Part14:「終局への序曲」
渡河作戦の各ポイントでの成功から、作戦行程は終盤に入り始めていた。
残るエコーエリア、フォックスエリア、そして最終ポイントであるゴルフエリアを制圧掌握するための進行が開始。
それに伴い各所では、一層の苛烈な戦闘が始まっていた――
区分された内のフォックスエリア。その中心に存在する町の手前では、激しい戦車戦の攻防が行われていた。
町を防御する形で配置布陣するは、帝国軍の戦車部隊。
そしてそれを相手取りぶつかるは、外域作戦団 戦車戦闘群の第1、第2戦車中隊だ。
作戦初動時の自衛隊が待ち構える側であった際とは違い、現在は敵が防御を整えて待ち受ける側。
正面だけでなく、敵の砲撃・間接攻撃の態勢も入念に整えらている。
無論、自衛隊 特科隊側もそれに対応対抗すべく戦車隊の後方に配置し。
両者の間では直接及び間接射撃が。雨あられと飛び交い、降り注ぎ合っている苛烈極まりない状況であった――
《――霧多布45より歯舞30ッ。左の盗徒5に叩き込めッ》
布陣した自衛隊側、戦車戦闘群の各車が。各個のタイミングで無数の砲声を上げている。
それはたびたび、向こうに見える敵戦車や戦闘車輛を撃破。
しかしお返しと言うように、次には敵からの砲撃が寄越されて味方が損傷する。
《伊豆40だ、足回りがイカれたッ!》
《伊豆40、支援するから脱出しろ》
《いや、まだやれるッ。ここで砲座となるッ!》
砲撃の応酬の内で、また一輛の90式戦車が被弾、自走不可能なまでに陥る。
しかし脱出の促しを該当車は断り、直後にはさらなる主砲の唸りを上げる。
《浜松29、正面の敵に叩き込んで阻止しろッ!》
両者、一歩も引かぬまでの様相であったが。その戦況は徐々に自衛隊側に傾き始め、各戦車は押し上げ始めていた。
《カバーしろ、側面を晒すなッ!》
《横須賀70ッ、前へ、前へッ!――》
苛烈な戦闘の中、それに負けぬ程の怒号が通信音声上に飛び交い。
そして直後にはさらにいずれかの戦車が、押し上げを始めながらも主砲を唸らせる。
一層の過激さを増す戦場の中で、戦車戦闘群の各戦車は。
臆さず、怯まず。押し進み、咆哮を唸らせ続けた――
一方、その相手。帝国軍戦車部隊側。
自衛隊の戦車戦闘群を相手取るは、クリエール率いる第231独立戦車大隊であった。
「――っぅ、硬い敵だ……っ!それも、まるで臆さないか……っ!」
キューポラに身を沈め、しかし危険を承知で視線を出して観察を行いながらも。
クリエールは苦い色で零す。
敵の戦車は非常に強靭な装甲と、強力な主砲を携える、脅威に値するもの。
そしてそれ以上に、それを操り戦う動きは。戦車の性能ばかりに驕らぬ、果敢で、怯えや恐れを知らぬものに見えた。
「っ……相手にとって、不足は無しか……!」
だが、クリエールもそれに負けじと。己を鼓舞するように、ニヒルな色での声を零す。
クリエール率いる第231独立戦車大隊もまた、勇敢に、懸命に戦い。
敵方の戦車隊に多大な出血を強いていた。
もちろんそれに伴い、クリエールの大隊の損耗も、決して軽微なものでは無い状況であったが。
「大隊長っ!……司令部より後退命令です!司令部を護る後方防御線まで引けとっ!」
しかし。そんな彼女たちの勇敢な戦いの最中に、水を差す知らせが届けられる。
隣の砲手ハッチから顔を出した獣人装填手のウェフェルが、そんな知らせをクリエールに発し知らせて来た。そしてそのウェフェルの顔もまた苦いものだ。
「っー……!やはり、他が崩れているか……!」
それを聞かされ。険しい色で、しかし納得の言葉を同時に零してしまうクリエール。
いくらこの場で彼女たちの大隊が、上手くそして果敢に立ち回り戦えど。軍に師団全体が、この地域においての対局がすでに崩れ始めていたのだ
「っ……仕方が無い、後退し再構築する!小隊ごと、互いに援護しながら引け!砲兵部隊にも援護を要請っ!――」
そしてクリエールは引き続きの苦い色で。しかし後退を決定する指示を発し上げた――
残るエコー、フォックス、そして最終地点のゴルフを目指しての進行が開始され。少しが経過。
