる声を向ける。
「ッー……大丈夫……ッ!?」
「生きては、います……ッ」
まず向こうでは。瓦礫の中から時代の身体を、ラーセがそのゴブリンの小柄で苦労しながらも懸命な様相で引っ張り出す姿が見え。
その彼女に引っ張り出され救助されながら。時代が鈍い声色で、しかし無事な旨を答える様子が見える。
「ぺ゛ェッ……――どこまでふざけてやがんだ……ッ!」
また別方では。
仙國が自力で乗っかっていた瓦礫を押し退け、埋もれていた状態から這い出して来て。
直後にはいつものように、悪態を吐き散らかす姿を見せる。
「きゅぅ……」
亜壽と一緒に埋もれていた可連だけは。今も亜壽の足元で、目をぐるぐる回して気絶していたが。
ひとまず指揮下の各員の無事は確認される。
「やっれくれるずェァッ――ッ」
そして。
悪運逞しく、大事な無く生き残った亜壽は。
直後にはまた、大変に鈍く低い声で零すと。
〝やるべき〟ことを〝やる〟べく。
向こうへ向けて、ズカズカと踏み歩み始めた――
帝国軍部隊の残存が集った交差路。この地における帝国軍の最期の防御地点。
そこでは苛烈の攻防が繰り広げられ。
そして恐ろしくも、幻想的で美麗なまでの光景が描かれていた。
その最中に身を置くは、クリエール。
相棒たるレオンファーツ重戦車の前に単身で立ち。レオンファーツに、それを操る配下に背後から援護をさせながら。
彼女はその体得する魔法、魔術の全てを持って。
仇敵――迫り戦端を開いた自衛隊を。恐るべきまでの御業に振る舞いで、相手取っていた。
クリエール自身は。
魔法を極めることを好み、兵器を忌み嫌った父母や姉妹と比べ。自身は魔法の扱いには長けていないとの自覚であったが。
しかし今の彼女の姿は、とてもそのようには思えなかった。
「――ふっ」
見えるは、恐るべき御業の数々。
クリエールの細く華奢なまでの腕が、薙がれたそれの手の甲が。
次にはなんと、今まさに撃ち込まれ襲ったAPFSDSを。しかし羽虫でも払うように。
その素肌で退けた。
軌道を変えられた弾は、背後向こうの建物に流れ爆散。
「風の精霊よ、刃となり怨敵を討て」
次には反撃のために、クリエールがまた腕を薙いで生み出した、風属性の魔法による巨大な鎌が。
近くに迫った敵の戦闘車両――16式機動戦闘車に向けて放たれ。次にはその車体を真っ二つにして、爆発炎上させる。
「薙ぎ、散らせ」
さらに続けて腕先を薙ぎ、生み出して放った無数の小さな風魔法の鎌が。
敵の隊――肉薄を敢行した普通科隊を、しかし傷つけ、さらに釘付けにする。
その敵からは、だが止むことなく。怒涛の如く、苛烈の体現たる銃火砲火が注がれ襲い来る。
「小賢しい……風よ、貫け」
クリエールはその銃砲火を、腕先または操る風で、平気でまた払って退け。
また、一部を退け零してその身に受けようとも。蚊でも刺したかと言うように平然としている。
そしてまた、腕を振るって風魔法による巨大な矢を生み出し放ち。向こうに迫った敵装甲車――自衛隊の装甲車を貫通して屠る。
彼女の指揮下始め、帝国軍の残存部隊も。彼女の中心に必死のサポートを行っているが。
実質、この場はクリエールの独壇場。彼女のための演舞の舞台と化していた――
戦車砲弾を弾く身に肌。
数多の敵を、容易く薙ぎ浚える力。
本来、ハイエルフ族はここまでの力をその身に宿す。
そのハイエルフなどの上位種族にとって、近代軍隊に取り入り足並みを揃えることは。住まう国や同胞に対しての、一種の忖度。手加減とすら言えるものなのだ。
そしてクリエールにあっては。
その最中で、惚れ込んだ鋼鉄の騎馬や。
共に戦場を駆ける、くすぐったい仲間たち。
それらに対する愛おしさや尊さが。
同胞たちと歩みを共にする、大きな理由でった。
だが。その尊さは、愛おしい仲間たちは、憎き敵によって奪われた。
ならばそれに向けての容赦手加減など、一切必要ない。
彼女からすれば、その身に宿す力をもってすれば。敵の行いを稚戯の様と嘲り、摘み取ることなど、赤子の手を捻るよりも容易いのだ。
尊ぶものを奪われ、怒りの頂点に達したクリエールの。
その彼女の特級の魔法の数々が。敵――自衛隊の怒涛の攻撃をしかし撫でるように退け、そして容易く仕留め沈めていく。
《別府16、行動不可能ッ!脱出するッ!》
《小笠原23より調布02ッ、接敵の脅威は非常に高い危険度と認むッ!至急、航空支援及びPFE隊の効果発動をッ――》
《第2小隊を下がらせるッ、支援を向けろォッ》
その対峙する自衛隊側では。無線上に肉声で、怒号の数々が飛び交っている。
クリエールと相対接敵した自衛隊各隊は、また危険を承知での攻勢攻略を試み。
クリエールをサポートする仲間たちこそ、徐々に削ぎ無力化しながらも。
しかし当の脅威の大元たるクリエールに。その脅威的な攻撃の数々を前に、効果的な策を打てないでいた。
「どうした?何の術も、最早持たないか?」
そんな自衛隊各隊の切羽詰まる様相で動き、しかし攻勢が非常に芳しくない様子を向こうに見ながら。
クリエールは傲慢な色で振舞い、台詞を紡ぐ。それは彼女が戦場で立ち振る舞い、戦う際に演じ見せる姿。
彼女のまた一面、ハイエルフという種族の一つの顔。
すでに彼女以外の、周りの仲間たちはほとんどが討たれ倒れている。
背後では相棒たるレオンファーツ重戦車も、すでに被弾して沈んでいた。
しかし今の彼女の様相は。すでにそんな仲間たちの最期すらも己の業として受け入れ、全てを喰らい尽くさんとするまでのもの。
「ふふ……面白いなっ。貴様らの咎の清算のため、怯え、震え、絶望する姿をこの私に見せろっ」
そんな彼女は。意識的か無意識のそれか、加虐的に口角を上げて。
獰猛なまでの笑みを。これまでには敵はもちろん、時に味方までもを恐れ佐せ震え上がらせてたそれを、端麗な顔に作り見せ。
そして次にはその彼女の身の正面で、突き出し翳された腕の前で。大きく複雑な魔法陣が発現形成される。
大きさこそ、今先に野戦司令部の方へと発動させたものより、いささか小ぶりだが。内包する魔力にあっては、それを凌駕する強大なもの。
向こう正面に見える敵を、その全てを一瞬で消し去ることが可能な程のもの。
同時に、彼女がその身より発し纏ったのは。とてつもない気迫、オーラ。
それは、彼女の怒りと蹂躙の意志の現れ。
相対したものすべてに、逆らい難い恐怖を。本能的な危機を、絶望すらを与えるまでのそれ。
「さぁ、最期の時だ――全て薙ぎ払い、塵にかえしてくれるっ!!――」
そして高らかに、加虐的に笑い上げるまでのそれで。正面に相手取る敵に向けて、発し上げたクリエール。
その彼女の言葉に、高らかな笑いでの宣告に答えるように。魔法陣は次には最大の輝きを見せ。
そして、最後の時は訪れる――
――――スタスタズカズカと。
〝亜壽〟が。
そのクリエールの真横に、現れ踏み込んで来たのは直後。
「―――― 防 衛 行 動 イ ン パ ァ ク ト ォ ォ ッ ッ ッ ッ ッ ! ! ! ! !」
瞬間。
亜壽は、その左腕を衝撃なまで勢いで繰り出し放ち。
劈くまでの声量と合わせて、クリエールの横面に何の遠慮容赦もなく。
一撃を、ぶち込んだ。
「う゛んびゅ゛ぇらびぇっっっ!???」
そして、えげつないまでの肉を打撃して拉げさせる音が轟き。
同時に、加虐的に笑い上げていたクリエールの口から。一転どころではない、ものすごく濁り拉げた悲鳴が盛大に上がった。
――厳密に防衛行動と言えるか分からない際に、とりあえず防衛行動と叫んでおく。亜壽の必殺技である――
亜壽の放った左直線の拳骨が。クリエールの顔面横面を、文字通り拉げ凹ませ。
クリエールはその美麗な顔に、しかし白目を剥いてタコ唇を作る様子を見せながら。
明後日の方向に思いっきり吹っ飛んだ。
その様相は、見たものに悲惨さや凄惨さよりも前に「ドン引き」感を与え誘うそれ。
ここまでの、カリスマに溢れ、そして恐ろしいまでであったクリエールのその姿は。
しかしその一撃を持って、引くくらいに残念かつ、台無しな物へと変貌。
「あびゅぇらっ!?」
そして、吹っ飛ばされたクリエールは。そのままその先の地面に、受け身も取れずに顔面から思いっきり落下激突。
その際にまた珍妙な鳴き声を上げ。
そして尻を突き上げる無様な姿勢で、沈み動かなくなった。
言ったはずだ、これはトンデモ話だと。
断っておくとぶん投げた訳じゃなくて、最初からこのオチで決めてた。
むしろこのオチをやりたいがために始めた話だった。
次でエピローグ。