その勢いと苛烈さからの、混乱にラグなどから。自衛隊、帝国軍双方の戦線は突出し合い、入り交じり始めている。
「――ッ、戦線が入り交じって来たか」
その最中を、亜壽等にPFE隊は。
詳細はその内から、先行行動のために。PFE装備班や増強普通科小隊からの分隊など、必要な隊に車輛をピックアップして再編した隊は。
数両の各車両に分乗し、亜壽自らの指揮の元、突っ走っていた。
「各車各隊、どの方位からの接敵も考えられる。一方だけに気を取られるなッ」
そのピックアップされた隊の、車列の先頭。
指揮車仕様の、「汎用装甲機動車」――軽装甲機動車の後継となった車輛――の内で。亜壽は指揮下の各員に向けて、通信に指示の声を上げた。
現在はその指揮車仕様の汎用装甲機動車を筆頭に。PFE装備機器搭載の車輛や、増強普通科分隊を乗せた25式装輪装甲車など。
数輛の車輛からなる乱雑な隊列が、小さな街道上を爆走している。
「可連、お前もいいなッ?」
「あなたに言われるまでも……――!」
通信に声を上げた後。続けて亜壽は自身の座す助手席から、隣でハンドルを握る可連に告げる。
可連からは機嫌を損ねた色での言葉が返されかけたが、しかし直後。
それを阻むよう近く向こうで敵の砲撃が着弾。
「ぴぃ……っ!?」
襲い煽ったそれに、可連は台詞を小さな悲鳴に変えて上げた。
そんな可連はあまり気にせずに、亜壽がフロント防弾ガラス越しに前方側方の向こうを見れば。殿を務めて後退して行く、敵の部隊に戦闘車輛の群れが見える。
「チィ、殿の踏ん張りがしつけェッ!」
そんな敵方に向けて。汎用装甲機動車の車上ではターレットに着く仙國が、悪態を吐きながらも車載のM240Bを唸らせ撃ちばら撒いていた。
「ヨォ時代ッ、そっちは仕事してんのかよッ!?」
その射撃行動を行いながらも、仙國は足元車内の後席に声を降ろす。
車内後席では、今に時代と呼ばれた一等陸士の隊員が。彼の装備火器を、7.62mm狙撃銃HK417を、開いた防弾窓から突き出し構える姿がある。
時代はPFE隊内に設けられる偵察狙撃班の、前哨狙撃員だ。
「やってる、邪魔をするなッ。こっちのペースを乱すなッ、仙國ッ」
その時代は、言ってしまえば陰湿そうなその顔に、険しい色を一杯に浮かべ。そして煩わしさを全く隠さぬ低い声で返しながら。
次にはHK417の引き金を引き絞り。スコープの照準に捕まえていた、向こうの敵戦闘車両上の車長指揮官を、見事に撃ち抜き仕留めて見せた。
「あぁ、ごめんなせーヨッ!」
その返して来た時代に、仙國は皮肉全開のふざけた謝罪の台詞を返しながらも。またターレット上でM240Bを撃ちばら撒き続ける。
「ラーセ中尉、この後の注意点は?」
そんな様子にやり取りを背後や頭上に聞きながら、亜壽は苛烈な状況にも淡々とした様子を崩さず。
膝元に地図を置いて広げ、背後後席に振り向き尋ねる声を掛ける。
「えぇと――ここ、敵の野戦構築の先。地図には無い新しくできている分岐があります、これを右にッ」
それに何か、しわがれた声で答えたのは。後席より少し苦労して身を乗り出している、小柄な存在。
子供のような体躯だが、反した尖り皺の刻まれた顔に、同じくの鼻や耳などの各特長。この異世界のゴブリン種のそれ。
そしてその今の声色は、ゴブリンらしく少ししわがれながらも。しかしよく聞けば少し高め。
そのゴブリンは、女。
ウォーシャ軍より連絡要員兼助言人として派遣され、現在はPFE隊に同行している女ゴブリンの中尉であった。
「了解。可連、いいな?」
ラーセと言う名のそのゴブリン中尉からの案内に了解し。次にはハンドルを握る可憐に尋ねる亜壽。
「っ!聞いてたわよ……!くぅぅ……っ!」
運転席からは、可連が気丈な様子を取り繕おうとしながら言葉を返すが。
しかし、その凛とした顔立ちは必死の形相に、いや泣きそうな様子にまでになっており。苛烈な状況の中で限界な様子が隠せていない。
「機連の第1中隊がすでに始めてる」
しかし亜壽は、虚勢を張れるならまだ踏ん張れると。可連のそれを半ば放って置く色で、進行方向の側方向こうに視線を向けて一言を零す。
今の言葉が示す通り。また前方側方、広がるなだらかな下り坂地形の向こうでは。
現在PFE隊が途中までの行程を同じくしている、機動連隊の第1普通科中隊が。帝国軍の野戦構築陣地にむけて攻勢攻撃を仕掛けている光景が見えた。
「ッォ」
さらにその瞬間。真上低空を空自のF-3Bの2機からなる編隊が、轟音を響かせて立て続けに飛び抜ける。
そして直後には。向こう遠くの光景に、連鎖的にいくつもの爆撃による大きな爆炎が上がる様子が見えた。
「ヒョーッ」
それを向こうに追って眺め、車上で皮肉をまた混ぜたふざけた声を上げるは仙國。
《――調布01より、熊本22。取れるか?》
「んッ?」
通信に、各種騒音に混じって音声が上がり飛び込んだのは直後。それに亜壽も意識を向ける。
それは外域作戦団司令部から、他の行動中の隊を呼び出すものだ。
《熊本22はエコーエリアへ向けて移動行動中、間もなく到達である。別途指示か?》
《いや、取り下げる。位置確認とするッ――能登25、話せるか?》
呼び出した相手隊からは端的な声色で、そちらの状況と合わせての返答が返り。
司令部はそれからその隊への呼びかけは取り下げ、間髪入れずに別の隊を呼び出す。
《能登25、フォックストロットに突入、現在交戦中ッ!今は話せませんッ!》
《了解、取り下げる》
しかし次の隊からも同様に今は話せない旨が返され、司令部は迷わず再び取り下げる。
「そこかしこで、踏み込み始めてるな」
その無線通信に上がり届く声から、各隊が各ポイントへ踏み込みを始めている状況を把握し。声を零す亜壽。
《調布01から、川越12》
その司令部から、亜壽等に割り振られた無線識別の呼び出しが寄越されたのは直後だ。
「げッ、こっちを呼んで来やがったッ」
それに、まず真っ先に仙國が悪態を吐く。
「川越12です、どうぞッ」
しかし背後に聞こえたそれは相手にせず。亜壽はまた間髪入れずに無線を取り、それを受け取った。
《了解――航空観測からの情報だ。敵方は大きく崩れてるが、一部に組織的な後退が見られる――ゴルフエリアに後退し、籠城する腹積もりと見られる》
司令部より寄越されたのは、まず敵の動きの情報。
《態勢再構築されると不都合だ。これが完全となる前に、捻じ込み崩したい――川越12、呼応できるか?》
そして、それを崩すために。こちらへ対応行動を要請するものだ。
「川越12、その旨了解。こちらは現在ゴルフへの進行ルート、先行しての対応は十分可能」
それに、亜壽は迷わず対応可能な旨を伝えた。
《それでは願う。敵の構築中を、一瞬だけ妨げ時間を稼いでくれればいい。そうすれば別方より第4普通科中隊が追い付く》
「その旨、合わせて了解。これより掛かりますッ」
《よろしく願う――以上、調布01――》
こちらが了承を返し、司令部からは増援が約束される補足が寄越され。
後は問答は無用と。端的に行動に掛かる言葉と、任せる言葉だけを交わし。
通信は終了した。
「最ッ悪だ!このステキィなファっンタヅィ世界に来てから、ハズレクジのフィーバーだぜッ!」
通信が終えられた直後。真っ先に張り上げられたのは、ターレット上の仙國からの隠しもしない悪態。
もちろんそれは、敵が最後の防衛態勢を固く構築しているであろうゴルフエリアに。一番に突っ込む事になった境遇をぼやくもの。
その元の後席では。時代が仙國のそれに真底ウザそうにしながら、しかし射撃戦闘行動に意識を向けている。
「吐き散らかして気は済んだか?向こうさんの本丸にぶっ込んで、突き崩すぞ。気合入れろッ」
しかし亜壽は、そんな仙國の悪態を聞き届けると。
直後には淡々とした声で、そう促し指示する声を上げて告げる。
「ヘェヘェ、了解でごぜェますッ」
それにまた、隠しもしない悪態で返す仙國。
「各車聞いたな?備えろ――可連、行くぞッ」
「~~っ!」
仙國のそれはすでに無視して、亜壽は通信で指揮下の各車両に告げ。
次には必死かつ恨めしそうな表情をいっぱいに作る可連に、しかし冷淡なまでに告げ。
亜壽の隊は、最終攻略目標であるゴルフエリアに少しでも早く辿り着き、踏み込むべく。
足とする各車の、そのエンジンを一層吹かした。




